不思議なお客様1
「また会ったね、ティアちゃん。今日も納品かい?」
「あ、ランディさん。こんにちは」
ここはギルドのアイテムショップ。
商品を卸すようになって少し経った頃、私にも馴染みのお客さんができた!
名前はランディさん。
明るい金髪に綺麗なエメラルドグリーンの瞳の、これまた当然のようにイケオジだ。
若く見えるけど、団長さんやアイザックさんと同じくらいかな?
いつも質素な服を着ているが、絶対に貴族だと思う。
所作とか口調とかですぐ分かるくらい、お忍びだってことがバレバレだ。
穏やかな話し方と笑顔で、いつも私の作ったものを買って下さっているらしい。
つまり、お得意様なのだ!
ちなみに私がこっそり運気アップの付与をつけたアクセサリーたちは、またたく間に人気商品となった。
巷じゃ結構噂になってるみたい。
“幸運のネコ”だって。
ネコというのは、もちろん先日デザインしたロゴに付いているあれだ。
ルナをイメージして作ったやつ。
初めて納品した日以来、私の作ったものには、あのロゴのプレートや焼き印などを付けている。
そして運気アップの効果が、なかなか良い仕事してくれているみたいなのよ。
好きな人と想いが通じたとか、落とした財布が戻って来たとか。
商品を買って以来、小さな幸運が続いていますって人もいる。
あと、シュシュとヘアゴムも女性から人気があるんだって!
簡単に結べるしかわいいって、冒険者の中で評判になっている。
鍛冶のレベルが上がって、もっと作れるものの幅が出たら、ゴムにつけるチャームも色々作れると良いなと思っているところだ。
それだけじゃなくて、アイテムバッグはその機能性で人気が出て、入荷すればすぐさま売れている。
誰かに真似される前に、特許権を取ったらとアイザックさんに言われたのを、私は一度断った。
必要としてくれる人が多くても、私じゃ大量生産できないもの。
誰かが作ってくれるなら、お客さん的にはありがたいよね?と思ったから。
だけど、特許取得者にお金を払って許可を取れば、他の人にも作れると聞き、それならと申請をお願いすることにした。
シュシュやヘアゴムも。
その後、何件か申し出が来てびっくり!
そのおかげで私のサイフはかなり潤っている。
アイザックさんに感謝だ。
「今までミシンはケイトさんのものを借りていたけど……。そろそろ自分のを買うべきかしら」
そう思うくらいには、お金が貯まった。
「おや、ティアちゃんはミシンが欲しいのかい?それなら、私がプレゼントしよう!」
「え、ええっ!?」
ただのひとり言だったのに、なぜかランディさんがそれに反応した。
そして、それを見ていたアイザックさんが、ぎょっとした様子で目を見開いている。
「いえっ!こういうのは、自分で買うからこそ価値があるというか……。初めて貯めたお小遣いで欲しいものを買う的な?と、とにかく、プレゼントはだめです!」
必死に断ろうとすると、人差し指をくわえたポーズでえーっという顔をされた。
イケオジ、どんな仕草でも絵になるな。
「残念。でもまあ、君の言うことにも一理あるからね。ここは引こう。けれど覚えておいておくれ、私は君のファンだからね。困ったら助けになるよ」
そう言ってランディさんはふわりと微笑んで、私の手にキスをした。
そう、キスをした。
「う、うえぇぇぇっ!?」
「おいランディ!いい加減にしろ!」
驚きのあまり変な絶叫を上げる私に、アイザックさんが止めに入ってくれた。
べりっと私とランディさんを引き剥がし、幼女にみだりに触れるな!と説教をはじめた。
私はというと、未だ衝撃から復活できず、呆然とするのみだ。
「はははっ。ごめんね、つい」
当のランディさんはというと、叱られても悪びれた様子はなく、けろっとしている。
――――この人、タラシだ。
なんとなくだけど、そう思った。
しかも、女の人だけじゃなくて、老若男女問わず誑かすタイプの。
現に、アイザックさんもそれ以上はなにも言わない。
……まぁ、ただ諦めているだけって可能性もあるけれど。
「嫌だなぁ。そんな不審者を見るような目で見ないでくれるかい?」
「いや、幼女に手を出すオッサンは、立派な不審者だろ」
胡乱な目つきの私に擦り寄るランディさんに、アイザックさんが再度突っ込みを入れた。
「ふっ、ふふっ」
そのやりとりが、可笑しくて。
つい、力が抜けて、笑ってしまった。
そしてそんな私を、ふたりが目をぱちくりとさせて凝視している。
あ、まずい。
仕事でお世話になっている人たちに失礼だったかもと思い、慌てて笑いを引っ込めると、ぽんっと大きな掌が頭を撫でた。
「ああ、やっぱり。美人さんだとは思っていたが、笑うととてもかわいらしいね」
にこにこと慈愛に満ちた表情の、ランディさんの手だった。
あったかくて、優しい手。
あまりに神々しすぎて、カチンと固まってしまったのは、仕方のないことだと思う。
「お前はまた、そんな気軽に触りやがって……」
そして呆れたような声のアイザックさんも、ランディさんに続いて、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
「ま、なんだ。コイツは怪しいけど悪いヤツじゃねぇし、俺もおチビちゃんには一目置いてるからな。なにか困ったことがあれば、遠慮せずに言えよ?」
「っ……!」
ア、アイザックさん、超・男前!!
私、前世でも今世でも別に枯れ専ってわけじゃないけど、でもやっぱりこういう落ち着いた頼りになる男の人って、素敵!
思わずぽっと頬を赤く染めてしまった。
「……いや、私も同じようなこと言ったよね?ティアちゃん、反応違いすぎない?」
「え、えーっと。その、ランディさんのことは、とても良くして下さるお客様だとは思っていますが、あんまりよく知らない人だし……」
正直に告げてみると、ぶはっとアイザックさんが吹き出した。
「知らない人!違ぇねえ!」
ツボに入ったらしく、ぎゃははと笑いが止まらない様子のアイザックさんを、ランディさんはうらめしそうに睨んでいる。
ご、ごめんなさい!
だけど事実だし!
ほら、知らない人にはついて行ってはいけません、ってあれよ!
「まあね?危機管理能力がしっかりしているのは、とても良いことなんだけどね。でも地味におじさん傷付いたよ……」
あまりにしょぼんとした表情をするので、罪悪感が湧いてしまう。
フォローしなくちゃとは思うのだが、なにも良い言葉が浮かんでこなかった。




