それから3
本日、これと次話(最終話)を同時に投稿しております。
* * *
その頃、ランドルフの執務室では、セドリックとカイルが報告に来ていた。
「まさか、あのお嬢ちゃんがエーレンシュタイン侯爵令嬢だったとはねぇ……。しかも本当は十五歳で、姿を偽っているなんて」
「こら、陛下の前で気を抜きすぎだぞカイル」
勧められたソファでだらっとするカイルを、セドリックが窘めるが、カイルが居直す様子はない。
「ははは。それがアーレンス副団長の良いところでもあるのだがな。ろくな説明もなしに、エーレンシュタイン家の者たちを迎えに行かせて、悪かったな」
そう、セレスティアを王宮に呼んだ際、侯爵家の者に真実を知らせ断罪するために、カイルを使って王宮に呼んだのは、他でもないランドルフだった。
ただ、目論見とは異なる結果になってしまったのだが、あの無欲な少女に免じて、一度だけやり直すチャンスを与えた。
そして、これからもセレスティアを保護する独身寮の責任者として、今回、セドリックとカイルにも真実を告げたのだった。
「ですが、陛下もかなり譲歩しましたね。あなたならば、命令という形で無理矢理にでも、あの子を王宮で雇うこともできたのに」
珍しく自分の希望を譲ったランドルフに、不思議そうにセドリックが尋ねる。
「……嫌われたくなかったから、かもしれないね。それに、あの子の好きにさせた方が、きっともっと輝けると思ったからかな」
優しそうに見えて、実は結構我儘なこの国王の発言に、その場にいたふたりは耳を疑った。
そして、この人にここまで言わせるとは、ティアは大物だと密かに思ったのだとか。
(それに、独身寮の騎士たちも、すっかり味方につけているしな)
カイルは独身寮での、ティアに笑顔を向ける騎士たちを思い出す。
騎士たちに頼まれて作っていた道具についてもそうだ。
こっそり魔法を付与していたようだが、あんなもの、効果に気が付かないわけがない。
中には、そのささやかな効果でも、危険を免れた者がいる。
しかし、ティアのことを思って、騎士たちは知らないフリをしていた。
(無自覚で人をたらし込むというのは、なかなか厄介だな)
そう思いながらも、くるくるとよく働くティアを、自分も自然と目で追ってしまっていることに気付いているカイルは、彼女のこれからを思って、小さく笑みをこぼした。
「それにしても、この便利すぎる武具や装飾品、ティアが作ったんだろ?うわ、なんだこのナイフ。軽すぎだぞ?」
「風属性魔法を付与して、重さを軽減させているらしいね。本当に、面白い子だよあの子」
セレスティアが作った試作品の山を見て、アランが呟いたのに答えたのは、セシルだ。
今日は、グレンの鍛冶屋にふたりでお邪魔していた。
「そうなのよねぇ。ティアちゃんには驚かされることばかりだわ。鍛冶師としてのスキルだって、すぐにアタシを追い抜いちゃいそうよ」
そしてグレンもまた、セレスティアの才能に驚きを通り越して、呆れ顔だ。
そして冷やかしに来ていたアイザックも、試作品たちを見て頬を引きつらせている。
「あの嬢ちゃん、好きに作って良いと言われた途端に、あれやこれやと新作を生み出しやがる……。俺の店じゃ手に余るぜ。最初は勝手にと怒ったが、ランドルフに押し付けて正解だな」
今までセレスティアは、魔法付与や鑑定、時空や光、さらには闇の魔法を使えることを隠していたため、作るものも制限されていた。
しかし今回のことで、その力を存分に発揮して良いと国王から許可が出た。
ならばと、今まで作りたかったものを喜々として作りまくっているのだ。
結果。
前世の知識も手伝って、とてつもなく便利なものたちが出来上がった。
試しにアイザックの店で売ってみようと、いくつか持ってきたものもあったのだが、貼るだけで傷を癒やすバンソウコウなるテープ、腰痛肩こりに効くシップなる貼り薬など……。
冒険者から市民まで殺到の、便利アイテムたちはあっという間に売れた。
ちなみに特別な効果はないが、ゴム手袋なるものは、水仕事の多い主婦に大変人気だ。
「それに、女性としてもとても魅力的だ。きっと近い将来、引く手数多になるでしょうね」
「確かに幼女姿の今ですら、すでに美人と言えるしなあ」
「そうよねぇ。変な虫がつかないか心配だわぁ」
セシルの言葉に、アイザックとグレンは頷き合う。
このふたり、実は冒険者時代、ランドルフとパーティーを組んでいた知己ということもあり、セレスティアについても、粗方の事情は聞いていた。
そんな中、ひとり何も知らずに難しい顔をしたアランは、恐る恐るセシルに尋ねた。
「セシル、そういえばティアのこと、最近よく構ってるよな。まさか……」
「うん?ああ、あまりにかわいらしいから、つい」
にこやかなセシルの笑みに、アランが青い顔をする。
「令嬢たちから人気があるわりに、浮いた話がないから変だとは思ってたんだが……。お前、ひょっとしてロリコ……」
「殴られたいのかな?」
ひいっ!とさらに顔を青くさせるアランは、それ以上はなにも聞けないのであった。
「あーくそ、結局最後の一枚はあのルナって精霊に取られちまったし、あのチビには許してもらえなかったぜ」
「仕方ないな。まあでも、ティアは優しいから、またすぐに作ってくれるようになるさ」
パンケーキを食べた後、クリスとサクはティアたちとは別れ、廊下を歩いていた。
「あの、ナントカってケーキ、また作ってくれるかな?」
「パンケーキだよ。そういえばお前、玉子焼きも好きだったな。案外地球の食事が口に合うみたいだな」
ははっと声を上げる、珍しく表情の緩んでいる主を見て、サクは首を傾げる。
「……なあ、あの料理ってこの世界のものじゃないよな?オレも初めて見たし。なんで知ってるんだ?」
パンケーキや玉子焼き、コロッケなど、ティアがこれまで作ってきた料理の多くは、元の世界のものだった。
物珍しい料理に、目を丸くする者もいたが、最終的にはその美味しさに虜になっていた。
そして、こう聞いたサクも、なんとなく気付いていた。
誰にも知られていないが、主のクリスもまた、転生者だと本人から聞いている。
同じく転生者のティアが作る、誰も知らない料理を知っているということは、すなわち――――。
「懐かしい味がしたな」
恐らく、そういうことなのだろう。
「……だから、あのチビには優しかったのか?」
普段、あまり他人と馴れ合うことが少ないクリスが、ティアに対しては少し違った。
出会った時から、表情を和らげ、気にかけ、その一生懸命生きようとする姿を見守ってきた。
「そうかもしれないな。中身が大人でも、ティアはまだ七歳の子どもだ。成人していたら、それこそ恋心でも芽生えたかもしれないがな。この気持ちはきっと、同郷のよしみの情や、庇護欲なのだろう」
恋心、で冗談を言うような口調になったクリスに、サクはにやりと笑う。
(さて?あのチビが、実はほんのひと月後には成人する、自分に釣り合う身分も実力もある女だと知ったら、コイツはどうするんだろうな?)
「なんだ?人の顔を見てにやにやするな」
「ははっ!悪ぃ悪ぃ。面白いことになってきたなと思ってよ」
この男が恋か。
あのチビが相手なら、それも悪くないかもなと、サクは思うのだった。
そのにやにや顔を不思議そうに見つめるクリスの腰元には、先程渡されたばかりのショートソードと、最初にプレゼントされた、飾り紐で飾られた愛剣が刺さっていた――――。
* * *




