王様の無茶振り1
その後、迎えに来た侍女にシャーロットをお願いして、私はクリスさんと王宮の廊下を歩いていた。
侍女にもバレる可能性があるので、顔は咄嗟に隠した。
フード付きの服を着て来て良かったと心から思う。
念には念を入れ、今も被ったままだ。
「良かったのか?あの女を残してきて」
「はい。はぐれた侍女の方も来てくれましたし、大丈夫だと思います」
「……俺は、王宮で、しかも他人相手に突然魔法を放ってきたあの女を、捕らえなくて良いのかと聞いたのだが」
「え、えーっと、あのお姉さんも混乱していたみたいですし、ちゃんと謝ってくれましたから!そんな物騒なこと言わないで下さい!」
クリスさん、顔が恐いです!
それにしてもシャーロットの使ったのが風属性魔法で良かった。
これが火属性魔法で木を燃やしちゃったり、土属性魔法で地割れを起こしたりだったら、誤魔化せないもの。
風なら証拠はなにも残ってない。
私とクリスさんが知らないふりすれば、咎められることもないだろう。
人気のない場所で本当に良かった。
ふうと安堵の息をつく。
それにしても、これからが本番だというのに、なぜ私はもうこんなに疲れているのか。
早く帰りたい……。
そういえば、ルナはどこへ行ったのだろう。
シャーロットと話している時にどこかへ行ってしまったらしい。
まあ、ただの猫じゃないし、大丈夫か。
とそこで、先程クリスさんが使った魔法のことを思い出す。
文献でしか知らないけど、あれは確かに闇属性魔法だった。
まさか、稀少な使い手がこんな身近にいるなんて。
そういえば、私は闇属性だけレベルが0なのよね。
クリスさんに色々聞いてみたいな。
ここで魔法大好きな血が騒いで、うずうずしてしまった。
でも、ひょっとしたら闇属性持ちであることを隠しているかもしれないし、安易に口に出して良いものか……。
「さっきの魔法に興味がある?」
心の中でひとり葛藤していると、そうクリスさんが尋ねてきた。
心の声が漏れてしまっていたのだろうかと、思わず驚いてしまった。
「ティアは分かりやすいな。想像している通り、俺は闇属性魔法が使える。だが、それなりに知られていることで、別に隠したいわけじゃないから、気を遣わなくて良い」
そうなのか。
確かにクリスさんは騎士だし、戦いで魔法を使うことも多いだろうから、納得だ。
それに、若いのに隊長なんてすごいなぁと思ってたのよね。
そういえば、剣にも闇の魔力が備わっているって言ってたっけ。
「すごく、強いんでしょうね。私も訓練、見てみたくなりました!」
剣捌きは、助けてもらったときの一瞬だったし、先程は攻撃を弾くだけだった。
魔法と組み合わせたら、どれだけすごいのだろう。
想像するだけでわくわくする。
そんな私のミーハーな心が読まれてしまったのだろうか、クリスさんは変わっているなと小さく笑ったのだった。
良かった、普通に話せている。
馬車の中では、空気が重いというか、クリスさんの顔が怖かったけれど、今は普段通りだ。
あれかな?クリスさんも緊張していたのだろうか?
それでさっきのシャーロットの件で少し肩の力が抜けたと。
そりゃそうよね、だって王様がお呼びなんだもの。
私だって緊張している。
クリスさんのことだから、私が問題起こしたんじゃないかって、心配してくれているのかもしれない。
うん、その可能性はある。
「着いたぞ」
「あ、はい!」
色々と考えていたら、いつの間にか着いてしまったようだ。
あら?でも……。
目の前の扉を見て、こてんと首を傾げる。
呼び出しなんていうから、だだっ広い謁見の間とかで、王座にいる陛下から見下されながら話をするのかと思っていたのだが、意外と普通の部屋っぽい扉だ。
もちろん衛兵はいる。
うーん、執務室とか応接室でちょっと話をするだけなのかしら?
それなら良いなと思っていると、衛兵に話を通したクリスさんが、扉を開いてもらおうとしていた。
ええっ!?
ちょ、ちょっと、心の準備が……!
ひとり焦る私のことなど誰も気にかけず、無常にも扉は開かれた。
「…………へ?」
開かれて、まず口から出た第一声は、間抜けな声だった。
だって仕方がない。
そこにいるはずの王様が、私がよく見知っている顔だったのだから。
「ティアちゃん、待ってたよ〜」
「……ランディさん?」
ギルドのアイテムショップで会った時のように、にぱっとした笑顔でひらひらと手を振り出迎えてくれたのは、ランディさんだった。
その時の私の頭の中には、どういうこと?とハテナがいっぱい浮かんでいたのだった。




