弟子入りしました!3
「わ、暑っ……」
まず感じたのは、暑さ。
火を扱うのだから、当然だろう。
でも、ちょっと思っていたのと、違う……?
作業場には、小さめの竈と作業台がいくつかあって、何人かの鍛冶師がそれぞれに鉄を打っている。
――――のだが、なんか出来上がるの、早くない?
これまた勝手なイメージだけど、火に鉄を入れてじっくり熱し、素早くハンマーで何度も打って形を整え水で急冷、を繰り返すものじゃないの?
火に入れている時間なんてほんの少しだし、ハンマーで打つのも数回。
しかもこの作業をわずか二、三回で完成させている。
それに、屈強な男たちはどこ行った。
いや一人だけその言葉が似合う人はいるが、その他は標準的な体型の人ばかり。
しかも細腕の女性もいる。
異世界の鍛冶屋は、前世とはちょっと違う……のかしら?
あ、さっきリナさんが驚くかもしれないって言ったのは、このこと?
ぽかんとその様子を見ていると、リナさんが声を掛けてきたのだが、どうやら仕事ぶりに圧倒されたと思ったみたい。
いえ、私の想像とちょっと違うんですけど……とはもちろん言えず、あははと苦笑いして誤魔化しておいた。
「さすが、火の精霊がいっぱいいるわね。この鍛冶屋はかなり気に入られているみたい」
ルナが周りを見渡す。
私には見えないけれど、かなりの精霊がいるみたい。
あ、そっか。
精霊の力を借りているのか。
だから加工も、私が思っていたより簡易的なのかもしれない。
ある意味、魔法を使っているようなものなのだろう。
だから細腕の女性でもできるってことなのかな。
そして精霊たちがたくさん力を貸してくれているから、出来上がりも良くて評判なのね、きっと。
ルナの言葉でひとり納得していたが、どうやらそれは常識らしく、知らなかったのかとリナさんに言われた。
すみません、ある意味箱入りだったもので……。
でも、それならば先程の驚くかもって話は、別のことらしい。
じゃあいったい何……と思ったところで、唯一のガタイの良い人がこちらに気付いて近寄ってきた。
うわ、近くで見るとさらに大きい。
クリスさんやカイルさんも長身だし、騎士なだけあって体もしっかりしてるけど、この人はそれ以上だ。
長身な上、ムキムキで全体的に大きく見える。
でも、恐がっちゃ失礼だ。
せっかくこんな小娘を受け入れて下さったのだから。
それに、頼んでくれたカイルさんたちの面子もある。
私の浅はかな言動で潰すわけにはいかない。
そう考えた私は、自分よりもかなり高い位置にあるマッチョさんの目をしっかりと見て、挨拶をする。
「はじめまして、ティアと申します。お忙しいところ、無理なお願いを聞き入れて下さり、ありがとうございました。どうぞよろしくお願いします」
そして、幼い頃に叩き込まれた貴族の挨拶――――の、カーテシーとは違うが、精一杯の気持ちを込めてお礼をする。
頭を上げてマッチョさんの顔を見ると、その表情は厳しい。
だけど、よく見たらすごく顔が整っている。
セドリックさんとはまた違ったイケオジだ。
「っ、か……」
そんなことを考えていた時、マッチョさんがようやく口を開いた。
……のだが。
「かっわいーーい!やだわー!こんなかわいくて、しかもしっかりしたお嬢ちゃんが鍛冶師の見習いに来てくれるなんて、アタシはりきっちゃーう!」
「……へ?」
その、あまりにも外見とはイメージの違う話し方に、気の抜けた声が出てしまった。
「なに、この変な人……」
こらこらルナ、誰にも聞こえないからって、失礼なこと言わないの!
「えーっと、ごめんなさいね。こんな父だけど、鍛冶師としての腕はまあまあ良いのよ。本当よ、嘘じゃないわ」
ぼそっと呟くルナに、心の中で説教していると、リナさんがフォローしに来てくれた。
っていうか、え、父!?
「そんなに驚くことないじゃない。アタシはグレン。そしてリナは、アタシの自慢の愛娘よ」
よろしくね♡と手を差し出されて、反射的に手を出した。
すると、腕がもげるかと思うほど、ぎゅうっと握りぶんぶん振られた。
「ちょっと個性的だけど、グレンさん、良い人だよ。それにこう見えて、仕事も繊細だし。きっとすごく勉強になるはず」
アランもこっそりと教えてくれた。
グレンさんの、手を握った時のゴツゴツした感触、きっと今までハンマーをたくさん振るってきたのだろう。
それに店に並べられていた見本や商品、どれも丁寧に作られていた。
「うん、分かってる。ただびっくりしただけだから、大丈夫」
このキャラだって別に引いたりしない。
前世でもテレビとかでオネエさんをよく見たけど、実は結構好きだったんだよね。
ちゃんと覚悟を持っていて、生き方に芯が通っていて、尊敬の念すら感じていた。
だから、中身が良い人なら問題はない。
気にしないと態度で示せば、アランもほっと息をついた。
そんな私たちを見て、グレンさんがにっこりと笑った。
「お嬢ちゃん、良いわねぇ、気に入ったわ!今日は見るだけと思っていたんだけれど……少しだけやってみる?」
「っ!良いんですか!?」
グレンさんの言葉に、ぱあっと表情を明るくする。
わーっ、わーっ!絶対にそう簡単に触らせてくれないだろうなって思っていたから、すごく嬉しい!
お仕事見学だからと、邪魔にならないように髪は編み込んできたし、服装も平民スタイルで来ている。
さすがに耐熱性のエプロンはお借りするしかないけど、すぐに始められる格好で来て良かった!
リナさんが小さめのエプロンを私に着せてくれた。
といっても、私には十分大きいのだけれど。
ずっしりとしていて、意外と重い。
でも鍛冶師!って感じがする。
「まだ何も知らないって話だったわよねぇ?経験がなくても、火属性魔法のレベルが高ければ随分楽にできるのだけれど……。七歳じゃ難しいわね。とりあえず感覚だけつかめるように、やってみましょ」
実は十五歳ですなんて言えやしない……。
けど、火属性魔法のレベルはたかだか三だしね。
大したことないから、意外と上手くいったわねレベルだろう。
とにかく経験値を上げる!
十五歳まで修行せずに来てしまったのだ、少しでも取り戻したい。
手順を教えてもらい、小さめの鉄を打ってみることにした。
作りやすいといわれたので、果物ナイフを作る。
なんと、鍛冶も魔法と同じで、イメージが大切なんだって。
しっかりとしたイメージを持っていると、火の精霊が助けてくれて形を作ってくれるらしい。
だから、イメージ力と精霊の加護、つまり魔法レベルによって出来が変わる。
魔法レベルの高い人は、それだけ精霊の加護を受けてきたってことだからね。
私はどうなんだろう。
ドキドキしながら、竈の中の火に鉄を入れる。
じっくり熱してから作業台に移し、ハンマーで叩く。
……のだが、やはりというか、ハンマーがかなり重い。
これじゃ二、三回打っただけでもかなり疲れそうだ。
きっとあの細腕の女性は、かなり魔法レベルが高いのだろう。
だからあんな華奢な体型でも……そんなことを考えながらも、果物ナイフをイメージしてハンマーを振り上げる。
できれば!
数回で出来上がりますように!
じゃないと私の腕が保たない!!
そんな怠惰なことを考えて打った一投目。
パァッと鉄が光った、と思ったら、そこには――――。
「……ナイフができてる、わね」
グレンさんの呆気に取られた言葉通り、そこには光り輝く果物ナイフの刀身が出来上がっていた……。




