新生活は意外な人との出会いから2
「ギルベルト・ベンデルだ。これからよろしく頼む」
独身寮とお店のダブルワーク、こんな生活にも慣れてきて、そろそろ本格的に王宮からの仕事の依頼を受けるのに、仲介する人物が必要だろうということになり、今日はその担当者が来てくれたんだけど……。
「え?ベンデル?」
どこかで聞いたことがある名前――――そこまで頭の中で考えたのだが、次の瞬間、私は驚きの叫びを堪えることはできなかった。
「ええっ!?ひょっとして、私を無理矢理嫁に迎えようとしてた好色爺ー!!!?」
「大変申し訳ありませんでした。仮にも初対面の方に向かって、暴言を……」
「ゴホン、あー……いや、まあ驚くのも無理はない。気にするな」
ゴツンと音がするくらい、ソファに座りながら応接机に頭を預けるようにして、私は深々と頭を下げた。
ここは私の店の奥にある、休憩室。
そして目の前に座るのは、黒髪でガッチリした、少し気難しそうな風貌のおじさま。
……なんと、うちの両親が結婚相手にと考えていた、ベンデル男爵だ。
「それと、正確には初対面ではない。王宮に喚ばれた際、ランドルフ陛下の側にいたのを覚えていないか?」
「あ、そういえば……」
陛下が人払いをした時に、声を上げた人。そうだ。
「まあ、あいつから色々と事情は聞いているから安心するといい。それと、私は別に君を無理矢理妻にしようとか思っているわけではないからな。これからは対等な仕事相手だ」
あら、確かに少し神経質そうな感じはあるけれど、噂とは違ってちゃんとした人みたい。
先程も、私の噂を聞いてその魔力に興味を持ったから両親に話を通しただけだと、結婚の話についても説明してくれたし。
……でもひとつ、気になることはある。
じっと見つめると、ベンデル男爵はどうしたんだと訝しげに首を傾げた。
「あの、ひとつだけ聞いてもよろしいですか?」
「?何だ、言ってみなさい」
遠慮せず聞けという男爵に、ごくりと息を呑んで口を開く。
「本当に、ロリコンではないんで――「巫山戯るなよ小娘」
ずぅんと据わった目で速攻否定された。
そして怒られた。
ちょっと怖かったけど、よかった、この反応なら心配いらないみたい。
それにしても他の誰かにも同じことを聞かれたのかしら?
なんだかものすごく否定が速かったような……。
私のせいで汚名を着せられてしまったのかもしれないと、ちょっぴり男爵に同情しながら、気を取り直して依頼の説明を聞くのであった。
「ただいまー!ティア、今日のご飯なにー?」
「あ、おかえりアラン。討伐お疲れ様。今日は豚肉のスタミナ炒めだよ」
そして独身寮は相変わらずだ。
こうして夕食を楽しみに帰ってくる騎士たちに、お疲れ様と声をかけながら配膳していく。
あ、各々の部屋も、まあちょっと散らかってるかな程度で済んでいる。
歓談室などの共用スペースも、使い終わったらちゃんと片付けてくれているし、ケイトさんや私が軽く掃除するだけでも十分きれいだ。
「あ、クリスさん、カイルさんもおかえりなさい!お怪我もなくて良かったです。たくさん食べて下さいね」
「ああ、ただいま」
「おー、今日もいい匂いだね」
騎士たちの配膳があらかた終わった頃、クリスさんとカイルさんもやって来た。
ランドルフ陛下から、協力者として副団長のカイルさんにも事情を話してもいいかと聞かれ、色々考えたけれどお願いすることにした。
ひとりで秘密を抱えても、どうにかできる気がしなかったからね。
カイルさん、見た目は軽薄そうだけど意外と気配り上手で頼りになるのだ。
うっかりやらかしてしまう私のことを、さり気なくサポートしてくれて、とても助かっている。
本当は成人したばかりの候爵令嬢と知って、態度が変わってしまうのではとちょっぴり心配だったのだが、全然そんなことはなかった。
「お嬢ちゃんのご飯は美味しいし、体力も回復するしで日々の癒やしだよ」
盛り付けていると、ポンポンと頭を撫でられた。
……ちょっとお肉をサービスしたら、嬉しそうに笑ってくれた。
よく考えたら私、前世でも今世でも姉弟の一番上だったから、こういう妹扱いされることに慣れてはなくとも憧れはあった。
優しくてなんだかんだで頼りになるお兄ちゃん、という感じでカイルさんのことを見てしまうのも、仕方がないことなのだ。
「……美味そうだな。生姜焼きではないのか?」
「はい、味付けは似ているんですけど、お酢を使って暑い日でもさっぱり食べられるようにしているんです」
その上クエン酸の効果で疲労回復を促し、カルシウムやマグネシウムの吸収も助けてくれるんです!とまでは口にしない。
前世の栄養学を語っても、不思議そうに見られるだけだもんね。
「そうか。確かに秋口だというのに、まだ暑い日が続いているからな。食べやすいものを考えて作ってくれたんだな」
そう言ってクリスさんも私の頭を撫でた。
出た……お兄ちゃん二号。
こちらも普段はクールなのに妹には甘々の、クーデレ兄属性。
「……クリスさんも、もっとお肉食べます?」
ちょっと前までは恥ずかしかったけれど、なんだか慣れてきたらこれはこれでアリな気がしてきた。
シャーロットと和解したことも、少し影響してるのかも。
今までは、こちらの世界であまり人と深く付き合って来なかったのだが、少しずつ交流の輪が広がったというか……。
とにかく、気恥ずかしくもあるが、こうしたスキンシップが嫌いではないということに気付いたのだ。
「あっ、ティアずるい!副団長と隊長ばっかり!」
「はいはい。多めに作ったから、アランも後でおかわりに来ていいわよ」
「やった!さんきゅー!」
私たちを見て不満をもらしたアランだったが、おかわりのひと言ですっかり機嫌を直した。
賑やかだけど、こんな日常が楽しい。
王宮での仕事も本格的に始まるし、これから頑張らなくちゃ。
「ティア、おかわりー!」
にこにこ顔でお皿を持って来たアランに、くすりと笑みをこぼす。
「おかわりは一回だけだからね?」
なにはともあれ、明日も頑張るわよー!




