自立への第一歩1
「みなさーん、朝ですよー。ご飯できましたよー!」
私のこのひと言で、ここ、王立騎士団独身寮に住む団員たちが、各々の部屋から一斉に食堂へと集まる。
その声は、お手製メガホンを使って風魔法を利用し、みんなの部屋へと届けている。
ひとりひとり起こして回るのはなかなかに大変なので、どうにかならないだろうかと考えたのがこれだ。
前世の知識を活かしつつ、魔法の要素も取り入れてみたのだが、これがなかなかに使えるのだ。
言うなれば、魔力を使った拡声器みたいなもの。
でも、ただ声が大きくなるのではなく、目的地まで届けるってところが便利なポイントね。
「ティアに起こされると、目覚めが良いんだよな!そしてこれだけメシが美味いなら、すぐに食堂に来たくなるな!」
はぐはぐと朝食のチーズオムレツを頬張って、アランがそう言う。
十六歳の成長期である彼は、やはりと言うべきか、よく食べる。
朝からすごいね。
初日の夕方に再会し、呼び捨てで良いと言われたのでアランと呼ばせてもらっている。
第一印象と変わらない人懐っこさで、寮のことを色々教えてくれるし、なにかと気にかけてくれるので、私もすっかり打ち解けた。
「もう、そんなこと言っても、おかわりはひとり一回だけだからね?」
……会話はまるで姉弟のようだと言われるけれど。
でも確かに、前世のすぐ下の弟にちょっと似てるんだよね。
甘え上手なところとか、こんな風に美味しそうにご飯を食べてくれるところとか。
アランといると、自然と笑顔になっていることが多いなって自分でも思うし。
「ティアちゃんが来てくれて、本当に助かったよ。私も年だから、この大食らいの騎士たちの食事の用意だけでも大変でねぇ。掃除までなかなか手が回らなかったから、初めてきた日はびっくりしたでしょう?申し訳なかったね」
「あ、はは……。まあ、男の人ばかりだと、仕方ないですよね」
このかわいらしい上品なおばあちゃんが、家政婦のケイトさん。
白髪交じりの淡い金髪をきっちりとまとめていて、エメラルドグリーンの瞳もとても綺麗な方だ。
元々は貴族の出で、若くして騎士だった旦那様を亡くして、この独身寮でずっと働いているんだって。
若い頃はきっとすごくモテたんだろうなぁって思う。
この独身寮でお世話になるようになって、一週間が過ぎた。
初日の談話室の掃除の後、私はさらなる汚部屋ツアーに参加することとなった。
食堂やお風呂場は綺麗だったんだけど、驚愕したのは騎士たちの部屋だ。
少数だが、小綺麗な部屋もあった。だが、大半は汚部屋だった。
さらに酷い、腐海の森のような部屋もあった。
立派な騎士様は違うと思った私は、間違っていた。
ここは、ただのむさ苦しい男子寮だった。
夕食までゆっくりすれば良いと言われたが、こんな部屋を放っておくことなどできない。
焼き払ってしまおうかと半ば本気で思うほどだったが、そんなことができるわけもなく、手袋・口元を覆う布・帽子など完全防備で掃除にあたった。
……正直、あまり記憶がないのだが、鬼気迫る勢いで雑巾がけをしていたと、後に腐海の部屋の持ち主に聞いた。
そんな調子でこの一週間、騎士たちの部屋を掃除して回っていたのだ。
ようやく昨日、全部の部屋がそれなりに人の住む部屋として見られるようになり、今日からは掃除以外の仕事の手伝いも、本格的に覚えていくことになった。
今まで食事の手伝いは、騎士たちを起こして呼ぶことと配膳だけだったのだが、とりあえず一品だけということで、チーズオムレツを作ってみた。
体が小さいからフライパンの扱いが上手くいかないこともあるが、まあまあ美味しくできたと思う。
「何これ!?うまっ!」
「オムレツがふわふわだぞ!?」
オムレツを口に入れた騎士たちから歓声が上がる。
ふっふっふ、そうでしょうとも!
ふわふわオムレツといえばメレンゲを入れるスフレオムレツ。
だが、超!面倒くさい!!
なので簡単にふわふわを目指すなら、ヨーグルトを入れれば良い。
体に良い発酵食品だし、栄養価の高い卵やチーズと組み合わせれば、体力を使う騎士たちにはもってこいの朝食となる。
チーズの塩気で味付けいらずだしね。
「まだ小さいのに、裁縫だけじゃなくて料理まで上手なんて、ティアって何者?」
おかわりーとオムレツの皿を突き出し、アランが聞いてくる。
「好きだから、たくさん練習して少しばかりできるようになっただけだよ」
本当は十五歳だし、なんなら前世では三十歳越えてました〜なんて言えない。
頬が若干引きつりながりも、笑顔でお皿を受け取る。
「本当は、一番好きなのは裁縫とか刺繍、編み物なの。でも与えられたジョブは鍛冶師でね。だから、アクセサリーとか刺繍したハンカチとか、そういう女性向けの物を扱うお店が持てたらなぁって、今は思ってるの」
おかわり用の少し小さめのオムレツを焼きながら、この一週間で考えていたことを話す。
ずっとここでお世話になるのも居たたまれないし、どうせなら、お店を開くのも楽しそう! って。
もちろん、そう上手く何でもできるわけじゃないって分かっているから、しばらくはこうやってお手伝いをしながら、勉強しようと思っている。
エーレンシュタイン家では学べなかったから、鍛冶師について、私は何も知らない。
「へえ、ティアはもう儀式済ませたんだ。じゃあ七歳?八歳かな?」
「あ、うん。次の誕生日で八歳だよ」
そうだった。
自分の中では七歳くらいかな〜って曖昧な感じでいたけれど、儀式を受けた設定でいくなら、七歳ってちゃんと決めておかないと。
「店かぁ。ここを出ていかれるのは寂しいけど、鍛冶師なら納得だな。元々は商人の娘だったんだっけ?良いジョブもらえたな!」
「……うん。ありがとう」
アランの言葉が嬉しくて、焼き立てのオムレツを乗せた皿を満面の笑みで差し出す。
あの儀式の後、鍛冶師というジョブを与えられた私にそんな風に言ってくれる人は、誰もいなかった。
アンナでさえ、魔術師だったなら……と言っていた。
でも、私は鍛冶師だって悪くないと思っていた。
それだって、立派に人の役に立っているジョブだ。
平民が持つジョブだって、貴族のみんなは馬鹿にするように言うけれど、騎士が使う剣も、魔術師が使う杖も、彼らが作っている。
それに、女性を彩るアクセサリーだって。
平民のジョブだからって先入観で見下すばかりで、とっても素敵な職業だって、どうして思えないんだろう。
私は前世の記憶があるから、そう思うだけかもしれないけれど。
「へえ。ティアって思いっきり笑うと、すごくかわいいな」
「……!は!?」
そんなことを考えていると、思いがけずアランに笑顔を褒められて、ぼっと顔が赤くなる。
「あ、赤くなった。はは、かーわいー」
「っ!もう!からかうなら、おかわりはナシだからね!」
さっとお皿を引こうと思ったのだが、あっけなくアランに取られてしまった。
くっ……子ども相手だから恥ずかしげもなく言ったのだろうが、こちとら中身は立派な乙女なのよ!




