王立騎士団1
「へえ、このお嬢ちゃんがひとりで森に?」
「すごい美人さんだねー!こんにちは!恐くないからお話ししてねー?」
「こらこらお前たち、こんな小さい子をガタイのいい男が数人で取り囲んで、恐いに決まっているだろう」
騎士団棟に案内され、騎士たちの集まる談話室へと足を踏み入れた瞬間、そこにいた三人にわっと囲まれた。
目尻にホクロのあるお色気美形に、わんこ属性爽やか少年、たぶん位が高いだろうイケオジ。
いえ、恐いというか圧倒されているというか、目が眩しいというか……。
「……お前ら、ティアが恐がっているから離れろ」
むっつりとした様子でクリスさんが私をうしろから抱え、騎士たちとの距離をとる。
いや、クリスさん。あなたもその一員なんですけど?
すとんと下ろされその広い背中に庇われると、騎士たちが目を見開いてクリスさんを見た。
多分私と同じように、意外と子ども好き? と驚いているのだと思う。
するとイケオジがゆっくりと近寄ってきて、私の側に来ると、すとんとしゃがんだ。
「すまないね。そして、森で襲われるなんて大変だったね。恐かっただろう?大体のことは男たちを輸送した騎士に聞いてあるのだが、君からも少し話を聞きたい。向こうの部屋で話してもらえるかな?」
恐がらせないように、目線を合わせてくれたのかな。この人はたぶん良い人だ。
こくりと頷けば、ありがとうと頭を撫でてくれた。
わ、ちょっとぶっきらぼうなクリスさんとは違うけど、この人の手も大きくて優しい。
「あっ!団長ズルイです!オレも撫でたい!!」
「こらこら。かわいいから撫でたくなるのは分かるが、まずは移動して、話を聞くぞ。撫でるのはそれからだ」
わんこ少年をお色気青年が嗜める。
……って、結局撫でられることになるのかしら。
そしてイケオジは団長さんだったらしい。
あと、なぜかクリスさんが超絶不機嫌なんだけど……。
ちらりと横目で窺ったクリスさんは、一見すると無表情だが、真っ黒な不機嫌オーラが見える。
理由はよく分からないけれど、そっとしておこう。触らぬ神に祟りなしだ。
「あの、ルナも一緒に、良いですか?」
別室に移動することになったので、足元のルナを抱き上げてお願いする。
ここは談話室っぽいから聞かなかったけれど、事情聴取の場は仕事部屋のはずだ。
本当は違うけど、動物禁止と言われてしまう可能性もあるから、ちゃんと許可を取っておきたい。
……というか、やっぱり不安だからルナと離れたくないだけなのだが。
お願いします!と念を送りながら背の高い騎士たちを見つめると、四人は目を見開いてしばらく固まった。
「お嬢ちゃん、魔性?おねだり上手だね」
どうしたのだろうと思っていると、真っ先に石化を解いたのは、お色気青年だった。
「いや、あまりのかわいさに固まってしまったな。うちの子もこんな時期があったかな。覚えていないな……」
続いて我に返った団長さんが、遠くを見てそう呟いた。
団長って忙しそうだもんね。
でも、子どもに顔忘れられないように、仕事は程々にした方がいいよ。
ちょっぴりシュンとした姿に同情する。
「確かに、こんなかわいく甘えられたら何でも言うこと聞いてあげたくなっちゃいますね。ティアちゃんだっけ?猫ちゃんも一緒で大丈夫だよ!」
わんこ少年、ありがとう。
前世で三十路のお願いは誰も聞いてくれなかったけれど、ちょっとかわいい幼女のお願いは通りやすいようだ。
精霊王様、ありがとうございます。
「アラン、どうしてお前が許可を出すんだ。そして馴れ馴れしくするな、ティアが恐がる」
少年はアランというらしい。
そしてクリスさんが、しっしっとアランさんを手で追い払うようにしている。
いえ、別に恐がってはいないんですけど。
「まあとにかく、その猫が一緒の方が安心するのだろう?ならば、構わないよ。さあ、ついてきてくれ」
「!ありがとうございます!」
団長さんの言葉に、ぱあっと表情を明るくして答えると、騎士たちも微笑んでくれた。
