初期費用を貯めよう4
そしていつもより三十分程早い時間、仕事のキリの良いところで上がらせてもらい、私はさっそく冒険者ギルドへと向かうことにした。
グレンさんの店を出ようとすると、作ったものをそのまま持っていたので、リナさんに持てるかと心配されてしまった。
それにひとりで大丈夫?とも。
精霊王様にもらったマジックバッグがあるし、こんな姿でも中身は十五歳(しかも前世は三十歳超え)ですからね、やんわりと大丈夫だと伝えた。
心配してくれるのはありがたいが、精神年齢的には立派な大人だもの。
行ってきます!と半ば無理矢理店を出る。
少し歩いて、しばらくしたら路地裏でマジックバッグに荷物を入れてしまおう。
そしてまたギルドが近くなったら出せば良い。
精霊王様、ありがとうございます!と、心の中でお礼を言う。
でも、マジックバッグのことは誰にも言わない方が良いよね。
たぶんこれ、規格外な収容力だし。
さてあの辺の路地裏で……と思った時、向こうから見知った人がやって来た。
「クリスさん?どうしたんですか?」
確か今日はお昼から休みだったはず、服装もシンプルな平民風の服だ。
「お前の作ったものを、ギルドに卸しに行くと聞いたからな。副団長に、ついて行ってやったらどうだと言われて、店に向かっていたのだが……早かったな」
あーカイルさんも心配してくれたのね。
優しいというか甘いというか……。
みんなちょっと過保護じゃないだろうかと思ったが、前世でいうなら小学校低学年なわけだし、仕方ないのかもね。
「ありがとうございます。せっかくのお休みなのに、すみません。えっと、じゃあ行きましょうか」
ここは大人しく厚意に甘えよう、そう思いながら歩こうとすると、右手を差し出された。
?なんだろう。
はっ!ひょっとして、迷子になるといけないから手を繋ごうとか、そういうやつ!?
「あの、私迷子になんてならないから、大丈夫ですよ?」
おずおずと見上げれば、クリスさんは目をぱちくりとさせた。
あ、こんな表情、珍しい。
「は?迷子?俺はただ、荷物を持とうとしただけだが……」
!!!
に、荷物のことだったのか!
まずい。
勘違い、恥ずかしすぎる!
一気に顔に熱が集まるのが分かる。
うわあああ!私のバカ!
「に、荷物……。はい、じゃあお言葉に甘えて……」
穴があったら入りたい。
まさにそれだ。
顔なんて見れなくて、真っ赤な顔を隠すように、少し俯いて荷物を預ける。
くすっと頭上で笑われた気配がする。
もう嫌だ。
「すまない。かわいくて、つい。ちなみに荷物を持っていても左手は空いているのだが、どうだ?」
「!け、結構ですっ!」
からかわれているだけだと分かっていても、顔が熱くなるのは止められない。
つい、口調も強くなってしまった。
けれど、そんな私の様子に、クリスさんはただくすくすと笑うだけで、特に不快な思いはしていないみたい。
その証拠に、少しだけ微笑んで行こうと言ってくれた。
並んで歩いていると、少しずつ顔の火照りも落ち着いてきた。
それにしても、クリスさんでも冗談なんて言うのね。
しかも、か、かわいいとか言うし!
そういうこと、平気で言うようなタイプじゃないのになぁ。
カイルさんとかアランは普通に言うけど。
だからこそ、言われた側としては心臓に悪い。
ちょっと、本当にちょびっとだけど、本気でそう思ってくれているのかなぁって思ってしまう。
……まずい、頬がまたじんわりしてきた。
くそ、なんでそんなこと考えちゃったかな、私!
頭の中、ひとりわーわー騒いでいると、ひょこっと顔を覗き込まれた。
顔、近い!!
「着いたぞ?どうしたんだ?」
「イエ。別に」
ダメだ、こんなイケメンに翻弄されてしまってはいけない。
そう自分に言い聞かせて、努めて平静を装う。
そして、着いた冒険者ギルドの扉を開き、二階へと上がる。
「おう、グレンとこのおチビちゃんじゃないか。今日は強そうな兄ちゃん連れてるな。で、見本品ができたのか?」
「こんにちは。はい、いくつか作ってみたので、見ていただけますか?」
早いなー!と褒めてくれたのは、ギルドのアイテムショップ店長、アイザックさん。
年は団長さんと同じで、四十歳くらいかな?
