妹の思惑
「――――はい、大変結構です。今日はここまでにしましょう」
「ありがとうございました」
今日の講義は魔法学。
意外にも両親は、私にもきちんと令嬢としての基本的な勉強はさせてくれた。
どこかの子爵家か男爵家あたりに嫁がせようとしてるんだもんね、ある程度の作法や常識が身についていないと恥だと思っているのだろう。
まあ講師の先生達に丸投げしているから、私も好きなように学ばせてもらえているのだけれど。
特に魔法なんて、すごく面白い。
だって魔法だよ、魔法!
前世にはなかった、ファンタジーの世界ならではの力だ。
この世界では、大なり小なりあれど、誰にでも魔力がある。
そして、精霊達に力を借りて魔法を使うことができるのだ。
「本当にセレスティアお嬢様は筋がよろしいですね。実施もかなりのものですし、魔術師としても十分やっていけそうですのに……」
お世辞も入っているとはいえ、先生にこう言って頂ける程度には、私も魔法が使えるようになった。
「お気遣いなく。それに、先生の教え方が素晴らしいからですわ。私のような者にも、いつも丁寧に講義を行って下さって、感謝しています」
教わる人って本当に大事だもの。
日本でOLやっていた時も、指導係の先輩が誰かってすごく重要だった。
両親から見放されている私にも手を抜かず教えて下さる先生で、本当に良かったと思っている。
「あ、すみませんお忙しいのに話し込んでしまって。次は二日後ですよね、よろしくお願いします」
先生に挨拶をすると、きちんと礼をとり、退出しようとドアノブに手をかけた。
「シャーロット様よりもよほど……」
「え?何かおっしゃいましたか?」
先生が何事か呟いた気がして振り返ったのだが、何でもないと首を振られてしまった。
シャーロットの名前が聞こえたように思ったのだが……。
でもしつこいのもいけないなと思い直し、大人しくそのまま退室する。
まあシャーロット様はもっとすごいですが、とかかもしれないし、あえて聞き返すこともないだろう。
魔術師なんてジョブを授かったシャーロットは、私なんかより上達も早いはずだし、きっと高度な魔法も使えるのだろう。
それでも、私は私のペースで魔法を学べば良いと思っている。
別に有名人になりたいわけでもない。
ただ、好きなことを学んで、自分らしく平穏に暮らせればそれで良いのだから。
「さて、ルナも待っているだろうし、急いで戻らないと。そうだ、この前ルナのために刺繍糸で編んだ首飾りも、つけてあげよう。きっと似合うわ」
部屋で待つ小さな友人の姿を思い出し、私は足取りも軽く廊下を歩き出した。
そうしていつも通り刺繍や編み物をしたり、講義を受けたりと変わらない毎日を過ごしていたある日。
「お姉様」
「……シャーロット?」
庭の木陰で読書をしていると、珍しく妹が話しかけてきた。
両親は私にほぼ無関心だが、シャーロットも似たようなもので、時々こうして話しかけてくるくらいで、普段はほとんど私と関わったりしない。
シャーロットは、外見の印象とさほど変わらない、かわいらしい性格をしていて、無邪気とも言う。
直接私をけなしたりはしないし、意地悪だってしない。
だけどたまに、本当にたま〜にだけど、無神経なことを言ったりするのよね。
無邪気と無神経は紙一重って、前世の社会人生活でも、後輩相手に思ったことがある。
「どうしたの?」
今日はそれじゃないと良いな……と思いながら、本から目を離してシャーロットを見上げた。
「うふふ。お姉様って、本当に勉強熱心でいらっしゃるのね」
ちらりと私の手元の魔法書を見て言う。
良いじゃない、魔法、好きなんだもの。
好きこそものの上手なれ、ってやつよ。
「それに、他のお勉強もずいぶん真面目に取り組んでいらっしゃるそうですね。ほら、魔法学は私もお姉様と同じ先生に習っているので、少しだけお話を聞くことがあるんですの」
ああ、そういえばそうだった。
逆に私はあまり先生からあなたの話を聞いたことがないけれど。
とは、言えないわね。
多分、熱心に学んでもシャーロットに及ばないことを気遣って下さっているんだろう。
「私、正直それがちょっと耳障りな時があって。だからごめんなさい。少しだけ、お姉様に意地悪をしてしまいました」
「は……?」
意味が分からなくて聞き返したのだが、シャーロットは曖昧に笑うだけで、それ以上は何も教えてくれなかった。
「でも、私ちゃんと謝りましたし、優しいお姉様なら許して下さいますよね?あら、でもよく考えたら、感謝してもらっても良いくらいかも。そうよ、そうだわ」
……何だろう、ちょっと怖い。
何がって、私は何も言っていないのに、勝手にひとりで納得したり話を完結させている。
甘やかされすぎて、人の話を聞けないようになってしまったのだろうか?
うーん、シャーロットの行く末が心配だわ……。
「では、そういうことですので。お互い幸せになりましょうね。失礼しますわ」
「え?あ、ちょっと!」
しまった、シャーロットの今後の心配をしていたら、話が終わってしまっていた。
しかも、呼び止めても振り返ることなくシャーロットは去ってしまった。
「一体何だってのよ……」
意地悪しちゃっただの感謝しろだの、全然意味が分からないし、お互い幸せになりましょうって何?
嫌な予感しかしないわ……と思っていたら、どこからかルナが現れた。
「あら、ルナ。どうしたの?じっと見つめて、そっちに何かあるの?」
私の膝に乗ったかと思うと、一点を見つめて動かないルナを不思議に思い、私もそちらを見る。
それは、シャーロットが去っていった方向だった。
「シャーロットが気になるの?ああ、さっきの会話を聞いてたのかしら?大丈夫よ、意地悪って言ってたけど、何のことか分からないし」
よしよしとルナを撫でると、にゃあと気持ち良さそうに鳴いてくれた。
きっと私を心配してくれたのだろう、本当に賢い子だ。
「それよりもこの前付けてあげた首飾り、本当によく似合ってるわね」
ルナの色合いに合わせて紫や紺、銀の糸で編んだ首飾りは、自画自賛ながらとても良い出来だ。
金の鈴との相性も良い。
「あーかわいい!もう、本当にルナに会えて良かった」
にゃ?と首を傾げる姿なんて、もう言葉に表せないくらいの愛らしさだ。
きゅっとその小さな体を抱きしめて頬ずりをする。
「いつか私がこの屋敷を出て行くその日まで、気が向いた時で良いからこうして遊びに来てね」
果たしてそれは、嫁ぐ日なのか家出をする日なのか。
それはまだ分からないけれど、今はまだ、この小さな幸せに浸っていたい。
それに応えるように、にゃあと鳴くルナの声が、少しだけ悲しそうに聞こえた。




