風邪っぴき騎士と魔道具師 後編
保冷剤もどきと冷却シートを持って、ルナとふたり、クリスさんの部屋に戻る。
そっと扉を開けると、未だに苦しそうな息遣いが聞こえてきた。
急いでベッドに近寄ると、頭に乗せたタオルはやはりずり落ちており、額には汗で髪が貼り付いている。
「……かなり辛そうね」
クリスさんの様子に、ルナも眉を下げて心配そうにしている。
「そうなの。とりあえず、汗で濡れた服を着替えさせて、汗を拭いて――――って」
はたと我に返る。
着替えさせるって、誰が?
「そりゃ……ティアじゃない?」
「ええっ!?いやいやいや!これでも中身はうら若き乙女(?)なんですけど!!」
「……く、っ」
ルナの発言に、思わず大声を出してしまうと、クリスさんが身じろいだ。
ルナにしーっ!と言われたが、仕方ないじゃないか!
だって、着替えさせるということは、は、裸を見なくてはいけない。
そりゃ前世の弟たちの裸なんて、嫌ってほど見てきているが……。
「弟とクリスさんは違うし……」
「うだうだ言ってないで。ほら、頑張って!」
ぐいぐいと背中をルナに押され、とりあえず戸棚から着替えを捜し出す。
そして再度クリスさんの前に立つが……。
「やっぱり、私がしなきゃダメ?」
「往生際が悪いわね!さすがにこのままじゃ可哀想でしょうよ!」
ルナの一喝に、覚悟を決める。
確かに辛そうなクリスさんを放ってはおけないし、カイルさんたち、他の騎士は訓練で疲れているだろうから、休んでいるところを起こすのは忍びない。
でも、下は無理。絶対無理。
せめて上だけでも着替えさせてあげなくては……と服をまくって、ぴたりと手を止める。
「?なあに、また無理って言うんじゃないでしょうね」
「いや……そうじゃなくて。どうやって脱がせたら良いのかなぁ、って思って」
ズボンならまだしも(いや精神的には無理だが)、上の服は体を起こすなどさせないと、そう簡単には脱がせられない。
だけど今の私は七歳児。
成人男性、しかも相当鍛えているクリスさんを起こす力なんてない。
「確かに……。あ、じゃあちょっとだけ元の体に戻そうか?」
「え、そんなことできるの?」
ルナ曰く、精霊王様のように長時間は無理だが、数分程度ならルナの魔法で戻すことが可能なのだとか。
数分あればなんとか着替えさせられそうなので、お願いすることにした。
十五歳の姿でも難しいだろうが、前世でもよく、熱を出して倒れた弟を無理矢理着替えさせていたし、どうにかなるだろう。
それに、クリスさんの意識もなさそうだし、すぐに戻れるならバレることもないだろう。
そんな軽い気持ちで魔法をかけてもらう。
魔法を唱えたルナの掌から光の粒子が現れ、私の体を覆う。
咄嗟に瞑った目を開いた時には、もう光の粒は跡形もなく、いつの間にか目線が高くなっていた。
久しぶりの元の大きさの自分の体。
七歳の姿に慣れつつあったから、ちょっと不思議な感じだ。
まじまじと自分の手や足を見ていると、服が変わっていることに気付いた。
「あ、すごい。服もちゃんと体のサイズに合ってるものになってる」
「さすがに困るでしょうからね。ほら、今のうちに着替えさせてあげましょ」
ルナは本当に気が利くなぁ。
よし、じゃあ今度こそ……。
気合を入れて、まずはクリスさんの服の裾をまくる。
ちょっと立派な腹筋にドキドキはしたが、できるだけ見ないように意識する。
この次が少し難しく、体を傾けながら腕を抜いていくのだが、脱力した人間とは重いものなのだ。
十五歳の箱入り令嬢だしね、そんなに腕力ないのよ。
それでも何とか、できるだけそっと腕を抜き、残るは首だけとなった。
ちょっと首を持ち上げて服を抜くだけだから、そんなに難しくはない。
起こさないように、そっと……。
「……ねえ、胸、当たってない?」
「当たってません!ちゃんと加減して支えてるわよ!」
抱えるようにしたからか、ルナには当たっているように見えたらしい。
だけど十五歳の私のその部位は、まだそれほど主張していないので、ちゃんと加減をすれば当たらない。
私の名誉のために言っておくが、慎ましくはない。
ちゃんと十五歳の標準くらいはある。
しかも成長中であることを忘れないでほしい。
「……まあ、そぉね」
ほら!ルナだってそう言ってくれている!
