黒の騎士の父1
クリスの父、辺境伯目線です。
今回も短め……すみません。
俺はレオポルド・ブルームハルト。
若い頃は騎士団で鍛え、父親からその代を譲られてからは辺境伯爵として領地を守ってきた。
両親の仲は良く、兄弟仲も悪くない。
騎士団時代も、仕事柄危険なことや仲間と死に別れることはあったが、それなりに充実してやってきた。
その上、これ以上ない伴侶に出会い、三人の息子にも恵まれた。
大体の人間は、俺の人生を順風満帆だと言うだろう。
俺自身も、今の生活に何の不満もない。
しかし、気にかかることがひとつだけあった。
それは、末の子、クリスのことだ。
産まれた時から大人しく、子どもにはよくある我儘で周囲を困らせることもなく、机に向かわせればそこらの年上の令息どもより賢く、剣術の才能もあった。
手のかからない子だと言えばそうなのだろうが、俺はずっと違和感を抱いていた。
それが何なのかははっきりしていないが、とにかく俺は、クリスに対して危うさのようなものを感じていたのだ。
その違和感が強くなったのは、あいつが十歳くらいの頃。
元々人見知りなところがあるからそれまで気が付かなかったのだが、あいつは母親以外の若い女性と触れ合おうとしなかった。
長年ブルームハルト家に仕えている年嵩の侍女とは割と話もするが、若いメイドなどとは必要以上に馴れ合わない。
それどころか、同年代の令嬢にも興味を示さなかった。
しかし母親似の秀麗な美貌に、令嬢達が惹かれるのは当然のことで、初めて連れて行った茶会で、あいつは注目を集めた。
十歳ほど年上の令嬢から同年代の令嬢まで、あいつに興味を持ち、親しくなりたいと近付いた。
もう誰だったかは覚えていない、いかにもしたたかそうな、女性らしい風貌と体躯の令嬢があいつの肩に触れようとした、その時。
『俺に、触るな!!』
普段の澄ました表情を歪ませ、あいつはひどい拒絶反応を起こした。
それはまるで、“女性”にトラウマを持った人間かのようで。
しかし、そんなことがあるはずはない。
まだ痴情のもつれを経験するには幼いし、誘拐にあったり、そういう趣味の人間に何かをされたりしたことなどない。
ならば使用人か身内かとも考えたが、俺の家は代々人を見る目が厳しい者の集まりで、そんな人間を見逃すはずがない。
何よりそんなことがあれば、いくらポーカーフェイスなあいつでも、何かしらの変化を見せるはずだ。
そしてそれを、妻や乳母たちが見落とすはずがない。
それならば……と考えた時に、ある者が言った。
『魂の記憶』ではないかと。
転生、そんなものが本当にあるのかは眉唾ものだが、確かにそういう記録がないわけではない。
自分の息子がそれだと考えると、確かに辻褄の合うことはいくつかあった。
俺たち家族を嫌っているわけではないだろうが、どこか一歩引いたところがあることにも、気付いていた。
ただの甘え下手だと思っていたが……。
だが、それでもあいつが俺の息子であることに変わりはない。
ふたりの兄達と同じように、俺も妻も愛情を与えて育ててきた。
前世の記憶があろうとなかろうと、あいつはあいつだ。
成長するにつれて、俺のことをうっとおしいと言うことはあったが、その瞳に嫌悪は感じられなかった。
いつか。
そうだな、いつか。
女性全般が駄目だというわけではないのだ、きっと特別な存在に出会う日が来るだろう。
あいつを心から愛して、安らぎを与えてくれる女性に出会い、温かな笑顔が見られたら良い。
それまでは、俺や妻が、しつこいと言われてもあいつに構ってやろう。
お前の居場所はちゃんとここにある。
そう、伝えたかった。
そして――――。
あいつの希望で王都の騎士団へと旅立つことになったその日も、俺はあいつが広い世界で、たったひとりの大切な人を見つけられるようにと、そう願って送り出した。




