独身寮のお客様2
「おう、このちっこい嬢ちゃんが新入りの家政婦か!噂には聞いてるぞ。ま、しばらく厄介になるが、よろしく頼む」
がははという擬音がぴったりな笑い声を上げるのは、今朝王都に到着したばかりの、レオポルド・ブルームハルト辺境伯。
「父上……相変わらずだな……」
そう、クリスさんのお父様だ。
何というか、うん、クリスさんには全く似ていない。
聞いていた話でもそう思ったが、実際に会ってさらに思いが強くなった。
まず見た目が全然違う。
一言でいえば、大きい。
とにかくデカい。
身長もだが体格も良くて、申し訳ないけど、ぱっと見は貴族というより山賊とか海賊の親分ぽい。
笑い方も豪快だし、国で一二を争う実力者という納得の見た目をしている。
クリスさんは鍛えているけれど、割とすらっとしているし、豪快というよりクールなイメージ。
親子と言われても、本当?と疑いたくなるレベルで似ていない。
でも辺境伯をよく見れば、燃えるような赤髪や強い光を宿した黒い瞳からは、人を従わせる威厳を感じる。
堂々とした佇まいに、騎士のみんなも羨望の眼差しを送っているのが視界の端に映った。
ベンデル男爵も悪い奴じゃないって言っていたし、きっととても立派な方なんだろうな。
「あれ?しばらく厄介になる……って」
「ああ。なにを思ったか、王都に滞在中は、この寮に世話になると言い出したんだ」
どうやら王宮に滞在する部屋が用意されていたのだが、以前使っていた部屋に泊まりたい!と言い出したらしく、クリスさん達と一緒に帰ってきたということらしい。
はあっとクリスさんがため息をつく。
こんな表情、珍しい。
「なんだクリス。久しぶりの親子の対面だ。もっと喜んでもいいんだぞ!」
胸に飛び込んで来い!とでも言うように、辺境伯はクリスさんに向かって両腕を広げる。
もちろんクリスさんはそれをスルー。
大人しく用意された部屋に滞在しろよと、冷たく言い放っている。
辺境伯はというと、そんなクリスさんの対応に慣れているのか、つまらん奴だと笑うだけだ。
う、うーん。
仲は悪くない、んだよね?
「まあそう言うな。俺にとってこの場所は特別だ。青春の全てが詰まっている」
そうして辺境伯は昔を懐かしむかのような表情をした。
昔はここに住んでいたんだもんね、色々と思い出もあるのだろう。
あれ、ということはケイトさんとも……。
「まあまあ、相変わらずねぇレオ」
「おお!ケイト夫人、息災で何よりだ」
そこへ穏やかに笑うケイトさんが現れ、辺境伯もぱあっと喜色を滲ませた。
話を聞けば、ケイトさんの旦那様が健在だった頃に辺境伯はここに住んでいたんだって。
そしてなんとベンデル男爵も!
年齢順にケイトさんの旦那様、ベンデル男爵、辺境伯とが先輩・後輩関係だったってことね。
旦那様もかなり陽気な方だったみたいで、まだケイトさんと結婚していなかった頃は、この独身寮で三人、馬鹿騒ぎしたものだと辺境伯が笑う。
それってベンデル男爵が苦労していたパターンでは……と思わなくはなかったけれど、胸の内に秘めた。
隣でクリスさんも同じ想像をしたのだろうか、複雑な顔をしている。
「ケイト夫人がここで働くようになって、しばらくして俺も寮から出てしまったからな。何度か様子を見に来てはいたが、今回はかなり元気そうだな。そこの、ちっこい嬢ちゃんのおかげかな?」
「そうねぇ。ティアちゃんのおかげで毎日楽しいわ。騎士たちもちゃんと掃除するようになったしね?」
ねぇ?というケイトさんの声に、騎士たちは明後日の方向を見ている。
そして辺境伯も身に覚えがあるのか、微妙な顔をしてそれはまあ仕方ないというか……と、たじたじだ。
百戦錬磨の辺境伯爵も、尊敬する先輩騎士の奥様には、頭が上がらないらしい。
「と、とにかく!王都にいる間はここに厄介になるぞ!嬢ちゃん、料理が上手いんだってな。ケイト夫人の料理も久しぶりだし、どちらも楽しみにしているぞ!」
「あ、はい!頑張って作ります」
「あらあら。あなたたくさん食べるから、頑張らないといけないわね」
確かに辺境伯、すごく食べそう……。
「ケイトさん、ティアも。申し訳ないがお願いします」
息子のクリスさんも否定しないくらいには、かなりの量を食べるのだろうなと思いながら、苦笑いを返すのだった。




