自立への第一歩2
「何を騒いでるんだ?」
「おや、今日はお嬢ちゃんも作っているのか?」
わははと笑うアランを睨みつけていると、クリスさんとカイルさんがやって来た。
クリスさんもこの独身寮に住んでいる。
ちなみに彼の部屋は、最低限の物しかない、とても綺麗な部屋だった。
もし汚部屋だったら、きっと私はこんな美形でクールな騎士様が……!とショックを受けていただろう。
イメージは大事なのだ。
アランは年ごろの男の子らしい、散らかっているなぁという程度。
カイルさんは割と片付いてはいるが、物が多くて落ち着かない感じ。
みんな若いし、大人の本とか出てきそうだなーとか思っていたのだが、掃除中にそんな物が出てきたことはなかった。
……恐らく、幼女に見せるわけには!と、なけなしのプライドで隠したのだろうと思っている。
ないわけはない。
弟たちだって持っていた。
私がそんなことを考えていると、アランが今の話の内容をふたりに話して聞かせていた。
「へえ、お嬢ちゃんは鍛冶師だったのか」
「はい。まだ全然勉強不足なんですけど、いずれは……と思っています」
カイルさんの分の朝食を配膳して手渡す。
目の前で焼いたオムレツを見て、目を丸くしている。
意外とちゃんと形になってるなとか思ってそうだ。
「……好きなことをジョブに活かせるのは、良いことだ」
クリスさんもオムレツを受け取りながら、そう言ってくれた。
そうだよね、好きなことを仕事に活かせるって本当に幸せなことだ。
好きなのに向いてない、気乗りしないけどその能力がある、っていうのもよくある話。
まあ好きだからこそ、仕事にはせず、趣味の範囲内でやる方が良いってこともあるけれど。
だけど、私はやってみたい。
神様が与えてくれたんだもの、きっと私にも何かできるはず。
「はい!これから頑張ろうと思います」
そっけない態度だけど、クリスさんが少しだけ笑って返してくれる。
クリスさんやアランのように、応援してくれる人がいるってとても嬉しいことなんだなと、この世界に来て初めて思った。
私、ここに来ることができて良かった。
ぽんぽんとクリスさんが頭を軽く撫でてくれて、胸がくすぐったくなる。
すると、ざわっ!と向こうの方で朝食をとっていた騎士たちからざわめきが聞こえた。
?どうかしたのかな?
「あ!なあ、裁縫や刺繍が好きなら、オレにもなにか作ってくれない?」
配膳台のすぐ側のテーブルでおかわりを食べていたアランが、はいはい!と手を上げながらそう言った。
「ほら、人にあげるものの方が作りがいあるじゃん?ティアが上手なのはこの前繕い物やってもらって知ってるし、興味あるなぁと思って」
なるほど。
確かに行き先のないものを作ったり、繕い物ばかりするよりも、その方がやりがいがある。
「うん、良いよ。なにが良い?」
「んー腕輪とか?オレ、赤が好きだから赤い糸で作って欲しいな!」
ミサンガみたいなものかな?家政婦の仕事があるのであまり時間は取れないが、それくらいなら二、三日あればできそうだ。
長さとかデザインを決めたいので、後で打ち合わせをさせてもらうことにする。
そういえば、作ったものを誰かにあげるって、アンナやルナ以外にはしたことがない。
侯爵家のものにちょっと刺繍したりはあったけど、プレゼントとは違うし。
そう考えると、ちょっとワクワクしてきた。
「へえ。アラン、良いことを考えるね」
「あ、ダメっすよ副団長。オレが先ですからね!」
アランの前に座ったカイルさんも、オムレツをひと口食べて美味しいと言ってくれた。
そういえばカイルさんはお菓子が好きなんだっけ。
仕事に慣れたら、ケイトさんにお願いしてお菓子も作ってみようかな。
「……俺は向こうで食べてくる。じゃあな」
するとクリスさんは、朝食を持って離れた席へと行ってしまった。
どうしたんだろう、さっきはすごく優しい顔をしていたのに。
「おや、嫉妬かな?アラン、後でしごかれるかもしれないぞ」
「ぶっ!まさか、クリス隊長に限って?」
にやにやするカイルさんに、アランがオムレツを吹き出しそうになる。
ええ、嫉妬? 誰が誰に?
「そりゃあクリスがアランにだよ。一匹狼であまり他人に心を許さないあいつが、まさか君には笑顔を見せて頭を撫でるなんてね。ほら、他の騎士たちも驚いていただろう?」
さっきのざわめきはそれだったのか。
それはそうと、一匹狼?
「でもクリスさん、出会ったときから優しかったですよ?襲われそうになったのを助けてくれた時も、その……泣き止むまでずっと頭を撫でてくれてたし」
あの時のことを思い出すと少し恥ずかしくなるが、まぎれもなく事実だ。
クリスさんは最初から優しかった。
しかし、先程とは比にならないくらいの驚きの声が、周りからあがった。
あれ?これ、私ってば余計なこと言ったかしら?
「へえ?それは興味深いね。では先程の話も、ひょっとして複雑な思いで聞いていたかもしれないね」
カイルさんが言うには、それ程気に入った私が自立して出ていってしまうのは、寂しいと思っているのではないかということだ。
うーん。
さっきアランもそう言ってくれたけれど、会ったばかりの私にそんなこと思うかしら?
それに、もしお店を持てたとして何年後の話よ。
クリスさんやアランが結婚して出ていく方が先なんじゃない?
ここは独身寮なのだ。
セドリックさんのように、既婚者は出て行くことになる。
「おや、その顔は信じていないね?まあ良いさ。その内クリスの行動がどれだけ珍しいことなのか、分かるだろう」
くすくすと笑うカイルさん、これは面白がっているな。
まあ悪い人じゃないから、別に良いんだけど。
「でもさ、案外早く店を持てるようになるかもしれないぞ?オレたちを起こす時に使ってる、えーっと、めがほん?あれ便利だよな!新しい便利アイテムを作るには、そういう発想が大事だろ?」
「え?あ、そう、かな」
なんだろう、アランの素直な褒め言葉がすごく嬉しい。
きっと裏表のないアランのことだ、本音で言ってくれているんだろうなって思えるからだろう。
思わず頬を緩めると、かわいいなーと頭をぐりぐりされる。
ちょっと髪!
乱れるから止めて!!
「……アラン、冗談ではなく、この後の訓練は覚悟しておいた方がいいぞ」
そんな私たちをじっと見ていたカイルさんが、ごちそうさまと席を立つ。
その言葉の意味が分からなくて、私とアランは顔を見合わせて首を傾げる。
離れた場所で食べていたクリスさんが、ものすごく顔を顰めていたのに気付かなかったから。




