不遇人生は意外と気楽1
本日2話目の投稿です。
このお話、キリの良いところで切っているので、文字数はかなりバラつきが出るかもです……
「うーん、今日も平和ね。刺繍が進むわ」
春も過ぎ、初夏の風が吹き始めた頃、私ことセレスティアは、のんびりと自室で趣味の刺繍に耽っていた。
あの儀式から八年。
あれ以来、私は両親から見放されて不遇の生活を強いられている。
……といっても、前世で庶民だった私にとっては、食事も衣服も簡素とはいえ十分上質なものだし、今の両親からの愛情も特に必要としていない。
中身は大人だしね、今さら甘えたいって気持ちもないもの。
それでも、神様からジョブを与えられたあの儀式が、私にとっての人生の分岐点となったことは間違いない。
ここは、クラインシュミット王国の王都、クラウベルク。
神様から命を授かり、精霊たちの恩恵を受ける世界。
そう、私はいわゆる“異世界転生”をしたらしい。
前世の記憶を取り戻すきっかけとなったのは、あの儀式。
この世界では、七歳になった子どもたち全員が、神様にジョブを与えてもらうために、あの儀式に参加する。
儀式は花の節句、前世でいう春節に行われる。 ジョブが決まるということは、その後の人生が決まると言っても過言ではない。
つまり貴族にとっては、その優劣が決まる重要な場と言える。
その重要な儀式で、私は侯爵夫妻である両親から見放されることになった。
……まあ、つまりハズレジョブを引いたということだ。
私に与えられた“鍛冶師”というジョブ、これは、一般的には平民が持つジョブなのだ。
代々魔力が高い家系のエーレンシュタイン家の長女とあって、魔術師あたりを望まれていたし、私自身もきっとそういうジョブを与えられるのだろうと思っていた。
しかし結果は、まさかの“不遇職”。
両親は、私から一切の興味を失った。
それまでは手が掛からない良い子と言われてきたのに、可愛気のない子と言われるようになった。
真面目に座学に取り組んでいれば、勉強熱心ねと褒めてくれたのに、無駄な努力ねとけなされるようになった。
そして侯爵家の令嬢として恥ずかしくないように!といつも飾り立てられていたのが嘘のように、簡素なドレスに身を包むようになった。
まあゴテゴテしたドレスよりも、シンプルなワンピースの方が動きやすくて、私は好きなんだけれど。
そんな両親の愛情だが……、今はそのすべてが二歳下の妹である、シャーロット=エーレンシュタインに向けられている。
緩やかに流れる淡いストロベリーブロンドの髪に、清らかなライトブルーの瞳の妹は、はっきり言ってかわいい。
十四歳らしい快活さと初々しさ、そしてそれが似合う可憐な容姿は、同じ女の私から見ても魅力的だ。
あ、一応私もそれなりの美少女である。
妹とはかなり系統が違うが、プラチナブロンドのストレートヘアーに、ミステリアスなブルーグレーの瞳。
今は十五歳なのでまだ幼さも残るが、あと五年もすればかなりの美人になるはずだ。
良くも悪くも平凡な容姿だった前世との違いに、記憶が戻った日の夜はまじまじと鏡を見つめたものである。
まあそんな容姿も、両親から言わせれば地味なのだそうだ。
そりゃあ目立つ色合いではないけれど、十分キレイだと思うんだけどな。
絵に描いたような美少女の妹と比べられても困るというものだ。
そんなわけで、両親はドレスやアクセサリー、化粧品など、お金をシャーロットにつぎ込んでいる。
期待通りの魔術師というジョブを与えられてからは特に、優秀な婿養子をとるためにと、せっせと投資しているようだ。
シャーロットがかわいいのは認めるが、外見だけ磨いても仕方ないと思うんだけどなぁ。
魔法の素質があるとは言え、勉強や訓練はしっかりすべきだと思うし。
せっかく備わった特性は、活かさないと損だと思うのよね。
あ、ちなみに私は鍛冶師というジョブを与えられたことを、ちゃんと受け入れている。
貴族として、この先の人生に希望が持てないということも。
だからいつか家を出て、平民としてでも良い、鍛冶師としてやっていけたらなと思っている。
せっかくもらったジョブなんだし、私に向いているはずなのだから。
そして万が一のために、習わせてくれている歴史や言語の勉強は進んで行っているし、魔法の特訓だって毎日コツコツやっている。
身につけた知識や技術は、何かしら役に立つものだからね。
でも、肝心の鍛冶についてだけど……。
鍛冶師って、火の中で刀とかをトンテンカンテンするあれよね?
