独身寮のお客様4
「こんにちは〜!ティアちゃん、何か新しい商品入ってる?」
辺境伯が滞在するようになって三日。
今日はお店の開店日だ。
いつものように接客をしながら過ごしていると、常連の女の子たち三人が、店のドアを開けて入って来た。
「いらっしゃいませ。そうですね……雑貨ではないんですけど、小分けのクッキーを作ってみたんです。色んな味があるので、良かったら試食どうぞ」
そう言って彼女たちに小ぶりのクッキーを差し出す。
“幸運の月”では、前世の雑貨屋さんを参考に商品を置いているのだが、そういえば色んなお菓子も置いてあったなと思い出し、手はじめにクッキーを作ってみた。
プレーンにチョコチップ、紅茶味にアイスボックスクッキーなど、メジャーなものばかりだ。
普通のクッキーとちょっと違うのは、ほんの少しだが、疲労回復の魔法を付与していること。
あんまり効果が高いとバレてしまうので、本当に些細なものだけどね。
ほら、疲れた時には甘いものって言うし?
普通に考えたら、多少疲れが取れたとしても、ティータイムで癒やされたと思うだろうからね。
「んっ!美味し〜!これ、ティアちゃんが作ったの?」
「それになんかホッとする味……。あ〜貴族のご令嬢みたいに、花咲く庭園で優雅にティータイムとかしてみたいわ〜」
「ホントそれ!ま、現実じゃカフェでお茶するのが、精一杯の贅沢だけどね」
女の子たちは、そう笑いながら試食のクッキーを全種類つまんでいった。
カフェかぁ……いつかこの店にカフェ併設とかもしてみたいな。
でも一人じゃ無理ね、どう考えても回らない。
だけどカフェと雑貨の店なんて、この世界じゃ珍しいし、話題になりそう。
いや、あんまり話題になるのはマズイのか?
そうなると王宮からの仕事が回らなくなるもんね。
でもでも、こっちのお店の仕事も楽しいんだよなぁ……。
「なにを唸っとるんだ、嬢ちゃん」
「え?あ、きゃっ!」
うんうんと考えていたところに思いもよらない低い声がして、驚き叫んでしまった。
どこかで聞いたことのある声の持ち主は誰かと、うしろを振り向くと、そこにいたのは――――。
「すまん、驚かせたな」
なんと、ブルームハルト辺境伯だった。
あんぐりと口を開けて見上げると、わははと笑われる。
「どうしてこんな所に?と言いたそうな顔だな。いやな、嬢ちゃんのことはベンデルや陛下からも聞いていてな。店をやっていると聞いたから、覗いてみようと思ったのだ。うむ、なかなか良い店だな!」
いやいや、そんな娘の授業参観に来る父親みたいなこと言われても。
夕食を作っていることで、気に入られた感はあったけど、実の父親よりも気にかけてくれている気がする。
出会ってまだ三日なのに……あれか、クリスさんが過保護なのは辺境伯に似たのか。
「えっと……ありがとうございます。ご自由に見て回って下さいね」
「おお!ありがとな、嬢ちゃん」
そう言って辺境伯は上機嫌で店内を歩き始めた。
こう言っては何だが……完全に浮いている。
そりゃそうだ、この雑貨屋は女性向けのものが多いこともあり、店内の装飾はシンプルだが可愛らしくまとめている。
そんな店に、いかにも武人という風貌のオジサマ……どう見ても場違い感がある。
先程の三人組だって、ぎょっとした顔で辺境伯を見ている。
別に男だからとか、そんな偏見はないつもりだけど、違和感というのはどうしても……。
しかし、私たちが戸惑いの視線を送っていることを気にも留めず、辺境伯は店内の商品を物色している。
「ふーむ、女性のものはよく分からんが、珍しいものが多いということは分かるぞ。嬢ちゃんが考えたのか?」
「そうですね、人からヒントをもらうことも多いですが、基本的には私が」
そして興味深そうに、これは何だとか、どうやって使うんだとか、私に色々と聞いてくる。
そしてそれに丁寧に答えていくと、ほほう!と感心したような反応を返してくれた。
試食のクッキーも、せっかくだから食べてみてもらった。
クリスさんとは違って、辺境伯は甘いのもいけるみたいで、ぱくぱくと食べてくれる。
「嬢ちゃんは、菓子作りも上手いのだな!ところで、このビーズのようなものが入った小さな袋はなんだ?」
辺境伯は満足気に頬張りながら、クッキーの袋の中にある小袋が気になったらしく、つまんで取り出し、聞いてきた。
そう、これが食品を扱うために私が作り出したものだ。
「それは、乾燥剤です。クッキーを長持ちさせるために一緒に入れてあるんです」
いわゆるシリカゲル。
でも、本物はさすがに作れなかった。
でも魔法付与さえあれば、なんの変哲もないビーズだって、乾燥剤代わりになる。
実はクッキー自体にも防腐作用の魔法をかけているのだが、そんなこと言えるわけもないからね。
「成分が何かは企業秘密ですが、変なものじゃないですよ」
企業秘密。
なんて便利な言葉だろう。
この魔法の言葉を使えば、大体はそう簡単に話してくれないよねって分かってくれる。
目の前の辺境伯も、ただただ感心したように、ビーズをしげしげと眺めるだけだ。
「話には聞いていたが、本当に聡明な嬢ちゃんだな。この年でこれ程とは、先が楽しみだな!」
そして辺境伯は、私の頭を撫でた。
うわ、ちょっとびっくりしたけど、この人の撫で方も嫌いじゃない。
それにしても、この言い方だと、辺境伯は私の正体のことは知らないみたい。
陛下やベンデル男爵から色々と聞いているって言ってたから、てっきり知っているのかと思っていたのだが。
まあ、あの二人はべらべらと人の秘密を話したりしないか。
一応機密情報ってやつだしね。
「ああ、そろそろ時間だな。仕事中に邪魔して悪かった。そうだ、領地にいる妻へ、土産にこれを買いたいのだが」
そして最後にと、辺境伯がゴムに飾りのついたヘアアクセサリーを手に取ると、レジの机に置いた。
「陛下も妃に贈ったと聞いてな。せっかくだから、俺もと思って」
「……へ?」
寝耳に水だったのだが、なんと陛下は私の知らない所でヘアアクセサリーを購入し、王妃様に贈っていたらしい。
嘘でしょ!?こんな平民向けのアクセサリーを!?と困惑する私の顔が大変面白かったようで、辺境伯に爆笑された。
「はっはっは!いや、実に楽しかった。さて、他の客の迷惑にもなってしまったし、俺はそろそろ行くよ。ではまた今日の夕食も楽しみにしているぞ、嬢ちゃん」
ひらりと手を振ると、辺境伯は扉を開けて去って行った。
他のお客様は、辺境伯の存在感に圧倒されてしまったので、遠慮してずっと遠巻きに見ていたようだ。
せっかく来店してくれたのに、ほったらかしになってしまい、申し訳ないことをしてしまったわ。
「みなさん、ごめんなさい。どうぞお気軽に手にとってご覧になって下さいね」
「あ、ティアちゃんレジお願いしまーす」
辺境伯が現れて、ちょっと遠慮していた先程の常連の女の子たちも、いつもの調子に戻っていた。
確かに辺境伯には私も驚いたけど、ちょっと楽しかったかも。
それに。
「おっきくて、優しい手だったな……」
クリスさんの撫で方とは少し違ったけれど、優しい温かさは似ていたかもなと、私はこっそりと笑みを零したのだった。
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