家出はそんなに甘くない
「ねえルナ、本当に良かったの?」
「うん?もちろん!だってあたし、セレスティアのこと大好きだもの!」
もう一度ルナに聞いてみたのだが、答えは変わらない。
どうやら本当に、このままついて来てくれるつもりのようだ。
精霊王様いわく、仕える精霊は他にもいるので、ルナがひとり欠けたからといって特別困りはしないらしい。
どうやらルナは精霊としての力は群を抜いているのだが、少々常識とか我慢などが足りないようだ。
良くいえば天真爛漫、悪くいえば後先を考えない。
技術よりも中身を磨かせたい、そう思っていたらしい。
そこで姿を猫に変えて、人間の世界を見せることにしたのだが、思わぬ災難に遭い負傷。そんなルナを私が助けた、というわけだ。
丁度しばらく人間世界で修行させようと思っていたようで、むしろ一緒に連れて行ってくれないだろうかと頼まれた。
喜んで!とすぐに返事をしたのは言うまでもない。
精霊王様も時々精霊界から様子を見るわと言ってくれたし、なにかあれば力を貸してくれると約束までしてくれた。
本当にありがたい話だ。
でも、どうしてこんなに良くしてくれるのかと聞いたら、笑顔で答えを濁されたのよね。
『ちょっと思うところがあってね』って言ってたけど、何だろう。
精霊王様の言葉を思い出していると、ルナがパタパタと透明の羽を羽ばたかせて、胸を張った。
「それに、一応あたしも時空の精霊の端くれだからね。たぶん、色々助けてあげられると思うの!」
うーん、精霊の姿もかわいい。
それに、なんだか妹ができたみたいで嬉しいな。
「――――うん、よろしくね、ルナ。私もルナが一緒で嬉しい」
血の繋がった妹とはあまり仲良くできなかったけれど、これからルナとはうまくやっていけると良いな。
さて、アンナのおかげで裏口を通って屋敷からは無事に抜け出せたけれど、これからどうしよう。
とりあえずは市井に向かうとして、まずは孤児院を頼るべきか。
とにかく衣食住の確保が大事よね。衣はともかく、食と住。精霊王様のおかげで幼女姿になれたし、てっとり早いのは孤児院だろう。
よし、まずは市井に出て孤児院を探す。そうしよう。
あとは捜索の目を逃れるために、念のためではあるが、“セレスティア”を捨てないといけない。
「ねえルナ。これからは私のこと、ティアって呼んでくれる?セレスティアの名前を隠して生きていくための、仮の名前」
「ああ、そうね。分かったわ、ティア!」
あまり本名とかけ離れていても、とっさの時に反応できない可能性がある。
ティアならば平民には珍しくない名前だし、名前の一部分なのですぐに慣れるだろう。
それと、ルナの姿のことも気になったので歩きながら色々聞いてみたのだが、どうやら精霊姿のルナが見えるのは私だけのようだ。
そうよね、本来精霊は契約した人間にしか姿を見せないって話だもの。
でもそれじゃあ、私がルナと話してると、ひとり言を言ってるみたいじゃない?それどころか、見えないナニかと話しているヤバい子にしか見えない。
いや、それはまずい。なんとかしたい。
「うーん、じゃあ猫の姿にはなれない?それなら、ルナと話しているのを周りの人に見られても、猫に話しかけてるように見えるし」
「ああ、それならできるわよ。えいっ!」
ルナがくるりと一回転すると、ぽんと猫の姿に変わった。
おお……!すごい!
「ちなみに、この姿でもおしゃべりはできるわよ!」
「すごーい!!」
ぱちぱちと拍手をすれば、おすまし顔をした。
もともと綺麗な猫なだけあって、ふんっと上を向いて得意げになる姿が様になる。
ひとりだったら、きっと今頃不安で仕方なかっただろう。
こんな楽しい気持ちで家出ができるなんて、思ってもみなかった。
「なんだかルナと一緒なら、何でも上手くいきそうな気がする」
「きっと上手くいくわ。ティアはとっても良い子だもの!幸運はそういう子に引き寄せられるものよ!」
ああ、こんな風に言ってもらえたのは、アンナ以外では初めてだ。
儀式の日からずっと、私は蔑まれて生きてきた。
特別気に病むことはなかったけれど、やっぱり自分を認めてくれる存在がほしいと、心の中では思っていたのだろう。
「――――うん、ありがとう。ルナ、大好きよ」
ルナがにゃあと嬉しそうに鳴いて私に飛びついてきたのを、私はしっかりと抱きとめた。
ずいぶん歩いて来たのだが、ここで問題発生。
「森ね……」
目の前には、暗い夜の森。正直言って、大変怖い。
「でもここを抜けないと町には行けないんでしょ?なら仕方ないわ。大丈夫、ここは魔物どころか、大人しい動物しかいない小さな森よ」
どうやらルナってば、魔物の気配まで分かるようだ。
とりあえず身の安全は保証されそうだし、不気味なのは変わらないけど、ここで野宿も危ない。
忘れそうになるが、今の私は幼女だ。魔法が使えるとはいえ、力も弱いし何かに襲われても戦える自信はない。
できれば夜のうちには森を抜けて、孤児院を見つけたいところだ。
朝方に孤児院の門の前にちょこんと座っていれば、保護してもらえる気がする。
そうすれば食事や寝床にありつける。
少々図々しい気もするが、死活問題なのでここは計画的にいきたい。
「うん、ルナも一緒だし、大丈夫よね!行きましょう!」
ちょっぴり怖いなぁという気持ちを押し殺して、私達は森へと足を踏み入れた。
「……これは予想外だったわ」
「にゃあ……」
森に入ってすぐはビクビクしていた私も、だんだん慣れてくると落ち着いてきて、何事もなく夜明け前には、町まであと少しというところまで来ることができた。
よし、もう少し!というところで、思わぬ出会いがあった。
「へえ、お嬢ちゃん、ビビって泣いたりしねぇんだな?」
「へへっ、恐ろしすぎて声も出ねぇのかもしれねぇぜ?」
「何でこんな時間にこんなところにいるのかは分かんねぇが、上等な服を着てるし、きっと金目の物も持ってるはずだぜ」
目の前には、とても体つきの良い、いかにも盗賊!って感じの男が三人。
さすがにたらりと汗が流れる。
セレスティア改めティア、一念発起して生まれ育った家を出たものの、ただいまならず者に絡まれております。
何でも上手くいきそうな気がする!と思ったものの、現実はそう上手くいかないみたい。
こ、このピンチ、どうしようー!?




