妹とその後のはなし
なんだかんだと忙しい毎日を送っていたが、最近ようやく家政婦業とお店、魔導具開発の兼業に慣れてきたある日。
「シャーロットからだ。なんだろう?」
少し前に和解した妹のシャーロットから、手紙が届いた。
時々こうして手紙のやり取りをしているが、意外とシャーロットは筆まめだった。
私の方がなかなか返事を出せなくて、むしろ怒られることもある。
「なあに、あの子から?変な内容じゃないでしょうね?」
そしてルナは、未だにシャーロットに対して厳しい。
これまでの私への対応に、不満を持っているようだ。
私も悪かったし、もう良いのよって言っても、頬を膨らませている。
「ええっと、――――お忍びで、遊びに来ても良い?ってことみたい」
「ええっ!?それ、オッケーしちゃうの!?」
うーん、ルナは微妙みたいだけど、私は良いと思う。
少しずつ時間に余裕もできてきたし、やっぱり面と向かって話すのも、姉妹のコミュニケーションとして必要だと思うのよね。
今まで私もちゃんと相手してあげられかったし、シャーロットが望むのなら、ゆっくり話してみたい。
「ダメかな?ルナがどうしても嫌なら、その間お散歩してても良いわよ?」
「〜〜〜っ!わ、分かったわよ!あたしも、姿は見せないけど、ちゃんと同席しますからね!」
というわけで、お店がお休みの日に、シャーロットを招いてゆっくりお茶をすることになったのだ。
そして約束の日、約束の時間通りに、休業の看板が掛けられたお店の扉が、カランと音を立てて開かれる。
「いらっしゃい!って……、アンナ!?」
「お久しぶりです、セレお嬢様」
「お邪魔します。お姉様も会いたかっただろうから、一緒に来てもらったの」
うわーっ!うわーっ!!
シャーロットってば、なんて気遣いのできる子なの!!
「あ、ティアに優しかった、乳母の人ね」
ルナもアンナを覚えていたみたいで、ふーん優しいところあるじゃんと、シャーロットを褒めている。
「シャーロット様からお話は聞いていましたが、本当に幼い頃のお姿なのですね。でも、間違いなく、セレお嬢様です」
アンナは乳母として私が赤ちゃんの時から側にいてくれたので、当然私の幼い時の姿を知っている。
懐かしそうな目で、私を見つめてくれた。
「とりあえず、中に入れて下さい。座って、ゆっくり話しましょう?」
そう言われ、喜ぶ私たちを見て満足したシャーロットを、店の奥の休憩室へと案内する。
こぢんまりとしたスペースだが、水場や冷蔵庫、応接セットなどもあり、居心地が良いので私も気に入っている。
シャーロットにはソファに座ってもらい、お茶を淹れようとしたのだが、アンナにティーポットを取られてしまった。
ここはお言葉に甘えて、久しぶりに淹れてもらうことにする。
「面と向かって話すのは久しぶりね。元気だった?」
「まあまあです。一応お父様とお母様も、元気ですよ」
王宮での一件以来、両親とは疎遠だが、元気なことを聞けてほっとする。
正直、ふたりに対して親と娘という感情はないけれど、(私的には)不自由なく育ててくれたのだ、息災を喜ぶくらいの情はある。
そうしてお互い近況を伝え合う。
アンナの淹れてくれる、慣れ親しんだ味のお茶もとても美味しくて、話は弾んだ。
こんな風にシャーロットと話せる日が来るなんて。
あの日、シャーロットに再会できて良かった。
和やかな姉妹の会話に、ルナもちょっと肩の力を抜いたようで、いつの間にか猫の姿になって私の膝の上にいる。
「ところで、お姉様に相談があるんですけど!」
会話が途切れた時、シャーロットが意を決した表情でそう切り出した。
相談?私に?
何だろう、今までシャーロットに頼られたことなんてなかったからだろうか、ムズムズしてしまう。
「な、なぁに?私で分かることなら、何でも聞いてちょうだい」
くっ……前世からの長女気質がここに来て全面に!
頼られて苦労もするけれど、喜びも感じてしまうのよ、長子って生き物は!!
自然と緩む頬を自覚しながらも、冷静を装ってシャーロットの話を黙って聞く。
「その……お姉様は、時空の精霊と契約したのよね?しかも、時空だけじゃなくて、光属性魔法も使えるんでしょ?」
「あ、うん。そう、ね」
意外な質問に、きょとんとする。
シャーロットは魔術師のジョブを神様にもらったけど、そんなに勉強していなかったし、あまり魔法に興味がないんだと思っていた。
そんなシャーロットが、魔法のことで相談なんて。
「お願い!私、光属性魔法に憧れてるの!やって見せて、ううん、教えて!」
「……へ?」
目を爛々と輝かせて、シャーロットはがばっと向かい側から私の手を握りしめてきた。
その瞳を見る限り、真剣だ。
「……シャーロットお嬢様は、どうやら“聖女”というものに憧れているようで……」
そこへ、アンナが苦笑いして話を継いでくれた。
どうやらここ数年、傷を癒やし人々を救う聖女の物語が、貴族平民老若問わず、女性の間で流行っているらしく、例に漏れずシャーロットもどハマリしていた。
そういえばルナも、シャーロットが光属性魔法の練習をしているところを見かけた、と言っていたなぁと思い出す。
それにしても、前世でもそういうラノベが流行っていたような……。
時空を超えて流行するなんて、聖女物語、恐るべし。
「お願いです!私も聖女様のような女性になって、物語みたいな素敵な男性と恋をしてみたいんです!」
「え、ええ〜っと……それは、どうかな〜?」
ちらりと膝の上のルナを見るが、ふっと鼻で笑い、ふるふると首を振られた。
私には見えないが、どうやら光の精霊の許可は下りなかったようだ。
教えろと言われても、精霊の助けがなければ魔法は発動しない。
「ちょぉっと、難しいかな〜?」
目を明後日の方向に逸らし、シャーロットの追撃から逃れようとする。
「そんなこと言わないで!お姉様のケチ!」
「い、いやケチとか言われても……」
「じゃあ教えてくれたって良いじゃないですか!涼しい顔して難しい魔法使ってズルい!」
「ズルくは……」
「ズルいじゃないですか!もう!私だってたくさん練習してるのに、ちっともできるようにならないんだもの!」
どうやらルナが見た魔法の練習風景は、日常茶飯事だったようだ。
「と、とりあえず落ち着いて……」
「ううっ、なんでお姉様ばっかり〜!」
今にも泣き出しそうなシャーロットに、あわあわとフォローの言葉を掛ける私。
「だいたいお姉様はいつもいつも!私のことバカにしてるんでしょ!?」
「はあ!?そんなことしてないわよ!それを言うならシャーロットだって、いつも私に嫌がらせばっかりしてたくせに!」
そしてついには、ケンカに発展してしまった。
わーわー言い合う私たちを、静かに見つめる者がふたり。
「そういうお年頃ですからねぇ。シャーロットお嬢様が、こんな方だったなんて、私も知りませんでしたわ」
「こっちの方がよっぽど親しめるわね。この子、ワガママだけど、ちょっとかわいく思えてきたわ」
そんな私たちを見ながら、アンナとルナがそれぞれ呟きを零す。
そんなふたりが、心の中で思うことは、同じだった。
『ちゃんと、姉妹らしく見えるわね』
ケンカするほど仲が良い、って言うから、ね?
これからは、ちゃんと本音でケンカもしようね、シャーロット。




