初期費用を貯めよう1
「つまり、あれは店にいた火の精霊たちが浮かれちゃった結果だってことね」
「うん。ティアが作業場に入った瞬間、かなりの数の精霊が集まってきゃーきゃー言ってたからね。四属性のうち、火だけなかなか呼んでくれないからってヤキモキしてたみたいよ。それで今日やっと呼んでくれたー!って喜びが爆発しちゃったみたい」
ここは独身寮の自室。
鍛冶屋での修行、初日からやらかした私の質問に、ルナが答えてくれた。
なんてこった、原因は私か。
「で、でででも今まで侯爵家でも、力が増幅したなんてことなかったのに」
「隠れて練習してたから、気を遣ってたんじゃない?今日は大っぴらに協力できるー!って言ってたから」
く、空気読んでたのね。
そして今日は今まで抑えていた分が爆発してしまったと。
それにしても、あの果物ナイフには誰もが驚愕していた。
あの一度でほぼ完成してはいたのだが、強度を上げるために、冷やしてからもう一度熱して打った。
そうしたら輝きが増してさらに立派な代物となった。
切れ味なんて半端ない。
試しにりんごを切ってみたのだが、感触豆腐だった。
つまり、ほとんど手応えなし。
果たして果物ナイフとして使えるのか……そんな疑問すら浮かぶものであった。
「でも、とりあえずは弟子として認めてもらえたんでしょ?良かったじゃない!」
そう、初めてでこれだけのものを作れたのだ、才能の塊だわぁっ!とグレンさんに絶賛されて、弟子入させてもらえることになった。
「それで、今度は出店の初期費用を貯めるために、小物作りってわけね。人間って大変ね」
はぁっとルナが、面倒くさそうに零す。
そう、ついでにと思い、グレンさんとリナさんに、自分の店を持つにはどうしたら良いか、相談してみたのだ。
ふたりとも、すごく親身になってアドバイスをくれたのだが、まずはお金を貯めなくてはいけないとのこと。
技術と経験ももちろんだが、お金がないと店は構えられない。
そりゃそうだ。
そこでアランが提案してくれたのが、騎士たちにも作っている腕輪やアンクレットなどのアクセサリーや、ちょっとしたポーチなどの小物作り。
アランがつけている実物をふたりに見せたら、売れる!って太鼓判を押された。
しかも、冒険者ギルドの二階にある冒険者向けのアイテムショップに置かせてもらえないか、交渉までしてくれたのだ。
とりあえず何点か持って来てほしいと言われたので、家政婦の仕事が終わった夜に、作りはじめたというわけ。
どうせなら早く持って行って、本気だということをアピールしたい。
七歳の今から貯めれば、十年後にはなかなかの金額になっているはずだって言うから、頑張りたいよね。
できれば二、三年後には……!と思っていることは、もちろん秘密だが。
魔法付与のスキルを使えば、結構売れるんじゃないかなと思うのよね。
だけどここで一つ問題が。
「でも、魔法付与のことがバレるのは、あんまり良くないよね……」
そうなのだ、魔法付与は稀少なスキル。
それをこんな小娘が使えるなんてことが知られるのは、良くない。
団長さんやカイルさん、クリスさんとアランも秘密にしてくれてるし、知られないようにと言われている。
それはきっと、私が危険なことに巻き込まれないようにするためだろう。
「うーん……。前世なら、“幸運のブレスレット”とかって良く聞いたけどなぁ」
「ティア?前世って?」
何気なく呟いた言葉を聞き、ルナが目を見開いた。
あ、そういえば言ってなかった気がする。
実はね……と今まで誰にも言ったことのなかった、私の秘密を話す。
前世の記憶があり、ここではない、別の世界に住んでいたこと。
その知識を活かして、これから鍛冶師として生きていこうと決意したこと。
だから普通の貴族令嬢とは、少し違っていること。
「……なるほどね、色々納得だわ。もっと早く言ってくれても良かったのに」
「ご、ごめん。深い意味はなくて……ただ、言い忘れていたというか」
ルナにジト目で見られて、身じろぐ。
本当に、ただ言う機会がなかったから、忘れていただけなんだもの!
しばらくじっと見つめられ、ルナははぁっと息を吐くと、まあいいわと気を取り直してくれた。
「それで?幸運の何とかって?」
「あ!そう、あのね……」
話を戻してくれたので、前世で良く聞いたキャッチフレーズのアクセサリーや石についての話をする。
まあ、一言で言えば、運気が上がるアイテムだ。
無くなった物が出てきたとか、好きな人に一日に何度も会えたとか、それくらいなら、誰も魔法付与とは思わないのではないだろうか。
「確かに、それなら魔法付与に結びつける人はいないかもね。だけど、運気上昇なら、光の精霊の力が必要ね」
「あー……じゃあダメかぁ」
だって私、光属性魔法はレベル0だもの。
使えない系統の魔法は、付与することはできないんだよね。
「……いや、使えると思うわよ」
「え!?なんで!?どうして!?」
なぜだか渋い顔をするルナに、身を乗り出して聞いてみる。
すると、ものすごく不本意そうな顔で、光の精霊がはいはーい!と手を上げて私の周りを飛び回ってアピールしているのだと教えてくれた。
え。
今日の火の精霊と良い、精霊ってものすごくフレンドリーじゃない?
「そんなの、ティアに対してだけよ。知ってると思うけど、普通は光と闇、それにあたしたち時空の精霊は、人間にはあまり関わらないもの」
どうやら小さい頃から精霊たちはウロウロしていたのだが、使えるわけがないと四属性以外の魔法を私が試したことがなかったため、今まで使えなかったようだ。
ええ〜、だって誰にも使ってみなよって言われたことないし……。
そんなまさか自分が、使おうと思えば使えたなんて思うわけないじゃない。
「あら?ティアの妹はやってたわよ?『光の精霊たちよ!我に力を貸して傷を癒やしたまえ〜』とかなんとかって。まあ、光の精霊たちは無視してたけど」
シャーロットあなた……いや、なにも言うまい。
まさか厨二……いえ、なんでもないわ。
知らずルナに見られていたことに、ちょっぴり同情心を覚える。
もしも自分だったら、恥ずかしくて死ねる。
いや、シャーロットが恥ずかしいとかそんなことは思ってないわよ?
「と、とにかく私もやろうと思えば使えるのね!じゃあ早速やってみるわ!」
あまり気が進まない様子のルナを宥め、試しに使ってみることにする。
一番イメージしやすい、回復魔法だ。
「治療」
ちょうど鍛冶屋で軽いヤケドを負った、人差し指に向かって唱える。
すると、指にキラキラとした金色の光が降ってきて、またたく間に綺麗に治ってしまった。
「すごい!本当に使えた!」
うわぁ……!とひとり感激していると、ルナがふぅんと指先を見てふんっと顔を逸らした。
「……とにかく、少しくらいの運気上昇なら、レベル1の今でも付与できると思うわよ」
なんだかんだ言って、ちゃんと色々教えてくれるルナ。
ぶすっとした顔もかわいくて、指先で頭を撫でる。
「ありがとう。でも、一番頼りにしてるのはルナだからね」
「……当然よ。契約したんだし、あたしが一番のティアの味方なんだからね」
その言葉が嬉しくて、私はもう一度、ルナにありがとうを言った。




