黒の騎士の父2
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それから辺境伯は、ぽつぽつとクリスさんのことを話してくれた。
小さい時からとても聞き分けの良い子だったこと。
我儘もなく、よく勉強し、剣術にも明るく、とても努力家だったこと。
だけど時折、家族と一歩線を引いたように振る舞うこと。
「……なんだかティアに似てるわね」
肩に乗ったルナの言葉に、確かにそうかも?と思う部分がなくもなかったが、まあ偶然だろうとその考えを頭の隅に追いやる。
でも、年頃の女性にあまり近寄らないようにしているとは聞いていたが、拒否反応を起こすまでだったとは意外だ。
モテすぎてうっとおしい、くらいだと思っていたのだが、何か事情があるのかもしれない。
「正直、寂しかったんだろうなぁ。俺たち家族にすらめったに見せない笑顔で、嬢ちゃんを見ているもんだから。俺としたことが情けないな、こんな小さな子に嫉妬するなんて」
はははと笑い飛ばしているが、多分、それは辺境伯の本音だろう。
「……情けなくなんて、ないですよ」
静かな私の声に、辺境伯がぴたりと笑いを止めた。
「寂しく思うのは、それだけクリスさんのことを大切に思っているからですよね?確かに、クリスさんはそういう感情を出すのが得意ではないみたいですけど……」
今まで見せてくれた、さりげない優しさを思い出すと、自然と笑顔が零れる。
「でも、彼はとても優しい人です。見ず知らずの私を助けてくれて、気にかけてくれています。きっとそれは、辺境伯様や奥様の、深い愛情があったからではないでしょうか」
前世でも、幼い頃に温かい愛情を受けた人間は、大人になってからも同じように愛情を与えることができるって言われてたっけ。
逆に愛情不足だった子は人の気持ちが分からなかったり、虐待を受けていた子は同じように自分の子に虐待してしまったりするケースも多いんだけど……。
彼は、人を思いやることも、優しさも、甘やかすだけじゃない厳しさも、ちゃんと知っている。
それはきっと、家族から与えられたもの。
「辺境伯様や奥様の気持ちは、きっとクリスさんに伝わっていると思いますよ。ただ、素直になれないだけで」
若い女性を避ける理由は分からないけれど、きっと何か訳があるのだろう。
「そうか……そうだと良いな」
その温かな微笑みが、クリスさんがいつも私に向けてくれる優しい笑顔と重なった。
「クリスさんは、辺境伯様に似ていますね」
「うん?そんなこと、初めて言われたな。あいつは母親似だぞ?」
「顔の造りはお母様かもしれませんが、今の笑顔、そっくりでした。やはり親子ですね」
「……ありがとうな、ティア嬢ちゃん」
その後しばらく、辺境伯と独身寮でのクリスさんの様子について話をして過ごした。
私を助けてくれたことや、魔導具師になれた最初のきっかけが、お礼にと渡した剣の飾り紐だったこと。
クリスさんの好きな夕食のメニューといった、とりとめのないことまで、辺境伯は私の拙い話を嬉しそうに聞いてくれた。
なんだかんだでカイルさんやアラン達、独身寮の騎士と楽しくやっていることを伝えた時に、辺境伯の目に少しだけ涙が滲んでいたように見えたのは、気のせいじゃなかったと思う。
「おはようございまーす!朝ですよー!」
翌朝、すっかり独身寮ではお馴染みになったメガホンを手に、騎士たちを起こす。
このメガホンも少し前に改良して、魔法を使わなくても声を周囲に飛ばせるようにしてみた。
声量も三段階になっていて、最大に設定すれば、今回のような室外でも半径100mくらいは十分声が届く。
なので眠っている騎士たちを一斉に起こすことができるのだ。
「……なんか、体が軽くないか?」
「ああ、いつもなら体がガチガチなのに、今日はそんなことないな。それにぐっすり眠れた」
「意外とこのミノムシ布団、良いな」
ミノムシ布団じゃなくてシュラフですってば。
耳馴染みのない名前よりも言いやすいかもしれないけど、だからってそのネーミングはひどい。
そこへ、いつものキリッとした目ではなく、少し寝ぼけ眼のクリスさんが近付いてきた。
「ティア、ずいぶん早起きだが、疲れていないのか?よく眠れたか?」
「あ、おはようございます、クリスさん。はい、ぐっすりでしたし、全然元気ですよ!」
わぁ、こんなところでも過保護全開ですね。
それにしても、寝起きのクリスさんなんてレアだわ~。
あ、うしろの方ちょっと寝癖ついてる?
くすりと笑ったのに気付かれてしまい、クリスさんが恥ずかしそうに頬を染めて髪を押さえた。
「……腹が減ったな」
「あ、もう準備できてますよ!皆さんも、シュラフを畳んだら来て下さいね」
話を逸らすクリスさんが可笑しかったけれど、あまりいじめては可哀想なので、朝食の準備へと戻ることにした。
「美味い……今までの遠征食なんて比にならん」
「よく眠れた上に美味い食事、力が湧いてくる気がする」
騎士たちが、涙でも流すんじゃないだろうかという表情でもぐもぐと朝食を噛みしめている。
あ、それは無意識に付与されているらしい回復効果のおかげですね!と言いたかったが、言葉にすることはせず、あははと笑って誤魔化した。
今朝早起きして作ったのは、ホットドッグ。
コッペパンに切り込みを入れ、じっくり焼いたソーセージとキャベツの千切りを挟み、ケチャップとお好みでマスタードをかけてある。
それに昨日の余ったポトフを添えれば、簡単でお腹も満足な朝食メニューとなる。
「この皮がパリッと焼けてるのが良いな~!嬢ちゃん、もうひとつおかわり!」
辺境伯もお気に入りの様子で何よりだ。
昨日はちょっぴりしんみりしたけれど、今朝は元気そうで良かった。
「予定通り天気も悪くないな。ティア、一緒に行くか?」
「!良いんですか⁉」
ああとクリスさんが頷くのに、やったとバンザイをして喜びを表す。
「おっ、あんなに不服そうな顔をしていたのに、結局許すなんて甘いな、クリス」
「……俺が守れば良いだけだと気付いただけです」
揶揄うような辺境伯にふいっと顔を背けたが、クリスさんの耳が赤くなっているのが分かった。
うん、大丈夫。
ちゃんとふたりは親子に見える。
「辺境伯様、クリスさん、よろしくお願いします!」
私だって、魔導具の性能を高めるために少しでもたくさんのヒントを見つけて、頑張らなくちゃね。




