月の夜と精霊王2
「――――つまり、ルナを助けた私の危機を察し、力を貸しに来て下さったということですか?」
「ええ。大体のことは見ていたから、事情もあらかた分かっているわ」
「セレスティア、良い人!猫の姿のあたしにも優しくしてくれたもん!」
結局、精霊王様がここに現れた理由を話してくれ、内心の動揺を抑え頭の中で内容を整理する。
まさか、おとぎ話の中くらいでしか存在の聞いたことのない、時空の精霊王様が私を助けに来てくれるなんて……。
「でも、助けるって、どうやって……」
「そうねぇ。とりあえず、こんなのはどうかしら?」
パチンと精霊王様が指を鳴らす。
……?先程のような光も出ないし、何も起こっていないように思うのだけれど……。
あれ?でも、ちょっと待って。
なんだか目線がすごく低くなってる気が……って、え!?
「うそ!私の体、縮んでる!?」
ぱっと開いた手を見ると、見慣れた自分のものよりもふた回りほど小さい。
ぱっと咄嗟に部屋の鏡を見れば、そこに映っていたのは、六、七歳くらいの時の自分だった。
「体だけ、時を遡らせてみたの。どう?あまり違和感のないようにしたつもりだけど」
「あ、はい。動いてもそんなに違和感は感じません。そっか、この姿ならもし見つかっても私だとは思われないかも……」
それに、子どもの姿ならば、しばらくは孤児院とかに身を寄せられるかも。
上手く逃げ出せたとして、その後のことも考えなくてはいけない。
あれ、そういえば、どういうわけか服までぴったりサイズになっている。
しかしそれが今はありがたい。
さすがにこのサイズの服なんて、今は持っていないもの。
でもそうなると、着替えの分がないわよね。
「そうだわ、あなた。いえ、ルナと名付けられたのだったわね。ルナ、サイズの合いそうな服を、私の亜空間から何着か探して持って来てあげなさい。あ、それと家出に使えそうな物があれば、それも良いわよ」
「分かりました、精霊王様!」
私の危惧したことをすぐに察してくれた精霊王様が、ルナにお遣いを命じると、ぽんとルナの姿が消えた。
亜空間ってそれ何?と思わなくはないけど、正直助かります。
精霊王様、太っ腹ですね。
「言っておくけど、普段はこんなことしないわよ?あなたは特別」
どうやらルナを助けたことが、精霊王様にとっては特別待遇に値することだったらしい。
情けは人のためならず。一日一善、これ大事。
「それと、大荷物になりそうだし、その体じゃ大きなカバンも持てないわよね」
そう言うと、精霊王様は準備途中だった大きめのカバンとは別の、幼女姿の私でも持ちやすいサイズのカバンに向けて、また人差し指を軽く振った。
「これで容量が百倍になったから、大体のものは入るでしょ。あ、そっちの小さめのものにも付与してあげるわ」
そう言って、ポシェットのような首にかけられるタイプのものにも、魔法をかけてくれたようだ。
百倍って、どれだけ入るのだろう。そして入ったとして、重さは一体……。
「大丈夫よ、重さは百分の一だから」
ということは、百キロの荷物を入れても体感はたったの一キロってこと?
す、すごい。容量と重さのこともだが、さっきからいちいち私の考えが読まれているのもすごい。
「精霊王様、戻りました!お洋服、たくさんありましたよ〜」
消えた時と同じように、ぽんといきなりルナが現れた。
その手に掛けられた袋には、たくさんの服が詰め込まれている。
それらの服を精霊王様が確認すると、容量を百倍にしてくれたカバンにルナが入れてくれた。
へえ、本当に入ってる。おもしろーい!
まだまだ入るわよと嬉しい言葉を頂いたので、せっかくだから刺繍や編み物の道具や材料も、ふんだんに入れさせてもらった。
思った以上の大荷物になってしまったが、ルナも手伝ってくれたので、短時間でばっちりまとまった。
「出したい時は、その物の姿形を思い出して手を入れると、自動的にそれが出てくるわよ。あれこれ入れすぎて分からなくなった時は、口を開いて覗き込めば、中がみえるからね。あ、間違っても中に入ろうとしちゃダメよ?」
ね?と笑顔で首を傾げる精霊王様は、とても見目麗しいのだが、なぜかちょっぴり怖い。
中に入ったら、どうなるんだろう……。
「ダ・メ・よ」
「はっ、はい!!」
美人は怒らせると恐い。主観でしかないが、おそらくこの精霊王様もそうだと私の中のなにかが教えてくれている。
念押しされたことだし、間違っても好奇心で中に入ることのないようにしよう。
そう思いながらカバンを肩に掛ける。おお、本当に軽い。あんなに服や手芸道具を入れたのに。
さて、これで準備も終わったし、そろそろアンナが言っていた二時間が経過する。
「色々とありがとうございました。ルナも、ありがとう。元気でね」
深々と精霊王様とルナに頭を下げてお礼を言う。
まさか精霊だなんてと驚きはしたけれど、ルナが大切な友達なのに変わりはない。
別れが寂しくて、目に涙が滲むのが分かった。
でも、ルナにだって精霊王様に仕える役目があるのだし、ここからはひとりで行かないと。
ごしごしと目を擦って涙を誤魔化すと、精霊王様が首を傾げた。
「あら?ルナは連れて行ってくれないの?」
「え?」
一瞬、意味が分からなくて、私も首を傾げると、ルナが元気よく右手を上げて飛び上がった。
「行くっ!あたしも連れて行って!!」
え?
えええええーーーっ!?




