王様の無茶振り3
「ここではセレスティア嬢と呼ぼうか。その姿は、時空の精霊の力かな?ひょっとして、契約精霊?」
そこで、今までどこかに行っていたルナが、精霊姿で戻って来た。
難しい顔をして、私の耳元で気を付けてと囁いた。
そして、それからも陛下は次々と私の秘密を披露してくれた。
エーレンシュタイン侯爵家での不当な扱い。
恐らく時空の精霊の力を借りて幼女の姿となっていること。
四属性の付与のみならず、光と時空の魔法も付与できること。
どうやら、自分で確認したことと、団長さんやカイルさんから報告された内容を繋ぎ合わせて、その答えを導き出したようだ。
正確にはルナじゃなくて、精霊王様の力を借りてるんだけど……。
素直にそんなことを口にするほど、私は能天気ではない。
それに、王のための騎士団なんだから、私のような怪しい人間の調査と報告は、して当然だ。
それについては予想していたが、鑑定スキルについては完全に予想外だった。
「とまあ、想像の範囲内も含め、私は君の秘密を色々知っている。そして、まだ才能が開花したばかりだとしても、その重要性も。側に置きたいと思うのは、当然だろう?」
ここで陛下の表情が変わった。
ランディさんのものではない。
為政者のもの。
誤魔化しや拒否など許さないと、その目が語っている。
「……それは、元の姿に戻って、王宮に勤めろということですか?」
「うん?まあそうだね。その姿では、蔑まれたり、実力を疑われたりするだろうから。それに、君のその容姿、本来の姿に戻ればかなりの美人だろう。なんなら、王子の誰かと婚約を結んでも良いよ。年頃を考えれば、第三王子が適当かな。君とも面識があるだろうし」
はぁ!?
なんか色々とぶっとんでいるというか、説明を求めたい内容があった。
子どもだから軽視されるっていうのは分かる。
王子と婚約、これもまあ、よくある誘い文句だ。
でも、面識があるってどういうこと?
「おや、知らないのか。まあ大っぴらに公表しているわけじゃないからな。でも、あいつからはよく君の話を聞いていたんだがね?」
ますますよく分からない。
とりあえず王子と婚約うんぬんかんぬんについては、きっちりとお断りさせて頂きたい。
王子妃なんて面倒くさい地位、まっぴらごめんだ。
元引きこもりをなめないでほしい。
それと王宮で働く件についてだが……こちらも、遠慮させてもらいたいとお断りする。
「なぜだい?そんなに悪い話だとは思わないけどね。君を蔑ろにしてきた家族を見返すこともできるし、私といううしろ盾がある以上、王宮での立場も安泰。王子が嫌でも、高位貴族の令息を夫にすることも可能だ。私から話をつけてやろう」
そうね、確かに貴族令嬢にとっては魅力的な話ばかりだわ。
けれど、私は普通の貴族令嬢ではない。
転生者だ。
私は、シャーロットをはじめ、エーレンシュタインのみんなを家族だと思っていなかった。
不遇な扱いも、私にとっては気楽な生活だった。
王宮でチヤホヤされながら魔導具師として働く?
そんなの、私は望んでいない。
私は、ただ大切な人たちの役に立てて、誰かの小さな幸せに貢献できたら、それで良い。
王子妃?
高位貴族の夫?
そんなものに、興味はない。
前世でもからきしだったけど、恋だってしてみたいし、私の相手は私が決める。
それに、元の姿に戻って家族を陥れたいわけじゃない。
せっかくシャーロットと向き合う機会に恵まれたのだ。
父と母も、別に私を虐待していたわけじゃない。
食べ物も服も、教養だって与えてくれた。
私という存在が、侯爵家を不利な立場に立たせてしまうのなら、しばらくはこの姿のまま、ティアでいたい。
そして、いつか。
自分のお店を持って、訪れる人々を笑顔にできたら。
心配そうに見つめるルナに、ふふっと微笑みを向ける。
それが、私の幸せだから。
「――――君の考えは、よく分かったよ。信じられないくらい、無欲だということもね」
陛下は驚いたような顔をした後、ふうとひとつため息をつくと、表情を崩した。
あ、少しだけ、ランディさんの顔に戻った気がする。
「ただねぇ。騎士たちのために、武具や魔導具を作って欲しいんだよね。私も元冒険者だったから、尚更思ってしまうんだ。過酷な遠征を乗り越えるために。そして、帰りを待つ家族のために、君の力を貸してほしい。それもまた、誰かの幸せに繋がるとは、思わないかい?」
陛下の言葉に、独身寮のみんなの姿が思い浮かぶ。
今はまだ、厳しい遠征に送り出すことがなかったから、分からなかったけれど。
ケイトさんのように、家族を亡くした人も、たくさんいる。
そんな人たちの役に、私が立てる?
私の作ったものが、みんなを守れる?
それなら、答えは――――。
「そう、ですね。そう思います」
思わず、ぽろりと出てしまった答えは、肯定だった。
そんな私の言葉を聞いて、ランディさんはにこりと微笑む。
「ならば、これは代替案だ。君の希望も取り入れた、ね」
その後に出された提案に、半分呆れもしたが、まあそれも良いかもしれないと思ってしまったのは、巧みな陛下のプレゼンテーションのせいだと思う。
* * *
セレスティアとの交渉を終え、クリスの待つ部屋へと向かうのを見送った後、ランドルフは執務室の一角を見つめて口を開いた。
「さて、どう思われたかな?感想を聞きたいものだね」
カタリと向こう側から音がすると、隠し扉が開き、ベンデル男爵を先頭に、一組の夫婦とその娘が現れた。
娘はぽろぽろと涙を流しながら、お姉さま、ごめんなさいと呟いている。
「灯台下暗しの意味がよく分かった。まさか、騎士団に拾われた娘がセレスティア嬢だったとは。くそ、私が先に目をつけていたのに……!」
ベンデル男爵の悔しそうな表情に、ランドルフは嬉しそうに笑い声を上げる。
そして、それで君たちは?と夫婦に目を向けた。
「……娘の、セレスティアの優秀さに気付けず、そのジョブだけで判断したこと、浅慮だったと後悔しております」
辛酸を嘗めさせられたという表情なのは、エーレンシュタイン侯爵であるアデルバード。
そして、その妻であるスカーレットも顔を顰めている。
「せっかくの稀有な才能を、君たちは潰すところだった。あの娘が諦めず、自身を磨き続けたから、ああして才能が花開いたのだがね。君たちには、罰を与えようと思って呼び出したのだが……。あの娘に感謝することだね」
ぶるぶると震えるスカーレットに、ランドルフは冷たい目を向けた。
「侯爵夫人が身につけている宝石の類だって、元々の原石から光り輝くものは少ない。磨き上げられて、初めて光るんだ。与えられたジョブに慢心して、努力を怠ることもまた、愚かなことだよ。……先程、心を入れ替えた者もいるみたいだけれど」
ちらりとシャーロットを見る。
彼女はそれをよく分かっているのだろう、涙を流しながらも、こくこくと頷いている。
「神から与えられたものは、きっかけに過ぎない。どう輝かせるかは、その者次第だ。――――さて、心優しい娘に救われたその地位と権力で、これからも国のために尽くしてもらいたいものだな。私はセレスティア嬢のように甘くはない。無能な者は容赦なく切り捨てる。……二度目はないと思え」
温度の低い王の声に、震える三人は跪き、深く頭を垂れた。
もう、セレスティアには干渉しない。
彼女の好きなようにさせることを約束して。




