独身寮のお客様1
「ほう、魔物討伐に同行するとは……。貴族のご令嬢にしては、なかなか変わった考えの持ち主だな」
「あはは……やっぱりそう思いますよね」
数日後、カイルさんに連絡を取ってもらい、ベンデル男爵に新作の魔導具を見てもらっていた。
どの魔導具も興味を持ってくれたみたいで、私の説明にも熱心に耳を傾けてくれた。
試験的に使いたいということで、カイルさんに誘われた討伐の日に、できた分だけ持って来てほしいとも。
こうして付き合うようになって分かったのだが、男爵は神経質で威圧感のある見た目に反して、意外と柔軟な考えをするし、人の意見もちゃんと聞いてくれる。
言ってはなんだが、意外と常識人だなとも思う。
「しかし、君が嫌でなければそれも良いのかもしれないな。確かに実際に騎士たちと同じ経験をすることは、かなり参考になると思う」
そして結構私のこともちゃんと考えてくれる。
騎士の邪魔になると反対されないだろうかとも思ったが、意外な反応だ。
今になって考えると、家出なんてしなくても、この人に引き取られるのも悪くなかったかもしれない。
本気で嫁入りさせようと思っていたわけではないとも言っていたし、私の能力を買ってくれていたという話だもの。
女好きだの偏屈者だの、噂ってあてにならないものね。
「ああ、そういえば近々あいつが来ると言っていたし、アーレンス副団長はそれを見越しての提案だったのかもしれないな」
「あいつ?」
納得したような様子の男爵に、首を傾げる。
「そうか、君は知らないか。この国で一二を争う実力者。――――ブルームハルト辺境伯が、王都の騎士団にしばらく滞在することになっているんだ」
「ブルームハルト……って」
「そうだ、クリス・ブルームハルト隊長の実父だ。あいつが討伐に同行するなら、ほぼ危険はないと思って良い」
やっぱり!?
そして、元騎士の男爵が危険はないと断言するくらいの人って、どんなムキムキマッチョなんだろう……。
国で一二を争う強さと言われると、やはり想像してしまうのは、体の大きな厳つい人。
それに国境を守る辺境伯っていうくらいだし、ものすごく厳しくて恐い人かも。
「なにやら想像を膨らませているようだが、一般人には常識的な言動をとる男だから、さほど心配はいらないぞ」
一般人には……って、部下とか敵対する者には非常識なことをするってことですか!?
「色々と破天荒な奴だからな。はじめは驚くかもしれないが……まあ、セレスティア嬢ならば大丈夫だろう」
大丈夫!?大丈夫ってなにが!?
不安しかないんですけどー!
「悪い奴ではない。腹黒国王などより余程、分かりやす……話の分かる男だ」
分かりやすいって言おうとしましたね?
確かにランディさんはなかなかクセがあるし、男爵も苦労しているのだろう。
考えてみれば、会うたびに男爵は疲れた顔をしている気がする。
仕事が忙しいのかなと思っていたが、それ以外の精神的な疲労もあるのかもしれない。
「……あの、これお店の商品なんですけど、良かったら」
なんとなく男爵に同情心を覚えた私は、刺繍を施した男性用の枕カバーを差し出した。
「ん?これはなんだ?」
「枕カバーです。えっと、疲労回復と鎮静効果の魔法を付与していますので、良い睡眠がとれるかと。良かったら」
「……ありがたく、受け取っておく」
ぐっと枕カバーを握り締めた男爵の表情は、なんとも言えないものだった。
女好きでも偏屈者でもなくて、苦労人なんじゃ……と思ったが、口にはしなかった。
その日の夜、夕食の配膳が一段落した時を見計らって、私は食卓に座るクリスさんの隣に腰を掛けた。
「よ、今日のメシも美味いな」
見るとサクも一緒だ。
机に座って、メインのお肉の切れ端をつまみ食いしている。
誰にも見られないからって、随分と大胆な精霊である。
「いつもは呼ばない限り好き勝手に出歩いているくせに、時々夕食になると、こうしてティアの作ったものを食べにふらりと現れるんだ。困った奴だ」
はぁっと息をつくクリスさんは、もう諦めたという表情だ。
「そう言うなよ。こいつの作ったものは、美味い上に回復効果があるからか、食べると力がみなぎるんだよ」
「え、精霊にも効くんだ」
確かに人間には体力回復の効果があるらしいのだが、まさか精霊もとは。
こうして嬉しそうにぱくぱく食べてくれるのは、悪い気はしないから良いんだけどね。
「それで、何か用か?」
「あ、ええっと……」
クリスさんに促されて、私は思い切ってお父様であるブルームハルト辺境伯のことについて尋ねてみた。
大した理由はないけれど、男爵から聞いた辺境伯の話は、息子のクリスさんとはあまり結びつかないものばかりだったから、ちょっとだけ興味があった。
それと……ちょっとだけ、ほんのちょびっとだけ、また別タイプのイケオジが現れるのではないかという期待もある。
正統派な団長さん、オネエだけど優しいギャップのグレンさんに、ちょい悪オヤジ風なアイザックさん、年齢不詳のお色気担当ランディさんなど、よく考えてみれば私の周りには十人十色のイケオジたちが揃っている。
最近堅物だけど実は細やかな気遣いのできるベンデル男爵まで登場したし、これは……!と期待するのも仕方のないことだろう。
いや別に枯れ専って訳じゃないけどね?
でも素敵なオジサマって包容力もあるし、目の保養になるじゃない?
そんな私の心中を察したのか、クリスさんは眉間に皺を寄せた。
「……なぜかは分からないが、父の話をしたくなくなった」
「ええっ!?そんなこと言わずに!近々いらっしゃると聞いたので、どんな方か聞いておきたいんです!」
ただのイケオジへの興味だけではない。
ひょっとしたら独身寮にも顔を出すのではないかと、ベンデル男爵が言っていた。
初対面で失礼がないように、予めどんな方なのか聞いておきたいと思ったのも本当だ。
お願いします!とクリスさんを見上げれば、うっと一瞬たじろいだ後、仕方ないなと口を開いてくれた。
「そうだな……ひと言で言えば、父は“脳筋”だ」
「……はい?」
あれ、私今なにか貴族の当主には相応しくない単語を聞いた気がするんですけど……。
気のせい、ですか?




