魔物討伐3
そうこうしているうちに、クリスさんたちはポイズンスパイダーたちとの戦闘に入ってしまった。
「ティア、恐らく今はそこが一番安全だ!こちらが片付いたら必ず助けるから、そこで待っていてくれ!」
そう言うとクリスさんは、剣を構え群れに向かって突っ込んでいった。
「“黒炎斬”」
そしてクリスさんの漆黒の剣が暗い炎に包まれると、みんなの周囲に張られた蜘蛛の巣が、まるで溶けるようにして切られていく。
「おし、これで動きやすくなった。こいつらの糸は厄介だからな、でかしたぞクリス」
どうやら普通に切っただけではびくともしない、特殊な糸のようだ。
サクが言うには、燃やすか熱で溶かすかしか、あの糸を処理する方法がないらしい。
「耐久性のある糸で敵や獲物の動きを封じ、毒で仕留めるってのがあいつらの常套手段だな。単体ならCランクの魔物だが、群れだとBランク相当だ。まあ、あいつの敵じゃないけどな」
クリスさんと行動を共にしているだけあって、サクはさすがに詳しい。
そしてそれだけの魔物を物ともしないところを見ると、やはりあのメンツは実力者揃いなのね。
「それで、やっぱり弱点は火属性なの?」
「だろうな。お前、鑑定が使えるんだろ?魔物相手にもできるはずだから、やってみたらどうだ?まあ、もう半分ほどは倒しちまってるけどな」
さすがと言うべきか、私達が話している間にクリスさんたちは、あっという間にたくさんのポイズンスパイダーを討伐していた。
しかし、試しに鑑定を使ってみたいという気持ちもあるし、ここなら誰にも気付かれない。
「じゃあ折角だし……“鑑定”」
うしろの方のポイズンスパイダーに向けて手をかざすと、すぐにウィンドウが現れた。
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ポイズンスパイダー
Cランク
HP:745//1005
MP:76//76
耐久性の高い糸を使う。
毒を含む牙で噛まれると、麻痺する。
耐性:水
弱点:火、光
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「わ、出た出た!本当だ、“弱点:火、光”って書いてある」
あとは噛まれると麻痺かぁ……うわ、恐いな。
そしてやはり糸は耐久性があるのね。
……そういえば、これって魔導具の材料にならないかしら?
「“鑑定”」
気になった私は、自分の足や腕に絡みついている糸に向かって鑑定をかけてみる。
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ポイズンスパイダーの糸
Cランク魔物、ポイズンスパイダーの生み出す糸。
耐久性が高く、水に強い。
毒を軽減する。
素材として使用可。
効果:水属性強化、防御力向上、毒軽減
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「あ、使えそう」
「なあに、どうしたの?」
ウィンドウの見えないルナが、不思議そうに覗き込んできた。
「この魔物の糸、素材として使えるみたいなの。防御力を高めてくれるみたいだから、装備品に加工すると良さそうね」
嬉しそうに報告する私に、ルナとサクは微妙な顔をした。
「お前……。よくこんな状況でそんなこと考えられるな。しかも、自分を捕らえた糸まで素材として見るか、普通?」
「コイツと意見が合うのは癪だけど、今回ばかりはあたしもそう思うわ」
だ、だってもう少しで戦闘も終わりそうだし、ピンチなわけじゃないんだもの!
それに捕らえられているといっても、別に何か害があるわけじゃない。
まあつまり、暇なのだ。
「だからといって、ここから魔法で援護するのも、かえって邪魔になりそうだしね……」
サクサクと順調に討伐していくみんなに、うーんと首を捻る私の頭上を見て、ルナとサクが顔色を変えた。
「!ティア、上よ!」
「っち!おい、クリス!」
ふたりのただならない様子に、何が……と首だけを動かして上を向くと、そこには。
「キイイィィ」
「え、ええっ!?デカっ!!え、ちょっと待って!!」
下にいるポイズンスパイダーなんて比じゃない、象くらいの大きさのバカでかい蜘蛛が、こちらを睨んでいた。
真っ黒の体躯に、深い緑の目が五つ。
巨大な身体と、長い手足を覆う体毛もくっきり見える。
――――っっ!!
はっきり言って、さすがにこれは気持ち悪い!!!!
「ティア!!」
気持ち悪すぎて悲鳴も上げられない私を、地上からクリスさんが呼んだ。
「オレが目くらましをかけてやる。おい、さっき言っていた方法で自分で糸から抜け出せ!」
「あたしがあいつの時を止めるから、ティアを受け止めて。頼んだわよ!」
サクとルナがクリスさんにそう声をかけると、分かったと返ってきた。
ふたりが援助してくれるなら、落ち着いて魔法が使えるかも。
それにクリスさんなら、きっとちゃんと受け止めてくれる。
「分かった、やってみる」
サクとルナが巨大蜘蛛を足止めしてくれているのを確認して、ふっと一度息をつき口を開く。
木は燃やさず、糸だけ燃やす。
集中しないと、大火事になってしまう恐れがある。
だから、みんなを信じて。
「――――“炎”」
慎重に魔力を注ぐと、無数に編まれた蜘蛛の巣の一本一本に、熱が広がる。
ピンと張られたそれが熱で溶かされていき、手足が自由になっていく。
―――――ということは。
「お、ちるぅぅぅーーー!!!!」
そういえば今になって思い出したけど、私は絶叫マシーンが大の苦手だった!
そして今更だけど、地上約二十メートルからの落下、こんな高さから落ちて、いくらクリスさんでも受け止められるのー!?
ぎゅっと目を瞑った瞬間、上昇気流のような風に下から押され、落下速度が下がった。
それから風の勢いが調整されていき、ゆっくりと降下していく。
ぽすりと温かい腕の中に収まると、心配そうなクリスさんと目が合い、ああクリスさんが魔法で助けてくれたのだと、ほっと安心した。
「ありがとうございます。サクまでこちらに向かわせてくれて、助かりました」
「ああ、無事で良かった。サクとルナの魔法も、そろそろ解けそうだな」
上を見ると、ルナの魔法で静止していた巨大蜘蛛が、丁度動き出すところだった。
「――――来るぞ」
獲物を奪われ、怒った様子の巨大蜘蛛が、唸り声を上げてこちらを睨み付けた。