明るくて気さくな人だ。
今のところは優しくしてくれているけれど、商売人だからなぁ、きっと商品の交渉には厳しいのだろう。
グレンさんは大丈夫だと言ってくれたけれど、やはり緊張はする。
クリスさんにお礼を言って袋を受け取り、どきどきしながら中に入っている作品を並べていく。
私が作ったのは、全部で五種類。
独身寮のみんなにも作ったような、腕輪やアンクレット、それにウエストに付けるアイテムバッグ。
そして女性用に、シュシュとクルミボタンの飾り付きヘアゴム。
先程グレンさんに見せたやつだ。
腕輪やアンクレット、シュシュとクルミボタンの生地には、力や回避率、体力や魔力が上がる糸や布を使っている。
それにプラスして、私の魔法付与で運気も上がるようになっている。
ステータス上昇の効果がある素材には色々あるのだが、運だけはステータスで確認できない。
だから、多分バレないと思うのよね。
「ほお!この前見せてもらったのも良く出来ていたが、これもなかなか。このアイテムバッグは、どうやって装着するんだ?あと、このゴムのついたかわいらしいやつは何だ?」
良く見る腕輪やそれに似たアンクレットはともかく、他の三点に興味を持ってくれたようで、アイザックさんはまじまじと手に取って見ている。
つかみはオッケーね!
あとはプレゼンにかかっている。
セシルさんと同じタイプのアイテムバッグは、少し改良し、ポケットを充実させて、収納しやすく取り出しやすいようにした。
それをウエストにつけることで、出し入れがさらにスムーズになる。
「なるほどなぁ。腰に袋ぶら下げてるだけのヤツが多いが、これならしっかりしていて落とすこともなさそうだな」
そう、私も聞いた時に驚いたのだが、ちゃんとしたアイテムバッグって、実はあまりない。
リュックとか斜めがけのバッグに、他の荷物と一緒にポーションを入れる人がほとんどで、ベルトのところに簡単な袋を付けてアイテムを入れる人も多いんだって。
それって、出し入れすごく不便よね。
「ちょっと中に入れてみるか。お、確かに収納しやすいな。それに思ったよりたくさん入る気がする」
アイザックさんが感心したようにそう言ってくれた。
……じつはコレ、練習してきた時空魔法を使いたくて、ほんの少し、一割ほど容量アップさせている。
元々バッグがそれほど大きくないサイズなので、まあポーションがひとつ多く入ったなーくらいのレベル。
バレることはないだろう。
「ふむ、着けやすいし着け心地も悪くない。それと、これは……」
アイテムを詰めて、実際にアイザックさんが装着していると、どうやら先程付けたばかりのプレートに気付いたようだ。
「グレンさんが、ロゴを作ると良いって教えてくれたんです。それでさっき、ひとつだけ作ったのを付けてみたんですけど、どうでしょう?」
「ああ、良いんじゃないか?さすがグレンだな。細かいところまで良く掘れている」
おや、どうやらグレンさんが作ったと勘違いしているようだ。
一応自作ですと伝えてみれば、かなり驚かれた。
「おチビちゃん、マジで器用だな……。本当に七歳?」
アイザックさんは、私とプレートを交互に見て、頬を引きつらせている。
この反応、今日二回目だ。
まあそこはあまり深く考えずに、スルーしてくれると助かるのだけれど……。
あははと適当に笑って誤魔化すと、まあ良いやと言ってくれた。
アイザックさん、素敵。
「それで、こっちのはなんだ?見たところ女性向けのようだが……」
シュシュとヘアゴムを手に取って、アイザックさんが不思議そうな顔をする。
この世界、平民向けのヘアアクセサリーはあまりない。
髪の長い人は、髪紐やリボンで結ぶ。
だからシュシュやヘアゴムがあれば、子どもでも自分で結ぶことができるし、簡単にオシャレが楽しめると思ったのだ。
その上、使用した布にはステータス上昇の効果も付いている。
冒険者の女性だって、手軽にオシャレを楽しみたいだろうし、一石二鳥だと思わない?
「なるほどなぁ。おし、じゃあこれ全部、店頭に並べてみるか」
「!本当ですか!?」
アイザックさんの言葉に、自然と笑顔になる。
それから値段の設定を相談し、ギルドを後にした。
どのくらい売れるのか気になるからと、また商品を持って三日後に来る約束をして。




