妹の本音2
思わず口に出てしまった。
あれは間違いなく、使える人が限られている、闇属性の魔法だ。
呆気にとられる私とは対照的に、シャーロットは、わなわなと体を震わせている。
「そっちがその気なら!」
そして目を鋭くさせると、次々と魔法を繰り出していく。
無数の風の刃が私たちを取り囲むが、クリスさんが剣や魔法でそれを弾いていく。
情けないことに、実戦経験のない私は、クリスさんに守られるだけになってしまう。
でも、足手まといなんてごめんだ。
せめて防御魔法だけでもと思い、震える足を叱咤し、手をかざす。
「魔法障壁」
なんとか詠唱することができた魔法が、シャーロットの攻撃を防いでいく。
けれど、防いでも薙ぎ払っても、シャーロットの魔法は止まない。
こうなったら、時空魔法で時を止めて、シャーロット自身を拘束するしか……。
ちらりとルナを見ると、小さく頷き返してくれた。
「クリスさん、私が魔法であの子の動きをしばらく止めます。その間に、魔法でも物理でも構いません、動きを封じて下さい」
魔法障壁で攻撃を防ぎながら、小声でクリスさんに囁くと、少し驚いたような表情になったが、分かったと返事をしてくれた。
この際、時空魔法が使えることがバレてしまうのは、仕方がない。
そんなことよりも、今は。
「時間停止」
シャーロットを止めるのが先だ。
「今です!クリスさん、お願いします」
「拘束」
そうクリスさんが唱えると、黒いモヤのようなものが、シャーロットをうしろ手に縛り上げ、足も拘束した。
停止状態から回復したシャーロットは、自分の状況に気付くと、観念したのか、悔しそうに唇を噛み、震える口を開いた。
「まただわ!どうして?どうして、お姉さまには、みんなそうやって力を貸すくせに!認めてもらっているくせに、何もない風に振る舞って……!わた、私だって、本当は……」
そして、膝から崩れ落ちると、ぼろぼろと涙を流した。
そんなシャーロットに私は戸惑う。
なんて声をかけて良いのかも分からない。
だけど、シャーロットが私のことで悩んで、悲しんできたということは分かった。
「!?おい……」
そっと一歩踏み出し、シャーロットに近寄ろうとする私の腕を掴んで、クリスさんが止めようとした。
私はそれに、ふるふると首を振って大丈夫だと告げる。
少し戸惑うような表情を見せながらも、クリスさんは私から手を放してくれた。
そして、一歩一歩、シャーロットに近付く。
俯いた肩は震え、泣きじゃくっているのが分かる。
侯爵家にいた時は、こんな姿見たことなかった。
いつだってみんなに愛されて、褒められて。
私の前では無邪気に振る舞っていた、たったひとりの妹。
だけど、私は?
シャーロットに、姉として接してきたかしら?
前世を思い出したあの日から、距離を取ったのは、私も同じじゃなかった?
どこか他人を相手にするように、幼い我儘に付き合うことも、窘めることもせず。
両親からの愛情を失ったからといって、それを妹にまで押し付けるのは、間違っていたのではないだろうか?
甘やかされて、ちやほやされて。
それだけで彼女が幸せだと、なぜ思ったのだろう。
もしかしたら、シャーロットはずっと、私を姉として見てくれていたのかもしれないのに。
ううん、この姿の私を見ても、『お姉さま』って気付いて、呼んでくれた。
小さくなったシャーロットをしばらく見つめた後、すっと腰を下ろした。
「ごめんなさい」
囁くような声で、謝る。
背を向けているし、このくらいの音量なら、クリスさんには何を言っているかまでは、聞き取れないはずだ。
「私、ちゃんとあなたを見ていなかった。あなたはずっと、私を見てくれていたのに。だから、ごめんなさい」
声は小さいけれど、しっかりと伝わるように言葉にする。
こうやって心から謝ったことも、今までなかったかもしれないね。
すると、シャーロットからは、まるで小さな子どもが泣いた時のような嗚咽が聞こえてきた。
「ほら、だめよそんなに泣いては。侯爵家の令嬢ともあろうものが、人前でそう簡単に涙は見せちゃいけませんって、マナーの先生にも習ったでしょう?」
涙をお拭きなさいと、ハンカチを差し出す。
なんの変哲もない、ただのハンカチの端にイニシャルの刺繍をしただけのもの。
「お姉さま……今までずっと、ごめんなさい」
泣かないのよと言ったのに、シャーロットの流す涙は、なかなか止まることはなかった。
やれやれとその背中をさする。
こんな風に叱ったり、慰めたりするのも初めてかもしれない。
「今は人を待たせているから無理だけれど、今度、ちゃんと話をしましょう?」
それまでただ泣くだけだったシャーロットが、この時だけは、しっかり頷いてくれたのだった。
ざまぁ希望だった方、すみません……(^^;)




