黒の騎士のほろ酔い*前編
クリス目線のお話です。
後編は明日投稿予定です!
冒頭でお察しの通り、いつもより糖度高め……になってると思います、多分^^;
(なぜこうなった!?いや、これは誰だ!?)
誰もが認める若手実力派、王立騎士団第一部隊隊長であるクリスは、未だかつて経験したことがないくらい、とても動揺していた
何故かといえば、目の前のこの美しい女性のせいだ。
「ん……っ、クリス、さん……」
「ちょ、ちょっと、待ってくれ…………!!」
夜の帳、ティアに似た面差しの女性に馬乗りにされ、クリスは心の中で大絶叫した。
* * *
一時間前、王立騎士団独身寮。
俺は、普段ならば参加することのない、団員たちの馬鹿騒ぎに参加していた。
何故って、理由はティアだ。
幼いながらに賢く器用で、その上稀少なスキルを持つティアは、この度国王陛下のお眼鏡に叶い、店を構えることになった。
それを聞いた当初は驚きもしたが、前世の知識も活かして次々と便利アイテムを作る彼女を、応援したいという気持ちになった。
そうして先日、無事に店をオープンさせ、少し落ち着いたところでお祝いをやろうということになったのだ。
お祝い、と言っても場所は寮の食堂。
しかも料理の何品かは彼女の手作りだ。
騎士たちが外から買って持ち寄る料理もあるが、彼女が作る珍しい前世の料理は、とても評判が良い。
ティアの作る新作の料理が食べたい!と奴らが希望を出し、それを彼女は快く聞き入れてくれた。
『みんなは日中訓練なんだから、料理くらい私も用意するよ。お祝いしてくれるっていう気持ちだけでも嬉しいんだから、気にしないで』
そんな風に言うティアは、騎士たちの中でまたさらに株が上がった。
いったい彼女は、どこまで騎士たちを虜にすれば気が済むのだろう。
とにかくそういう訳で、俺もこの馬鹿騒ぎに参加することになったのだ。
ティアに誘われた時に、どうしようかと悩んでいたら、少し悲しそうな顔をして、無理なら大丈夫ですよと言われた。
祝いたくないと勘違いされては困る。
嫌な予感がしないでもなかったが、とにかく参加を決めたのは、ティアのためだ。
こうなるだろうとは正直思っていたが、お祝いというより、自分たちが飲みたいだけでは?と思うほどの騒ぎっぷりだ。
まあ料理は文句なしに美味いし、ティアが嬉しそうに笑っている姿を見ることができたから、参加して良かったのだと思う。
一緒に話す時間がほとんど無いのは、どことなく面白くなかったが。
「クリスさん、たくさん食べてますか?」
そんなことを考えながら唐揚げをつまんでいた時、ひょいと現れたティアが、俺の横にすとんと座った。
「唐揚げ、私が作ったんですけど、お口に合いました?」
味の評価が気になるのか、俺の手元の唐揚げを見て、そう話しかけてきた。
もちろん美味いと答えれば、ほっとしたように笑みが返ってくる。
……こういうところが、俺は彼女に弱い。
前世は恐らく同郷、この唐揚げのように懐しい料理と、その穏やかな性格に絆されている自覚はある。
もしも彼女が子どもではなかったら……と考えると、胸のあたりが苦しくなるので、あまり考えないようにしている。
「おーティア!何か飲むか?グレープジュースならあるぞ?」
するとそこに、俺の隊の元気印、アランが現れた。
アランはその人懐っこさで、ティアともすぐに仲良くなり、よく一緒に話しているところを見かける。
「じゃあ、少しもらおうかな。ありがとう、アラン」
カウンターに乗っていた瓶からグラスにジュースを注ぎ、アランがティアに渡す。
それをこくりと一口飲んで、美味しいとまたティアは笑顔になった。
「クリスさんはお酒、強いんですか?たくさん飲んでるみたいですけど……全然、酔ってないんですね」
「あ、ああ。まあ、それなりには強いかもしれないな」
前世でも飲んでいたし、こちらでも成人した頃から先輩の騎士たちに、しこたま慣らされてきている。
その上、どうやら俺はあまり酔わない性質らしい。
普段は食堂で酒は飲めないことになっているが、お祝いだからと大量に用意された、様々な種類の酒たち。
俺も唐揚げのおかげでエールが進み、もう五杯目だった。
「すごいですね。私なんて、アルコールの匂いだけでもちょっとクラクラするくらいなのに」
そう言われて気付く。
そうか、酒の匂いが充満したこの空間は、子どもにはあまり宜しくない。
そんな気遣いもできなかったことに、申し訳なさがこみ上げる。
「あ、違うんです!それは別に気にしないで下さい!気持ち悪くなる程ではないですし、それにせっかくみんなが気持ち良く飲んでいるんですから!」
俺の表情の変化を正しく読み、ティアが焦ったようにそう言う。
「それに、私も楽しいんです。こういうの、久しぶりで」
そう口にするティアの表情からは、嘘は感じられなかった。
事故で亡くなったという家族との時間や、前世のことを思い出しているのかもしれない。
そうかと目を細めたが、それでもやはり換気くらいはするべきか。
それとも外に連れ出し、夜風に当たって気分転換でも……。
そう考えていた時。
「あれ?誰かここにあった、俺のブドウ酒知らねー?」
ひとりの騎士の声に、はっとして振り向く。
「え……そこのカウンターにあったって、この瓶のやつですか?」
たらりとアランが汗をかき、騎士に応えた。
「そうそう。俺あんまり強くないからさ。度数の低い、飲みやすいやつ持参したんだよ。ってオイ!飲んじまってるじゃねーか!」
「ご、ごめんなさい!ラベルがかわいらしいから、てっきりジュースだと……。と、いうことは……」
そして俺とアランが、恐る恐るティアの方を見る、と。
「ひっく」
仄かに頬を染めて、ぽやんとした顔のティアがいた。
「えーーっ!?ど、どうしましょう!!!?」
「お、落ち着け」
ふたりで慌てるが、飲んでしまったものは仕方がない。
コップを見てみると、半分も減っていないし、酒自体も強いものではないらしいので、体調が悪くなることはないのではないだろうか。
「それほど飲んでいないみたいだな。少し休めば大丈夫だろう」
そう言って、うとうとし始めたティアを抱える。
「とりあえず、部屋に連れて行って寝かせて来る。もう宴会もずいぶん経った、子どもは寝る時間だろう」
「あ、ならオレが運びます!飲ませたの、オレだし」
アランが責任を持って世話をすると申し出たが、俺も酔い醒ましをしたいからと言って、それを断った。
……本音を言うと、この前の看病のこともあったし、自分が世話を焼いてやりたいと思ったからなのだが。
そして、いわゆるお姫様抱っこをしてティアを運ぶ。
軽いな、ちゃんと食べているのか?
腕の中で目を瞑ってしまったティアを見て、自然と頬が緩んでしまった。
それを見ていた騎士たちが、ぎょっとした顔をしたが、気付かなかったことにしよう。
そうして廊下に出ると、ティアの部屋に向かって静かに歩き始めたのだった。




