魔導具の評判3
休憩を終え、いよいよ森へと入る。
この森の地形は、何度も来ているため把握済みのようで、今日は少し開かれた野営の場所を目指すらしい。
そして明日はそこを拠点にし、隊に分かれて討伐を行うのだとか。
私は隊列のほぼ中間で、クリスさんの馬に乗せてもらいながら移動している。
初めて会った時も王宮までこうして乗せてもらったが……。
あの時はいつの間にか眠ってしまっていたし、意識しても仕方ないと思っていたが、今回はなんかちょっと違う、気がする。
クリスさんはあまり揺れないように馬を歩かせてくれているし、時々気遣って声もかけてくれるのだが。
その話しかける、が問題なわけで……。
真うしろから耳元に直接響く少し低音のイケボ、しかも初めて馬に乗せてもらった時より顔が近い。
あの時よりも親しくなったから無意識にそうしているのかもしれないが、正直、心臓に悪い。
意識しても仕方ないって前は思えたのに、今回はちょっと無理。
すごい良い声にドキドキするとか、なんか良い匂いがするとか、変なことばかり考えてしまうのだ。
これはあれか、前世の三十路の私が強く残ってしまっているのだろうか。
王都から森までの移動は、馬を走らせていたから衝撃に耐えるのに必死で、そんなことを思わなかったのに……。
「おや、ティア?なにか難しい顔をしていますが、どうしました?心なしか赤い気もしますね」
そこへ、並走していたセシルさんが馬上から話しかけてきた。
そうだセシルさんと交代……とも思ったが、ううっ、セシルさんに乗せてもらうのも緊張するよね。
というか第三王子様に相乗りさせてもらうなんて、無礼すぎるか。
ああ、ここにアランがいたら、無理にでも頼んで乗せてもらったのに……。
「いやちょっと、アランがいてくれたらなぁとふと思っただけです……」
今回は残念ながら不参加のアランを、恋しく思ってそう返事をする。
っていうか、王子様は討伐に参加オッケーなんだ?
陛下の教育方針を不思議に思っていると、微妙な顔をしたセシルさんが私に向かって口を開いた。
「……ティア、うしろは振り返らずに、そのまましばらく大人しくしていることをお勧めするよ」
なんだかよく分からない言葉だったが、一応頷くと、うしろからの精神攻撃(?)が緩んだ気がしたのだった。
「やっと……着いた……!」
途中クリスさんが静かになったのが少し気になったが、隣からセシルさんが色々と話しかけてくれていたため、あまりクリスさんの体温を意識せず、落ち着いた気持ちでいることができた。
それに何度か魔物に出くわす場面があったものの、それは先頭の騎士たちが討伐してくれていたので、私は遠目で見えるくらい。
うちの国の騎士たちが優秀なのか、魔物がそれほど強くなかったのか、すぐに討伐できていたから、恐いとか感じることもなかった。
進んで先頭を行き、ちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返していた辺境伯が、つまらんとボヤく程度には手強い魔物ではなかったのだろう。
「今日はここで野営ですよ。ティア、疲れてはいませんか?」
「はい、大丈夫です」
セシルさんが気遣ってくれたのに、そう笑顔で答える。
普通ならお尻が痛いとか、慣れない長時間の乗馬に疲れるものなのだろうが、多分光の精霊たちのおかげなのだろう、全然元気だ。
「いつも思うが……ティアは体力あるな」
そんなことを知らないクリスさんやセシルさんは、感心したような表情だ。
ダブルワークしててもピンピンしてるしね、子どもなのに無尽蔵だと思われていそうだ。
「連れて来てもらったのにぐったりしていたら、ただのお荷物になっちゃいますからね!夕食も頑張って作りますから、クリスさんたちは討伐、頑張って来て下さい!」
深くつっこまれても困るので、そう言って誤魔化した。
ここからは、討伐組と野営の準備組に分かれての行動になる。
私は準備隊と一緒に行動して、野営で役立ちそうな魔導具のヒントを探し、ついでに夕食作りもお手伝いすることになっている。
明日は討伐の方にもついて行きたいと伝えているが……。
危険を伴うのは間違いないので、保留となっている。
今日クリスさんたちが森の様子を見て、判断するらしい。
十分我儘を言っている自覚はあるので、これ以上困らせることはないよう、ダメだと言われたら素直に従うつもりだ。
ということで、討伐組のクリスさんとセシルさんとはここで別れ、監督役のカイルさんと一緒に早速野営の準備に加わる。
主な仕事は、簡易テントの設営や荷物の整理、火おこしに夕食の準備などだ。
まあ準備の手伝いといっても、非力な幼女だからね、テント設営などでは戦力になれない。
「さすがにお嬢ちゃんにやれとは言わないから、まぁ魔導具のヒントを探すのに見学していてくれれば良いよ」とカイルさんにも言われた。
なので近くで見学させてもらいながら、ちょっとした手伝いをするくらいが精々だ。
テントってどんなんだろう?と思っていたら……思っていた以上に簡素すぎてびっくりした。
これ、ただ木にロープを張って大きい布を張っただけじゃない?っていうのが第一印象。
騎士はその辺に転がって寝るって言ってたのに、テントあるんじゃんと思ったら、とんでもなかった。
ただの雨よけ(防御力低)だった。
一応ある程度の防水力はあるようだが……
ちゃんとした防水効果のある布は重いから、テント向きじゃないんだって。
そういえば、合羽も重くてかさばるってベンデル男爵が言ってたもんね。
だから雨風の強い日は悲惨だぞって、テント張りをしていた独身寮の騎士が教えてくれた。
よ、良かった雨の心配がない日で!
そう切に思ったほど、このテント(仮)は心許ない。
うーん、防水力の高い布ならすぐ作れると思うけど、さすがに前世のテントまでは再現できないだろうなぁ。
スタンダードな四角推の形状はイメージできるけど、構造まではちょっと……。
あ、タープくらいならいけるかも?
木にロープ張るのとそんなに変わらないかしら……。
とりあえずは防水効果のある、風にも強い布から作るべきねと考えたところでテント張りは終了。
次は火おこしだ。
といっても薪代わりの木の枝はそこらへんで調達だし、火は誰でも魔法でつけられる。
ここは特に魔導具の出番はないかしら?
って思ったけど……。
「雨で枝が濡れている時はどうするんですか?」
「一応風属性魔法である程度乾かすけど、燃えにくいのは確かだね。それに、乾いた木でもなかなか着火しないことも多いね」
カイルさんが苦笑する。
そうだよね、自然のものだからある程度の水分は含まれているし、炭みたいに上手くは火がつかないよね。
だからって、いちいち炭を持ち運びするのは不便だしねぇ……。
あ、せめて着火剤があれば使えるかも。
うん、これはちょっと考えてみる価値がありそうだ。
「おや、なにか思いついたみたいだね?」
「はい、ちゃんとイメージしたものができるかは分かりませんが、いくつかアイディアは浮かびました」
ヒントを得たと伝えれば、カイルさんも良かったねと返してくれた。
よしよし、せっかくここまで連れてきてもらったんだから、なにも思いつきませんでした~なんて言えないもんね。
さて、じゃあ次は夕食作り、頑張りますか!




