戦いの後に3
短めです……
* * *
「辺境伯、覗き見……いえ盗み聞きはどうでしたか?」
「セ、セシル殿下!俺、いや私は……」
ティアたちの元をそっと離れて野営地に戻って来たレオポルドは、食えない笑顔のセシルに捕まってしまった。
いや、覗き見も盗み聞きも、しようと思ってしたのではない。
はじめはティアとセシルが野営地から遠ざかるのを見て、注意しようと近付いただけだった。
そこでとんでもない事実を聞かされて呆然としていたら、今度は息子のクリスが来てしまった。
慌てて咄嗟に気配を消してしまい、出て行くタイミングを逃してしまっただけなのだ。
「ですが、正直、息子の本音を聞くことができて嬉しかったのは、事実です」
実の親子だというのにどこか素っ気ないクリスとの関係に悩み、幼い少女に相談してしまったのは、つい昨日のことだ。
だが、盗み聞きという形にはなってしまったが、息子がちゃんと自分を親として慕ってくれていたのだと実感できて、嬉しかった。
「それは良かったですね。……良い子でしょう、ティアは」
セシルの声が優しくなったことに、レオポルドははっと顔を上げた。
「ええ、とても。いや、それにしても驚きました。エーレンシュタイン侯爵家のセレスティア嬢といえば、確か成人したかしないかくらいの歳でしたよね。いったいどうやってあの姿に?」
「それは僕の口からは言えませんね。ですが、間違いなくあの子は、エーレンシュタイン侯爵家の長女、セレスティア嬢です」
きっぱりと告げるセシルの姿に、レオポルドはどうしたものかと考え込んだ。
そしてそんなレオポルドを見て、セシルは今度は少し厳しい声を出した。
「嫁に来て欲しい、とか思ってませんか?」
「……正直、とても思っています」
それはそうだろう。
今はお互い恋愛感情などないと思っていそうだが、セレスティアが本当の姿で関わるようになれば、その気持ちが育つ気がする。
あれだけの過保護ぶりを見せているのだ、クリスにとってティアが特別な存在となっていることは、火を見るより明らかだ。
本当の姿が年頃の侯爵令嬢だと知っても、驚きはするだろうし多少ぎこちなくなるかもしれないが、嫌うことはまずないだろうとレオポルドは踏んでいる。
そしてティアもまた、クリスのことを大切に思っているように見えた。
「女性への嫌悪感を持つクリスには、結婚は無理だろうなと諦めていたのに。あんな良い子が現れて、しかも互いに好意を持っている。親として、想いが通じて一緒になってくれたらと思うのは自然なことでしょう」
「うーん、それは当人たち次第なので、想いが結ぶかは分からないです。あとは、陛下が許すでしょうか?一応僕も、父から彼女との婚約を打診されたんですけど」
「な、なんですと!?」
レオポルドは思わず大きな声で叫んでしまった。
彼女のことを考えるとそれはないなと思っているセシルだが、一応彼をけしかけておいた方が良いだろうと判断し、あえてレオポルドに告げた。
「まあ、ティアには断られてしまいましたけど。ですが、間違いなく大人の姿は美人でしょうし、あれだけ人に好かれる性格です。僕じゃなくても、引く手あまただと思いますよ」
「う、う〜ん……。ク、クリスは何をしているんだ、さっさと嬢ちゃんの正体に気付いてアプローチせんか!」
自分だって全く疑いもしなかったのに、焦ったレオポルドはなかなか無茶なことを言う。
そんな子どもを心配する父親らしい姿に、セシルはくすくすと笑った。
「彼らがこの先、どういう選択をするのかは分かりませんが、辺境伯にはどうか、何があっても彼らの味方であってほしいと思います」
父であるランドルフから、ティアが実は成人間近の侯爵令嬢で、第三王子との婚約を持ちかけたがバッサリと断られたと聞いた時は、驚きと共に、残念な気持ちにもなった。
(知らない間に自分も随分と彼女に絆されていたのだなと、戸惑ったんでしたね……)
けれど、それで良かったのだとも思う。
王子妃だなんて、彼女には窮屈なだけだ。
自由で、真っすぐで、優しくて。
彼女が輝けるのは、自分の隣ではない。
それに、あのふたりを見ていると、互いに思いやる姿がとてもしっくりくる。
互いに一歩踏み出せば、あるいは。
「……お優しいですね。うちの愚息のために、そこまで言って下さるなんて」
「上司思いの良い部下でしょう?」
茶化すようなセシルの返しに、レオポルドも頬が緩む。
「殿下にも、いつか現れると良いですな。互いに支え合える、唯一無二の存在が」
「……それは惚気ですか?あなた達夫妻の仲の良さは、王国内では周知のことですからね」
じとりとした目のセシルに、レオポルドは今度は豪快にはっはっは!と笑ったのだった。
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