弟子入りしました!2
団長室を出た後、クリスは外にある訓練場へ向かい、その側にある木陰に入ると、周りを見回し、誰もいないことを確かめた。
「サク。いるか?」
もし誰かが見ていたら、何もない所に向かって話していると思われただろう。
しかし、クリスの呼びかけの後、しばらくしてゆらりと影が揺れた。
「オレを呼ぶなんて、珍しいな。仕事か?」
その声とともに現れたのは、淡い金髪に黒い瞳の、闇の精霊。
まるで新月を思い起こすような相貌から、クリスによってサクと名付けられた。
「そうだな、半分は仕事だ。ティアという少女を探ってほしい」
「ああ、話に聞いた、お前が助けたっていうガキのことか?実際に見たことはないが、ヤバイ奴なのか?」
どうやら変な想像をしているらしい。
いったい七歳かそこらのヤバイ奴とはどんな奴なのか。
はあっとため息をついて、クリスは事情を説明した。
「……なるほどな。話は分かったが、ひとつだけ言っておく。もしも他の精霊が関係していて、しかも精霊王の息がかかっていたとしたら、オレはそれに関して、お前にも誰にも話すことはできねぇ。掟だからな」
めったにない、魔法付与というスキルだけでも精霊が絡んでいるのは間違いなさそうだが、その上隠されていたというのであれば……と、サクは眉根を寄せた。
ただの精霊の気まぐれやイタズラであれば、話しても差し支えない。
しかし、精霊王の指示であるものや、その仕事に関わる行動のことは、言ってはいけないことになっているのだ。
特に他の属性の精霊の仕事に、安易に手出しをするのはまずい。
クリスもそのことはよく分かっている。
こくりと頷き、それで構わないと言う。
「にしても、理由の半分が“心配だから”か。女っ気のない、つまらねぇ男だと思っていたが、まさか幼女趣味か?」
けらけらと笑うサクを、クリスはじろりと睨む。
「……そういうわけではない。化粧が濃くて香水臭い女どもが嫌いなだけだ。それにティアは俺が連れてきたから、問題を起こされては困るし、最後まで面倒を見てやらないとと思っているだけだ」
だから、守ってやらなければというこの思いも、おかしな感情ではない。
そうクリスは心の中で、自分に言い聞かせた。
へえ?と未だにやにやするサクをもう一度睨む。
どうやら信じていないようだ。
「まあ良いさ。オレたち精霊にとっちゃ、多少の年齢差なんてあってないようなモンだからな。とりあえず内容は理解した。あんまり期待せずに待っててくれ、ご主人サマ」
そう言うと、サクは影の中に溶けていった。
自分の契約精霊のくせに、あいかわらず随分と自由な奴だと思う。
「契約精霊……か」
その存在を大っぴらに公表している者もいるが、そうではない者もいる。
自分のように、家族や友人など数人にしか知らせていない場合もある。
団長や副団長は知っているが、それ以外の者に言うつもりもない。
「もしも……いや、考えても無駄だな。とりあえず、あの子がやりたいことを自由にやれて、穏やかに暮らせるならそれで良い」
『おかえりなさい!』そう言って毎日、笑顔で帰りを迎えてくれるティアの姿を思い出して、クリスはそっと微笑んだ。
そして、今夜の夕食は何だろうかと、どうでも良いことを考えて、踵を返すのであった。
* * *
「わあっ!アラン、街が見えてきたよ!」
騎士団寮を出た後、アランと一緒にしばらく歩き、途中で乗り合い馬車に乗った。
馬車に乗るのなんて、儀式の日以来だ。
といっても、貴族の乗るようなきらびやかなものではなく、簡素な作りのものだが。
それでも、普段乗る機会のない乗り物に乗るというのは、わくわくするものである。
さっき馬にも触らせてもらったけど、大人しくてかわいかった。
平気なんだねってアランが驚いていたけど、一度クリスさんに乗せてもらったし、こう見えて私は前世から動物が大好きなのだ。
実家には結構大きい犬がいたし、ひとり暮らしを始めてからは、アパートでペットは飼えなかったけど、本当は猫も飼ってみたかった。
だから、猫の姿のルナが来てくれた時はすごく嬉しかったんだよなぁ。
ちなみに今日は、精霊の姿で私の肩の上にいる。
ペットショップとかでインコとかハムスターを見るのも好きだったし……。
鳥はともかく、この世界にもハムスターっているのかしら?
そんなことを考えていると、鍛冶屋のある街に着いた。
騎士団寮を出て三十分くらい?意外と近い。
駅で降りて、しばらく歩くとすぐに目的の鍛冶屋さんに着いた。
いよいよだ……!
初めての鍛冶屋、どんな所なんだろう?
前世からのイメージだと、火を囲んで屈強な男の人たちが汗だくでカンカンと鉄を打ってる感じなんだけど。
「楽しみね」
「うん」
ルナにこっそりと返事を返すと、扉の取っ手に手を掛ける。
ドキドキしながら開くと、いらっしゃいませー!と店員さんが迎えてくれた。
「あら、アラン様、お待ちしておりました。随分とかわいらしい女の子を連れていますが、ひょっとしてその子が?」
「あ、はい!ティアと申します。今日はよろしくお願いします」
茶髪の明るいお姉さんは、すごく感じが良く、ちょっとかがんで、私に目線を合わせて挨拶してくれた。
アランとも顔馴染みらしい。
きょろきょろと店内を見ると、見本用だろうか、剣や弓矢などの武器の他に、包丁やカトラリー等の生活品、それに鍬や鎌などの農具なんかも置かれていた。
作るだけでなく、販売もやってるのかな。
鍛冶屋っていうから、もっと店内がごちゃごちゃしているのかなと勝手に思っていたのだけれど、意外とスッキリしている。
それに、結構オシャレだ。
そんな私の様子を見て、お姉さん――――リナさんは色々丁寧に説明してくれた。
この店は、主にオーダーメイドで作っているが、やはり少しだけ既製品の販売もしているらしい。
繊細な仕事が評判で、騎士団では矢じりを頼んでいるのだと、アランが教えてくれた。
「剣とか槍は別の所で頼んでるんだけどさ。ティアの話を聞く分には、こっちの方が向いてるだろうって副団長が」
確かに私が目指しているのは、カトラリーのような生活品やインテリア、それにアクセサリーなどを扱うお店だ。
そこに、ついでに手芸品も置けたらなと思っている。
鍛冶師目指すなら武器だろ!って決めつけずに、私の話をちゃんと聞き入れてくれているあたり、カイルさんは気遣いができる人だなぁって思う。
繊細な仕事が評判っていうのなら、ここで学ぶことは多いはずだ。
そしていよいよ作業場に案内してもらう。
――――の前に、リナさんがなんとも言えない顔で私を見た。
「その、ちょっと驚くかもしれないけど、大丈夫だからね?」
よく意味は分からなかったけれど、とりあえず、はいと返事しておいた。
なんだろう、すごく汚いとか?
それならば騎士団寮で経験済みだから、大丈夫。
そして案内されてお店の奥にある扉を開くと、短い通路があり、その先にある扉の向こうが作業場らしい。
キィン、カーンと、予想通りの音も聞こえてきた。
さあ、気を引き締めてしっかりと学ばなきゃ! そう気合を入れて、リナさんが開けてくれた扉をくぐる。