火の魔法は役に立ちそうだけど、さすがに侯爵家で暮らしていて、鍛冶の修行はできない。
あんまりよく知らないけど、もの作り系よね?と思っていたら、座学の先生がアクセサリーや小物を作る人もいるんだって教えてくれた。
それなら、私にもできるかもしれない。
そう思った私は、とりあえず前世から得意だった刺繍や編み物に精を出し、この世界での流行をとらえてセンスを磨くことにした。
刺繍や編み物なら、令嬢として嗜んでも何ら問題ないものね。
そういうわけで、今も空いた時間に刺繍をしていたのだ。
「とは言え、問題はどうやってこの家を出るかなのよね……。私も誕生日が来たら十六、成人しちゃうし、このままだと婚約者をあてがわれそうな気がする」
どうやら不遇職を持つ私を、両親はお金持ちの低位貴族に嫁がせようと思っているらしい。
侯爵家の令嬢を迎えたと箔をつけたい者と、厄介者をさっさと始末したい両親。
ウィンウィンの関係になれば、話は早く進んでしまうだろう。
まあ、相手がちゃんと私を尊重してくれるような人なら、そんな人生も良いのではないかとは思っているのだけど。
「うーん。そんな奇特な人、多分いないわよね」
あまり夢は見ない方が良い。
それだけ不遇職を得た貴族というのは、厄介者扱いされるのが常なのだから。
「あ、もう少しで講義が始まるわね。アンナが呼びに来る頃だわ」
乳母のアンナは、こんな私にも親身になって接してくれる、数少ない存在だ。
そろそろ時間ですよと、いつものように迎えに来てくれるはずだ。
そんなことを思っていると、ドアがキィッと開き、鈴を鳴らして一匹の猫が現れた。
「にゃあ」
「あれ、ルナ?ふふ、お前が迎えに来てくれたの?ありがとう」
とてとてと近寄って来るルナを抱き上げると、頭を撫でてお礼を言う。
ルナは少し前に怪我をしているところを助けた、紫がかったグレーの毛並みと金の瞳の猫だ。
ロシアンブルーに似ているルナは、助けた時はすごく汚れていて気付かなかったけれど、丁寧に洗ってあげるととても綺麗な猫だった。
怪我はもうすっかり治ったんだけど、こうして懐いてくれているので、首に鈴をつけてあげたのだ。
そして、金の瞳が月みたいと思ったので、ルナと名付けた。
こうして時々遊びに来てくれる、今では一番の友達だ。
「三日ぶりかしら?せっかく来てくれたんだけど、ごめんね。今から勉強の時間なの。よかったらここでお昼寝でもしてて」
私の言葉に返事をするように、ルナがにゃあと鳴いた。
ルナは、こちらの言葉が分かっているのではないかと思うくらい賢い。
きっと今日も、ここで私の帰りを待っていてくれるだろう。
「セレお嬢様、お時間ですよ……っと、あらルナ。また遊びに来ていたのね」
そこへ、アンナが呼びに来てくれた。
アンナもルナのことは見逃してくれていて、こうして頭を撫でたりしてかわいがっている。
その手からするりと抜け出すと、ルナはぽすりとソファに座ったので、私はいってきますと手を振って、アンナと一緒に講義を受ける部屋へと向かった。
シャーロットは春生まれ、セレスティアは秋生まれ、現在初夏、という設定です。
そのため、一見年の差が一歳のようですが、セレスティアの誕生日が来れば二歳差、ということになっております。
分かり辛くて申し訳ありません(^^;)




