魔法付与4
とりあえず、アイテムバッグ作りのためには、時空魔法の特訓が必要ってことね。
そこでルナにお願いして、時空魔法を教えてもらうことにした。
「じゃあ、さっそく使ってみましょうか。まずは、時間を巻き戻す魔法からね」
そう言うと、ルナはきょろきょろと部屋の中を見回し、窓際にあった植木鉢を指さした。
今朝つぼみが開いたばかりのものだ。
その花の時を戻してみてと言われる。
やってみてと軽く言うけれど。
……そういえば、魔法を習い始めたばかりの頃は、うまくいかない時もあったっけ。
懐かしい。
イメージが大切って言われ続けてきて、前世の記憶が戻ってからはすごく魔法が使いやすくなった。
ゲームとか映画とかに色んな魔法が出てきて、その記憶があるからね。
そりゃ普通の子どもよりもイメージは豊かだろうさ。
だからこれも。
つぼみだった頃の姿をイメージして……。
「時間逆行」
目を閉じて詠唱する。
すると、体に魔力が巡るのが分かった。
そこに、恐らくルナのものだろう、時空の魔力が重なり、掌から放出される。
銀色のキラキラした粒子が植木鉢を囲むと、咲初めの花びらが徐々に丸まって、つぼみの形になる。
やった、成功だ。
「ティア、とっても上手!一度で成功させるなんてすごいわね!」
「そう?ルナが力を貸してくれたおかげかな?」
ルナが机の上でぴょんぴょん跳びはねて、喜んでくれた。
「それができたら、少しずつ遡る時間をもっと前にしたり、逆に時間を進める魔法、あとは時間を止める魔法なんかを練習すると良いわね」
「はい、ルナ先生。ご指導よろしくお願いします」
まるで先生みたいに振る舞うルナにそう応えると、照れながらも嬉しそうに笑ってくれた。
ふふ、褒められたり頼りにされると嬉しいのは、精霊も同じなのね。
この世界では、なかなか私を褒めたり頼りにしてくれたりする人はいなかった。
でも。
『おおーっ!予想以上のカッコ良さ!』
『……ありがとう、ティア』
今、ここには確かに私を認めてくれる人たちがいる。
「よーし!私も時空魔法のレベル上げ、家政婦の仕事、それに頼まれたアイテムバッグ作り、頑張るわよ!見て見て、ケイトさんが古いけどって、ミシン貸してくれたの!」
私だって、自分に自信を持って生きていきたいから。
* * *
一方、セレスティアは病気だと偽って、家出を隠していたエーレンシュタイン侯爵邸では――――。
「ああもう、また紅茶がぬるいわ!淹れ直して頂戴!」
エーレンシュタイン侯爵夫人、スカーレットが、午後のティータイムを愛娘のシャーロットと共に楽しんでいた。
しかし、紅茶がすぐにぬるくなってしまうことに苛立ち、侍女に何度も淹れ直させていた。
まただ。
スカーレットは思った。
ここ最近、今までは飲み干すまで温かく保たれていた紅茶が、すぐに冷めてしまう。
外出先の茶会などでは、多少冷めるのが早くても、温度や環境も違うだろうから気に留めなかった。
しかし、なぜか変わらぬ環境下であるはずの侯爵邸でもそれが起こっている。
それも毎日。
なぜだと侍女に聞いても、分からないと怯えられるだけだ。
「変わったことといえば、今まで使っていたセレスティアお嬢様が作ったポットカバーを汚してしまったので、違うものに取り替えたくらいで……」
前世の知識から、蒸らし時間を短縮できて便利だと、セレスティアが教え、アンナから勧められたティーポットのカバー。
確かに便利だと、エーレンシュタイン侯爵邸では紅茶を淹れる際に使われていた。
「はぁ?蒸らし時間を短くするためのものでしょう?それが変わったからといって、冷めやすくなるわけがないわ!」
そう、スカーレットが言っていることは正しい。
カバー自体には、カップに淹れたお茶を適温に保つ効果などない。
魔法が付与されていないならば。
「スカーレット、落ち着け。少しくらい紅茶がぬるいからといって騒ぐな」
そんなスカーレットを嗜めたのは、夫であるエーレンシュタイン侯爵、アデルバートだ。
今日は公休日であったため、普段ならばいるはずのない昼間に、屋敷で寛いでいた。
「それよりも、私が気になるのは寝具だ。最近寝苦しい」
「ああ、それは私も感じておりました。暑くなってきたからかと思い、涼しいものを用意するよう伝えたのですが……」
ちらりとふたりが侍女に目をやると、侍女はびくりと肩を震わせた。
「な、夏用のものを準備したと聞いております。室内は適温のはずですので、それ以上は……」
そうは言うが、今までの夏用の寝具はひんやりとしていて、暑さで寝苦しくなることなど、ほとんどなかった。
そこで寝具を変えたのかと聞けば、いつも使っているものの新品だと返される。
ならば、なぜ。
「ああ、そういえば以前のものは、セレスティアお嬢様が刺繍やレースを施しておりました。だからといって寝心地には関係ないと思いますが……」
思い出したかのような侍女の言葉に、夫妻は目を丸くする。
まただ。
また、セレスティアだ。
実はこのところ、こうした些細な変化がいくつもあった。
それは本当にわずかだが、不便や不快な点がいくつも出てきた。
そして、それには大体セレスティアが作ったものが関係していた。
「あれは、まだ見つからんのか。ベンデルには病気だと言って顔合わせを延期しているが、そう長く延ばせるものでもない」
保留にしたままの婚姻の話のこともあって、アデルバートはさらに苛立つ。
「……ほんと、お姉様って腹が立つわ」
そこに、ぽつりとシャーロットが呟いた。
「?シャーロット、なにか言った?」
「いいえ?季節の変わり目ですから、体調を崩さないように気をつけて下さいね、お父様、お母様」
そう、天使のような微笑みでシャーロットが両親を気遣えば、優しい子だとキスを返される。
好色爺に嫁がせられなかったことも残念だし、まあ邪魔者がいなくなって良いかと思っていたら、未だにこうして話題に上る。
そのことがとても不快で、シャーロットはすっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干すのであった。




