それから2
あの時の、陛下との交渉。
『では、私が保証人になって、店を出すことにしよう。もちろん場所も建物も金もこちらが用意する。表向きは普通の雑貨屋でもなんでも良い。君が売りたいものを売れば』
そんなうまい話ある?って思ってたら、やっぱりそんなことはなくて……。
『表向きは、ね。そして、王宮からの要請があれば、特別に武具や消耗品などを作ってほしい。ああ、君は時空と光の魔法も使えるらしいしね?中敷きやタオルのように、騎士たちの役に立ちそうな魔導具を思い付いたら、どんどん提案してほしい』
それって王宮で働くのと、どんな違いが……と思っていたら、陛下はちゃんとプレゼンしてくれた。
『もちろん、これは秘密裏にしよう。表向きは普通の雑貨屋だ。武具まで扱うなんて、思う者はいないだろう。そして独身寮での生活だが、これも暫くそのまま続けてもらう。突然辞められては、騎士たちも困るだろうからな』
どうやら陛下は、寮の環境整備や食事のことも把握しているらしい。
騎士たちの癒やしを奪うのは、本意ではないとも言われた。
癒やしとはたぶん、食事のことだと思う。
でも私としても急に辞めるのは寂しいもの。
いつか自立をと思っていたが、もう少し先になる予定だった。
せっかくケイトさんや騎士のみんなと仲良くなれたのだ、できることなら、もう少しみんなと一緒にいたい。
『それと修行先のことだが……。雇い主に聞いたところ、君には教えたいことは、ほとんど伝え終わったということだ。飲み込みが異常に速かったらしいね?ほぼマスターしているみたいだよ。だから、困った時はいつでも来ればいいが、毎日修行に来る必要ないということだったよ』
これには本当に驚いた。
グレンさん、毎日違ったものを作らせてくれていたけど、得意不得意を見定めているだけだと思ってた。
まさかもう修行の必要がないだなんて……。
『ギルドのアイテムショップは気にしなくて良い。私が話をつけておくから』
最後に、良い笑顔でこう言われた。
勝手なことしやがって!と私の脳内のアイザックさんが、ランディさんに怒った。
うん、恐らく現実でもこのやり取りは行われただろう。
とまあこんな感じで、家政婦の仕事を続けながら、空いた時間に新しい武具や装飾品の試作品や、お店に並べる予定の商品を作っている。
魔導具師になったことで、作業のスピードがかなり上がったので、そんなに無理なく行えている。
むしろ、楽しくて色々作りまくっている。
また、鑑定で材料や出来上がったものの品質を調べることができるので、質の良いものを作れるし、不良品はすぐに見つけることができる。
鉄の棒
状態:質が悪く、壊れやすい
こんな感じで教えてくれる鑑定さんは、とても便利だ。
こういう仕事は信用が第一だからね。
納期を守ることと安定した品質維持は大切なことなのだ。
お店の開店はもう少し先だが、実を言うとちょっぴり……いやかなり楽しみだ。
家政婦業や制作時間のこともあって、実際にお店を開くのは週にニ、三日にする予定で、そんなにバリバリ売るつもりもない。
でも、前世でもちょっと憧れていただけあって、こうして転生後に、小さな夢の実現ができることを嬉しく思ってしまうのだ。
“私の店”なんて、ドキドキしちゃうよね。
侯爵家で引きこもっていた頃の私が聞いたら、いったいなにが!?って驚くだろう。
ドキドキと驚きといえばもうひとつ、セシルさんのこと。
王宮から帰った次の日、ふたりだけで話したいと呼び出された。
今までセシルさんとふたりになったことなんてなかったから、それはもうすごくドキドキした。
いや、こんな幼女姿でなにをと思うかもしれないが、一応中身は大人ですからね。
でも、ふたりきりになってからのセシルさんの話で、そんなドキドキウフフな想像は飛んで行ってしまった。
『父の勧誘を断ったそうですね。ですが、騎士団のために力を貸してくれることには了承したと。私的には、一番ありがたい結果になりました。ああでも、婚約の話を蹴られたのは、少し残念です』
はじめは何を言われたのか、全く分からなかった。
でも、一呼吸おいて色々考えてみると、答えはあっさり導き出された。
『おっ、王子!?セシルさん、第三王子様だったんですかっ!?』
当たりだよと笑われた。
その表情がすごく素敵でドキッとしてしまったのは、ここだけの秘密だ。
よく考えたら、セシルさんの家名、フェンドラーって王妃様の実家だ。
そして、この前付けていた腕輪も、やっぱり私が作ったものだった。
陛下がアイザックさんの店で買ったものを、渡していたみたい。
そして、元冒険者の陛下の教育方針なのか、王子たちはそれぞれ騎士団だったり冒険者だったり、心身を磨くために修行に出るんだって。
『あれ?でも第三王子……?陛下ってどう見ても四十そこそこですけど、確かセシルさんはアランと同い年で十六……』
『ああ。あの人、顔面詐欺だからね。本当は今年で五十だよ』
驚いた。
すんごい驚いた。
そりゃ上にご兄弟がいてもおかしくないわ。
『それはともかく。私はティアにわりかし好かれている自信があったんですが?まさか即決で断られるなんて、傷付いたなぁ。ああ、ひょっとしてクリス隊長ですか?でも彼は、君が本当は今年成人の侯爵令嬢だとは知らないはずですよね?』
な、ななななぜそこでクリスさんの名前が!
そんなんじゃありません!と否定しておいたが、信じてもらえたかは不明だ。
「急に黙って、どうした?」
「ひぇっ!? い、いえ。なんでもありません……」
つらつらと王宮に呼ばれてからのことを思い出していると、急にクリスさんが覗き込んできた。
か、顔!
近い!!
「顔、赤いぞ?」
くっ……!相変わらず近くで見てもイケメンだ。
顔が赤いのは、セシルさんに言われたことを思い出していたからであって、決して意識しているわけではない!と自分に言い訳をする。
そんな私たちを、私が実は十五歳だと知っているふたりの精霊が見つめていた。
サクはにやにやと、ルナは呆れた目をして。
「もう!あなたたち三人には、もうおやつ作らないからね!」
なんであたしまで!?とルナが叫んでいるが、知らんぷりだ。
いくらサクがゴマをすってこようが、クリスさんが謝ってこようが、そんな笑いをこらえた顔で言われても、全然反省しているようには見えないんだから!
残り2話は、明日一度に投稿する予定です。




