魔物討伐2
「……さあ、休憩はこのくらいにして、そろそろ進もう」
あ、クリスさんも甘さ控えめだからかクッキー食べられたみたい。
渡した分、すべて綺麗になくなっている。
クッキーの回復効果もちゃんと付与されていたみたいだし、少しは役に立ててるかな。
「ティア、クッキーすごく美味しかったわ!」
「おい、これお前の店で売ってるんだろ?帰ったらオレに少し分けてくれよ」
荷物の陰でクッキーを頬張っていたルナとサクが、満足そうな顔でそう言った。
崩れてしまったクッキーだが、どうやらふたりもお気に召したようだ。
それにしても意外とサクって食いしん坊よね……。
普段は飄々として自由にしているくせに、食べ物のことになると私に懐いてくる。
なんだか餌付けしているような気持ちになってきたわ。
「……すまない。おいサク、こっちに来い」
そんなサクを、ご主人様が回収していった。
ぶーぶーサクが文句を言っているが、クリスさんは小声でうるさいと一蹴している。
あのふたりも結構仲良しよね。
そういえば、辺境伯はサクのことを知っているのかしら?
騎士団で楽しくやっているみたいだと話した時も嬉しそうだったし、サクのことも喜んでくれそうね。
女性に対して拒絶反応を起こすことについては良く分からないけれど、クリスさんはちゃんと周りの人のことを大切に思っているんじゃないかな。
私もその中に入っていたら嬉しいなと思う、けど……。
もし、私が本当は十六歳の侯爵令嬢だって分かったら、クリスさんはどう思うんだろう。
変わらず仲良くしてくれる?
それとも、騙されたって怒る?
年頃の女性だからって、敬遠されてしまうかも……。
怒るのは仕方ないよね、理由があるにしろ騙していたことに変わりはないんだもの。
でも、嫌われるのは嫌だな……。
「ティア?どうかしたのか?」
意図せず俯いて暗い顔をしていた私に、クリスさんが心配そうに声をかけてきた。
こんな風に気遣ってくれるのは、私が幼女だからなのかもしれない。
元の姿に戻ったら、私も……。
そう思ったら、なぜかじんわりと目に涙が滲んだ。
「ティ、ティア!?どうしたんだ?俺が何かしたか?」
あたふたと慌てる珍しいクリスさんの様子に、少しだけほっとして、にっこりと笑顔を作る。
「ごめんなさい、目に砂が入ってしまったみたいで。涙で流れましたから、もう大丈夫です」
今そんなことを考えていても仕方がない。
討伐と魔導具のことに集中しなければ、足手まといになってしまう。
そう気持ちを切り替えて、すくっと立ち上がる。
「お待たせしました、さあ行きましょう。Bランクの魔物が本当にいるなら、クリスさんたちが倒すのが一番確実でしょうから!」
今は私ができることを、しっかりとやろう。
「……うーん、大丈夫かな?」
そんな私を、セシルさんがじっと見つめていた事には気付かず、気合を入れ直して歩き始めた。
昼休憩を終えた後も、遭遇するのは中級の魔物ばかりで、正直このメンバーには役不足としか言えない状況が続いていた。
他の隊からBランクの魔物に遭遇したとの連絡もないし、辺境伯やクリスさんは難しい顔をしていた。
「こんなに姿を見せないとは予想外だったな。おい、もう一泊するか?」
「……ティアもいるので、できれば今日中に方を付けたかったのですが。その覚悟もしておいた方が良いですね」
姿を現しさえすれば負けることはほぼないだろうが、相手が出てこない以上、仕方がない。
だからといって、近隣の農村に被害を及ぼす可能性があるため、放っておくことはできない。
「あの、私のことは気にしないで下さい、元々無理を言ってついて来たんですから。必要ならもう一泊しても構いません。ご飯作りも頑張りますね!」
食材はもしもの時のために多めに用意してあったので、問題ない。
もしもう一泊となる場合、夕食に何が食べたいですかと口を開こうとした、その時。
「えっ!?きゃああああ!」
「ティア!?」
「嬢ちゃん!」
何かが足に巻き付き、はっとする間もなく、私の体は宙に浮いていた。
そして白くてねばねばした糸に捕らえられたのだと気付いた時には、もうみんなから距離をとられ、遥か頭上にある木の枝に作られた巣に縫い止められていた。
「あれは……ポイズンスナイパーか!?」
「おいおい、コイツが出るなんて聞いてねぇぞ!」
「一体だけではありません、見て下さい!」
セシルさんが指差した方には、少なくとも数十匹の蜘蛛型のモンスターが、みんなを取り囲んでいた。
しかもものすごい量の巣を張っている。
私を捕まえた個体もどうやらそちらの方へ移動したらしく、私の周りには巣しかなかった。
距離があるので正確には分からないが、大きさは狐や狸くらいだろうか。
モンスターにしてはそれほど大きくないが、鈍く光る赤い目がとても禍々しい。
「ね、ねぇルナ。ポイズンってことは、毒を持った魔物ってこと?」
「そうよ、一体だけならそう手こずらないけれど、集合体を相手にするのはかなり難しいわね……。ってティア、気持ち悪くないの!?蜘蛛よ蜘蛛!!」
焦ってはいるが、恐がることも悲鳴を上げることもしない私に、ルナが信じられないという顔をした。
そうは言うが、確かに姿形は不気味だが、近くにいるわけじゃないし、そもそも私は別に蜘蛛が苦手ではない。
前世で弟たちが色んな虫を集めて家に持って帰って来てたからなぁ……。
おびただしい数のセミが虫かごの中でミンミン大合唱しているのは、さすがに気持ち悪いと思ったけれど。
家の中に出る蜘蛛は益虫だって話もあったし、巣を作るくらいで悪さもしない。
「それに、毒があっても本体に近寄らなければ良いんだし、糸だって燃やしちゃえば良いだけでしょ」
「お前……意外と図太いな」
ルナと話していると、サクがげんなりとした顔で飛んで来てくれた。
多分、クリスさんが私を助けるように指示してくれたのだろう。
「でも、森の中で火なんて火事になっちゃうわよ」
「うん、だから糸だけ燃やせば良いよね?」
「おい、ちょっと待て。確かにお前は魔法レベルが高いから可能かもしれないが、このまま落ちたら……」
「あ」
「あ」
サクのごもっともな一言に、私とルナは顔を見合わせた。
現在地、推定地上二十メートルの木の上。
もちろん、落ちたら命はないだろう。
「……どうしよう?」
さすがのルナとサクも、私を浮かせる方法なんて思い付かなかった。




