妹の本音1
* * *
私はシャーロット・エーレンシュタイン。
エーレンシュタイン侯爵家の次女として生まれ、神様からは魔術師という、貴族令嬢として誉れ高いジョブも与えられた。
両親からの愛情を一身に受け、この可憐な容姿のおかげで、幼い頃から大人や同年代の男の子は、いつも私に優しくしてくれた。
今まで、なんでも私の思うままだった。
上手くいかないことなんてあるわけがない。
そう思っていた。
ただひとり、姉のこと以外は。
物心つかない頃は、姉と仲良くしていた気もするけれど、あまり覚えていない。
覚えているのは、姉が鍛冶師というハズレジョブだったことで、部屋に閉じ込められるようになってからのことばかり。
それほど接点があったわけでもないけれど、たまたま会うことがあっても、姉は私に興味を示さなかった。
簡素な衣装の姉の前で、私がどれだけかわいく着飾っても、関係ないという顔をする。
評判の貴族令息に気に入られたと伝えても、へえと答えるだけ。
ならばと分からないふりをして無神経なことを言ったりしても、はあとため息をつくだけだった。
さらには、そんな身の上じゃあ、大して必要なことでもないでしょうに、勉学にはとても熱心で、歴史や算術、魔法など、全てにおいて私よりも良くできた。
そう、魔法もだ。
魔術師である私よりも、鍛冶師の姉の方が出来が良いなんて、あり得るはずがないのに。
だけど、教師たちはこぞって私と姉を比べた。
やる気なんて、起きるわけがない。
気に入らなかった。
だから、お姉さまにも嫌な思いをさせたくて、意地悪をした。
いつもより度が過ぎているのは自覚していた。
でも、たまにはちょっとくらい困れば良い。
そのまま結婚して家を出ても良かったし、ごめんなさいって、なんとかして欲しいって言えば、許してあげないこともない。
私が頼めば、きっとお父様もお母様も、婚約の話をなかったことにしてくれる。
――――だけど、私になにも言うことなく、お姉さまは消えた。
針や糸以外、なにもかも置いて。
まるで、この家には、自分に必要なものなんて、なにもないとでも言うかのように。
* * *
「お姉さま、ですよね?その姿は……」
目を丸くして呆然としているシャーロットは、私の妹だ。
当然、私の幼い頃の姿を知っている。
しまった、隣にはクリスさんもいるのに。
なにか上手いこと言って、誤魔化さないと――――。
咄嗟に腕の中のルナを見たが、さすがのルナも、これには焦った様子だ。
ふるふると首を振られた。
そりゃそうよね。
こんな事態、魔法でどうにかできるわけでもない。
一瞬時を止めてシャーロットから逃げたとしても、クリスさんに説明ができないし、だからって他になにも思い浮かばない。
っていうか、どうしてシャーロットが王宮に?
そしてなんでこんな所をひとりでフラフラしてるのよ。
侍女はどうした、侍女は!
いや、こんなことを考えていてもだめだ。
とりあえず、否定しないと……。
「えと、あなたは、誰ですか……?」
できるだけ困っている感じで、子どもっぽく言ってみる。
あなたのお姉さんに似ているだけで、ただの平民の幼女ですよ〜。
「……ふざけないで」
私の態度が気に入らなかったのか、シャーロットはキッと睨みつけてきた。
「お姉さまっていつもそう!面倒くさそうにするだけで、逃げてばかり!」
様変わりしたシャーロットの様子に、クリスさんが私を庇うように、一歩前に出た。
「なにを言っている。幼いこの子が、君の姉のわけがないだろう」
冷静にそう言ってくれたのだが、シャーロットは尚も表情を変えない。
「っ!ずるい、ずるいわ!」
なにが、とは聞けなかった。
それくらい、シャーロットは取り乱している。
「それなら、試してあげる。私の魔法くらい、お姉さまなら何とかできるでしょ?」
冷静さなど欠片もない様子で、シャーロットは詠唱に入った。
まずい、私に攻撃魔法を打つつもりらしい。
しかも、シャーロットが得意だと聞いている、風属性魔法だ。
防御魔法でなんとかできなくもないけれど、クリスさんの目を考えれば、上級の魔法は使えない。
でも、初級の魔法では恐らく防げない。
あの子も魔術師のジョブを与えられただけあって、きっと私よりも強力な魔力を持っているはず。
どうすれば……そう思っていた時、前に立っていたクリスさんもまた、詠唱を始めた。
え……?と目を見開いた時、シャーロットの魔法が発動した。
かまいたちのような風の刃。
かなりの威力、当たればかすり傷じゃ済まない。
けれど、その刃が私に当たることはなかった。
「吸引」
クリスさんの魔法。
しかも、これは。
クリスさんが掲げた掌の先には、ブラックホールのような黒い球体が現れ、シャーロットの放った風の刃を、全て吸い込んでしまった。
そうして吸い込み終わると、黒い球体は消え、元の静けさが戻る。
「闇、属性魔法……?」




