王宮会議
* * *
「それで、あの娘はどこに?」
王宮の一室。
貴族の中でも一握りの者しか入ることのできない、国王が私的に使用している応接室に、男爵という、少し不釣り合いにも思える位の男が招かれていた。
しかし、この部屋にいる側近たちは、そのことに誰ひとりとして疑問は持たなかった。
なぜなら、国王であるランドルフ・クラウベルクは、王位継承権の低かった王子時代に、冒険者として名を轟かせており、庶民の中に混ざることにすらも抵抗がないことを知っているからだ。
そして、優秀な者であれば公爵だろうが男爵だろうが、――――幼い子どもだろうが、実際にその目で見て確かめ、たらし込んで仲間に引き入れるという行為を重ねてきた。
そしてこの男もまた男爵という地位ながら、国王にスカウトされ、その手となり足となり国のために動いているのだ。
ただ、それはまだあまり知られてはいないのだが。
「ははっ、私がそう簡単に口を割ると思うかい?君だって私に秘密にしていた。ならば、おあいこだろう?」
にこにことした笑顔だが、有無を言わせない声で国王は答えた。
この男は、一見人の良い顔をしておいて、実は結構我儘だ。
言い出したらなかなか折れない。
所在を知っていると聞いてやって来たのに、やはりコイツに関わるとろくなことがないと、男爵はため息をついた。
そして国王はそんな男爵を見て、ムッとした顔をする。
「失礼なことを考えているようだけど、君だって人のことは言えないだろう?女好きで変わり者のクソジジイだって?まったく、自分のことをそんな風に噂に撒くなんて、気が知れないね。まあ、変わり者という点は否定しないけれど」
「誰がクソジジイだ。そんなことは言いふらしていない。それに私を変わり者だというなら、お前だってそうだろう」
国王に対して、なんという口の利き方をと諭すような者は、誰もいない。
むしろ、また始まったと呆れる呟きが周囲から零れた。
「というか、まだ十五歳の少女をつかまえて嫁にしようとはな。まさかお前、ロリコ……」
「そんなわけがないだろう!そう言って侯爵家から引き離して、彼女の才能が本物ならば育てようと思っただけだ!」
誰もが聞きたくて聞けなかったことを、国王はあっさりと問うた。
そして青筋を立てて否定する男爵に、周囲はほっとしたのだった。
しかし、こうなるともうふたりだけでは収拾がつかない。
誰かが止めなければ――――と、周りの視線が騎士団長であるセドリックに集まった。
そんな皆の期待を一心に背負い、やれやれとセドリックは一歩踏み出す。
なぜかこの役目は、いつも自分に任される。
いくら国王と幼なじみだからとはいえ、あんまりではないだろうか?
心の中ではそう思いながらも、それを顔には出さず、まあまあとセドリックは、いつものようにふたりを宥めた。
ふんっと顔を背ける男爵と、はははと笑いを収めない国王。
仲はあまり良くないが、互いに信頼はしているのだから、不思議だ。
年上なのに振り回されてばかりの男爵を不憫に思い、セドリックは助け舟を出すことにした。
「陛下、少しくらいヒントを与えてやってはどうですか?隠していたというよりも、確認中だっただけなのですから」
娘を手の内に入れ、確認が取れれば、すぐに報告するはずだった。
男爵はそういう男だ。
しかし、国王は面白そうにセドリックを見ると、ふふんと鼻を鳴らした。
「ま、そのうち君にも分かるさ。灯台下暗し、ってね」
この王宮内にいるということか!?と男爵が勢いよく立ち上がった。
しかし、国王はそれには答えず、ただニコニコと微笑むだけだ。
「ヒントか、そうだねぇ。まあとりあえず、セドリックの報告に上がっていた、おチビちゃんが作ったっていうコレ。全員分用意したから、三日後の隣国との会議で着けてみようか。面白いことになりそうだし、ね」
そうして国王が取り出したのは、ティアが作った腕輪とアンクレットだった。
きちんと猫のチャームもつけられており、そのことに気付いたセドリックは、訝しげな顔を向けた。
「陛下、もしやそれらは城下で……?」
「さあ!じゃあ今日は解散!」
誤魔化すような国王の反応に、またお忍びでフラフラ出かけたなと、その場に集まる者たち全員が思った。
「今回は週に一度は出かけていますよ」と、死んだ魚のような目をした秘書官が呟いた。
相変わらず彼を泣かせているらしい。
そしてそんな彼に、無情にも頼みたいことがあると、国王はさらに仕事を負わせていた。
鬼だ。
「くっ……!なぜ神はお前のような男に、鑑定などというスキルを与えたのか……」
「負け惜しみかい、ベンデル男爵?エーレンシュタイン侯爵令嬢なら大丈夫だよ。ああ、姉の方のね?妹は……私も一度“視た”が、まあ平凡なものだったね。姉とは比べ物にならないよ」
「やはりセレスティア嬢を知っているのではないか!?ええい、吐け!吐かんか!」
先程セドリックが収めたというのに、また始まってしまった。
ため息をつきながらも、セドリックは思う。
温和そうな瞳の奥に冷徹さを潜ませた国王は、いったいどこまでを知っていて、どれだけ先を読んでいるのか。
(それにしても、セレスティア嬢か。ティアと名前が似ているのは、偶然か?それにあの腕輪……)
そうして彼らの中には、答えに近付きそうな者も現れ始めたのだった。