良かったねとルナに笑いかければ、にゃあ! と元気に答えてくれる。
男たちに襲われそうになった時はどうしようかと思ったけれど、助けられたのがクリスさんで良かった。
騎士団の人たちもみんな良い人そうだし、事情聴取が終わったら、どこか良い孤児院がないか聞いてみよう。
この人たちなら、ちゃんと教えてくれそうだもの。
そんなことを考えながら、ルナを抱きしめて案内された部屋に入ると、シンプルだけど使いやすそうなソファとテーブルがあった。
ソファに促されて、ルナを膝に乗せて座る。おお、座り心地も悪くない。
騎士団って無骨なイメージだったけど、意外と小綺麗だし、見習いっぽい騎士の人がお茶も出してくれた。
ありがとうございますとお礼を言うと、にこやかに笑顔を返してくれたし、新人教育もちゃんとしてそうだ。
たぶん、この温和そうな団長さんの力なんだろうなぁと思いながらお茶を一口。
……うん、味はイマイチ。
そりゃ侍女とは違うんだし、美味しいお茶の淹れ方なんて騎士は学ばないよね。
でも、こんな子どもにちゃんと気を遣ってくれた、その心が大事なのだ。
ありがたくいただきます。
「では、いくつか質問するから、それに答えてくれるかい?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
え、団長さん自らですか?
この国の事情聴取ってそういうものなの?
少し戸惑いながらも、私は団長さんの質問にきちんと答えていった。
このあたりは事実を伝えれば良いだけなので、そんなに大変でもない。
貴族なら話は別だが、今は平民のフリをしているから、前世の警察のように身の上を事細かに聞かれることもないし。
貴族のご令嬢が行方不明!なんてことになったら、普通は大騒ぎだけどね。
まあ私みたいな不遇ジョブ持ちは、両親から捜索願い的なものも出されることはないだろう。
あ、でも金持ち男爵の件で怒ってはいるかもなぁ。
だけど逃げられたなんて恥だと思ってそうだし、騎士団に依頼してまで探しはしないだろう。
どのみち、この幼女姿じゃ誰も十五歳のセレスティアだとは思わないよね。
精霊王様、本当にありがとうございます。
質問の受け答えが無事に終わると、団長さんはクリスさんを呼んで部屋を出て行ってしまった。
すぐに戻ると言っていたので、お茶を飲んで待っていると、アランさんの袖口のボタンが取れかかっていることに気付いた。
「あ、それ……」
「ん?あちゃー、ボタン取れそうになってんね。参ったな」
「良かったら私、直しましょうか?」
「え?ティアちゃん、裁縫できるの?じゃあ、お願いしてみようかな」
アランさんは、驚きつつも上着を脱いで渡してくれた。
まあ確かに、七歳そこそこの子どもが本当にできるのか?って疑問に思う気持ちは分かる。
でもこの世界では、好きな子なら割とできる子が多いですよって昔アンナが言っていたから、私ができてもそこまで不思議じゃないはずだ。
精霊王様に容量を拡げてもらった、小さめのポシェットからソーイングセットを取り出し、手早くボタンを付け直す。
「へえ!上手だね。ありがとう、助かったよ」
「ふぅん?お嬢ちゃん、器用だね」
お色気青年まで、まじまじと上着を覗き込んできた。
ふふん、これくらいなんてことないわ!
「オレ騎士団の独身寮で暮らしてるんだけどさ、家政婦さんが高齢で、なかなか仕事が回らないみたいで。こういうのも頼み辛いんだ」
「そうなんですね……」
確かに針仕事は、目が悪い高齢の人には大変な作業だ。
それならばと、待っている時間に繕い物が他にもあるなら引き受けますよと伝えたところ、ふたりは上着やマントのほつれを直せるかと渡してきた。
ルナもここ!と言わんばかりに、ほつれた場所をてしてしと叩いている。
うん、そんなにひどくないし、これくらいならそんなに時間はかからないかも。
そうしてクリスさんと団長さんを待つ間に、ふたりと話しながら繕い物をすることになった。




