戦いの後に2
* * *
食器を持ったセシルは、クリスとのすれ違いざまに軽く会釈をしたが、じろりと睨まれた。
(嫉妬ですかね、怖い怖い。この様子ならば、ティアの正体を知っても戸惑いこそすれ、嫌ったりはしないでしょうね)
むしろ最終的には喜ぶのでは?とセシルは思う。
クリスのティアに対する気持ちは、ただ妹のように幼い少女を可愛がるのとは少し違う気がする。
ティアを幼女だと思っている今はさすがに違うだろうが、彼女が大人の女性だと知れば、それが恋心へと変わってもおかしくはない。
それに恐らくだが、クリスは若い女性全般を嫌っている訳ではないだろう。
その地位やルックスに惹かれているだけの、肉食系な令嬢やミーハーな者には嫌悪感を隠さずにしているが、そうではない女性には、ただあまり関わらないようにしているだけという様子だ。
避けていることに違いはないが、だからといってティアが大人の姿になったからとしても、嫌うようなことはないと思う。
「さて、この事実を知った人がまたひとり増えましたか。彼がどう出るかにもかかっていますね」
セシルはちらりとうしろを振り返る。
すると、先程まで自分とティアが話していた少しうしろに、ひとりの男の影が見えた。
(まあ彼もティアのことを気に入ったようですし、悪いようにはしないでしょうが。一応、けしかけてはおきますか)
後のことはあのふたり次第ですねと息をついて、セシルは野営の中心へと向かった。
* * *
うう……隣に並んで座ったのは良いけど、沈黙はつらい!!
だけど、クリスさんは私の悩みのことなんて知らないんだし、ここで変な態度を取るのは不自然だ。
ここは私から……。
「えっと、何かご用ですか?」
だから、努めていつものように話しかけてみたのだが、表情が硬かったのか眉を顰められた。
「……セシルと一緒のところを邪魔して、悪かったな」
「え?あ、いえ。丁度話が終わったところでしたし、別に……」
どうしたんだろう、何だか機嫌が悪いみたい。
なおもぶすっとした顔のクリスさんを見つめていると、ひょっこりとサクが現れた。
「あー気にすんな。ただやきもち焼いてるだけだから」
「へ?やきもち?」
「……うるさい、お前は黙っていろ」
からかうような声のサクを、クリスさんが指でぺちっと弾いた。
何すんだ!と抗議するサクを無視して、クリスさんが私に向き直る。
「……疲れてはいないか?」
「あ、はい、大丈夫です。お昼は助けて頂いて、ありがとうございました」
なんだ、私を気遣ってわざわざ来てくれたのか。
やっぱりクリスさんは優しいなぁと思いながら、そんな彼との関係が変わってしまうと考えると、寂しさが込み上げてくる。
「……あのジャイアントスパイダーを倒したのは父だ。傷ひとつつけさせないと言ったのに、情けない」
眉を下げたクリスさんは、そう言うと私の手首を取った。
あ、気付かなかったけれど少しアザになってる。
蜘蛛の糸に絡め取られた時かしら?
「こんなの、今気付いたくらいで痛みもないし、気にしないで下さい。それに、クリスさんがあの巨大蜘蛛の攻撃を阻止していなかったら、もっと被害は大きかったはずです。最後にとどめを刺したのは辺境伯様かもしれませんが、みんなを守ったのは、クリスさんだと思います」
それでもクリスさんは、納得いっていないという表情をした。
「……改めて、敵わないと思った。あんな風に味方の士気を高めて、慕われて、信頼されて。俺には真似できないことばかりだ」
なおも俯いたままのクリスさんに、もう……と息を吐く。
「お父様だって、“自慢の息子だ”って言ってくれたじゃないですか。もっと自信を持って良いのに」
“自慢の息子”という言葉に、クリスさんはぴくりと反応し、顔を上げた。
「魔物討伐なんて初めてで、そりゃちょっと恐かったですけど、最後に感じたのは、“頼もしさ”でした」
何が言いたいんだ?という表情のクリスさんに、にこりと笑顔を返す。
「互いに信頼して、協力しているみんなを見て、すごいなと思いました。そして、少しでもその助けになりたいと。辺境伯様とクリスさんの関係も、素敵だなって思いましたよ」
ぽかんと口を開けたクリスさんに、くすくすと笑う。
「だって、いつもクールでかっこいいクリスさんが、辺境伯様に褒められただけで、あんな可愛らしい顔をするんですもん。お父様に認められて嬉しかったんだなぁって、ほのぼのしちゃいました」
「……それは忘れてくれ…………」
また真っ赤になって両手で顔を覆ったクリスさんに、今度は声を出して笑ってしまう。
「やです。きっと騎士のみんなも、微笑ましかったと思いますよ」
「オレも良いものを見せてもらったぞ」
「かわいいところあるわよね」
気が付けばサクとルナまでにやにやとしている。
恥ずかしくて撃沈しているクリスさんに、まあまあと肩を叩き、話題を変えることにした。
「ああそうだ。これ、見て下さい!」
ごそごそとマジックバッグから取り出したものをちらりと横目で見ると、クリスさんが目を見開いた。
「それは……あの蜘蛛の糸、か?」
「はい!どうやら素材として使えるみたいなので、持って帰ってこれで武具を作ってみようかと。うまくいったら、試しに使ってみてくれますか?」
サクとルナが本気だったのか……と微妙な顔をしたが、無視だ。
使えるものは何でも使う。
勿体ない精神の元日本人をなめないでほしい。
「ふっ……ティアらしいな」
やっとクリスさんがいつもの笑顔を見せてくれた。
「せっかく連れて来て頂いたんですもん。私もみんなに負けないくらい頑張りますから、見てて下さいね!」
セシルさんにも、私らしくすれば良いと言ってもらえた。
不安もあるし、本当のことを明かすのが怖いという気持ちはもちろんある。
だけど、クリスさんを想う気持ちに、嘘はない。
私自身を見て、それでも一緒にいたいと言ってもらえるように。
「ああ、楽しみにしている」
これからも、私は私らしく、自分にできることをやるだけだ。