なんだかよく分からない言い訳をしてしまったが、とりあえず服を脱がせることには成功した。
火と水の複合魔法で蒸しタオルを作り、手早く体の汗を拭っていく。
……できるだけ体には触れないようにしたし、目も逸らした。
もう察しているとは思うが、弟以外の男性の裸に、免疫などない。
だけど、体を拭いていると、クリスさんが少し楽になったように息を吐くから。
ちゃんと看病してあげたいって、思う。
「は、あ……っ」
ちょっと吐息が色っぽいのが困っちゃうんだけどね!!
「とりあえず、こんなものかな」
一応、クリスさんに新しい服を着せ終わり、保冷剤もどきを両脇に挟み、額に冷却シートもどきを貼る。
心なしか息遣いが楽になっている気がする。
「お疲れ様」
ルナも私の頑張りを労ってくれる。
と、その時、私の魔法が解けて七歳の姿に戻ってしまった。
着替えも終わったし、丁度良いタイミングだった。
さて、食べられそうならおかゆを作ろうかと思っていたが……この分だと、起きないかも。
ならおにぎりにして誰かに――――そう考えた時。
「ティ、ア……?」
「クリスさん?ごめんなさい、起こしてしまいましたか?」
もう少し魔法が解けるのが遅かったら、危なかった……と思いつつ、起き上がろうとするクリスさんをやんわりと押さえる。
「横になっていないとダメですよ。かなり熱が高いみたいなので、冷やしたのですが、寒くないですか?」
こくんと少しだけクリスさんが頷く。
「良かった。じゃあ、何か食べられそうですか?」
もう一度頷きが返ってくる。
「では、おかゆを作ってきますね。あ、飲み物はすぐお持ちします。少し待っていて下さい」
「……すまない」
ぼーっとした表情だが、ちゃんと会話ができているのに安心する。
それに微笑みを返して部屋を出た。
「さて、じゃあルナもおかゆ作り、手伝ってくれる?」
「もちろん、良いわよ」
そうしてルナとふたり、少しだけ急いで厨房へと向かうのだった。
* * *
ティアが出て行った後のクリスの部屋に、サクがゆっくりと姿を現した。
「よう、具合はどうだ?」
「さっきよりは、良い……」
主の珍しい姿に、サクは笑みを零した。
「あのチビが色々やってくれてたからな。後で礼を言っておけよ」
そういえば服も変わっていることに気付く。
脇の保冷剤と、額に貼られている冷却シートのようなもののおかげで、ひんやりして気持ちが良い。
どうやら全てティアがやってくれたようだ。
「……ティアだけだったか?」
「あ?あのルナって時空の精霊もいたぞ」
いや、そうではなくて……とクリスは朧げな記憶を思い出す。
他の女性が、側にいたような気がした。
ティアに似た面差しで、優しい手をしていた。
軽く抱きしめられたような感触も、残っている。
「……いや?ティアだけだったぞ?」
わざと“あのチビ”という表現を避けたサクだが、熱で朦朧としているクリスは、それに気付かなかった。
そうか……と深く息をつく様子を見るに、寝ぼけたとでも思っているのだろう。
「ま、オカユとやらを食べて、さっさと治すんだな。心配していたぞ」
「ああ……そうだな」
きっと自分のために、またくるくるとよく動いて、看病してくれていたのだろう。
それがじんわりと胸を温かくして、クリスは顔を綻ばせた。
その後、ティア特製のおかゆを、ふーふーして食べさせてもらい、精霊ふたりににやにやと見られることになることを、クリスはまだ知らない。
大きいセレスティアとクリスの話が読みたいとのリクがあったのですが、それを書くとなると続編書くレベルになりそうなので……笑
取りあえずバレそうでバレない話にしてみたのですが、糖度が足りないでしょうか……(;∀;)




