黒の騎士3
「――――ア、ティア、起きろ」
「ん……?やだ、まだ寝る……」
もう、せっかく気持ち良く寝ているのに起こさないでよ。
このあったかいお布団、放したくない。
きゅっと手近な布を掴み、顔を埋める。
んん?このお布団、あったかいけど、なんだか硬い……?
そろりと瞼を開くと、目に入ってきたのは、漆黒の騎士服。
「……寝ぼけているのか?」
「えっ!?あ!?き、きゃああああーーー!!」
突然視界に飛び込んできた綺麗な顔に驚き、ぐらりと体勢を崩してしまった。
クリスさんはそれを何でもないように支えてくれて、私も膝の上にいたルナも間一髪、転落することなくクリスさんの腕に収まる。
あ、危なかった……。
「すまない、驚かせた」
「いえ、私こそごめんなさい……」
しかも私ってば、クリスさんの服を握って顔を擦り寄せたりしてしまった。
寝ぼけていたとはいえ、恥ずかしい。
にゃあとルナに呆れたような声で鳴かれてしまったし、一応侯爵家の令嬢なのにあんな醜態を晒してしまって情けない。
「そんなに落ち込まなくても。君はまだ子どもなんだから」
いえ、考えると恐ろしいことに、中身は五十歳近いんです。
まあそんなことを言えるわけもなく、体を前に向けて、赤くなった顔を隠すことしかできないのだが。
くすくすとうしろで笑っている気配がして、恥ずかしくてぷるぷる震える私に、ルナがまたにゃあと鳴いた。
「そう拗ねずに、前を見てみろ。ほら、王宮が見えてきた」
「うわぁ……!」
俯きがちだった顔を上げれば、そこにはきらびやかな王城が見えた。
イメージは中世ヨーロッパ風のお城。
前世でも実際に見たことはないが、こんな大きくて綺麗なお城、テンションが上がって当然だ。
うわーうわー! と目を輝かせていると、またうしろで笑われた気がする。
「ねえルナ、とっても綺麗ね!」
にゃあ! とルナも返事をしてくれた。
きゃあきゃあとふたりではしゃいでいると、門のところでクリスさんが馬を止めた。
一度馬から降りて衛兵と何事か話すと、またさっと乗り上がる。
「あの男たちもすでに到着しているらしい。これからきっちり聴取するから、安心してくれ」
そういえば森を抜ける時に、他の騎士があの三人を引き取りに来てたっけ。
どうやら私達がゆっくり走っている間に、先にこちらに着いていたらしい。
そうして門を抜け厩舎に着くと、馬を降りる。
乗る時もそうだったが、もちろんクリスさんに手伝ってもらって降りた。
そう、つまり先に降りたクリスさんに抱っこされて降りたということだ。
これでも一応、元・箱入りの貴族令嬢ですからね。
かなり恥ずかしかったけど、クリスさんはちっとも気にしてなかったし、体は幼女だから仕方ないんだけどね……。
「ティアは軽いな。ちゃんと食べているのか?」
しかも乙女ゲームのヒーローみたいなことまで言い出した。
「……標準ですよ。子どもですから、クリスさんみたいな鍛えていらっしゃる騎士の方には軽く感じるかもしれませんが」
その言葉に深い意味はない、自分にそう言い聞かせて、努めて冷静に返す。
しかし赤くなった顔までは隠せなかったようで、クリスさんは私を見てふっと笑った。
くっ……!これだからイケメンは!!
ぷいっと顔を逸らすと、すまないと謝りながらまた撫でられた。
この人、『子どもはうるさいから嫌いだ』とか言いそうな顔をしているのに、意外と子ども好きなの?
胡乱な目つきで見ると、深い色合いの瞳と目が合った。
森では暗くてよく分からなかったけれど、紫がかった黒い瞳をしていることに気付き、まるで上質な黒曜石みたいで綺麗だなと思った。
その目元が緩んで、どうした?と尋ねられれば、いつの間にか見とれてしまっていたことに恥ずかしくなり、さっと目を逸らす。
それでも頭を撫でる手は動きを止めないので、頬の熱は上がる一方だ。
「もうっ!子ども扱いしないで、そろそろ撫でるのを止めて下さい!!」
「子ども相手に子ども扱いして、何が悪いんだ?」
ぱしっとその手を払ったのだが、そう笑い飛ばされる。
くっ……確かに幼女だから、仕方ないけども……!
ははっと笑うクリスさんの笑顔が眩しすぎて、それ以上は何も言えなくなってしまった。
はぁ、よく考えたら私、儀式以来ろくに外出してないから、こうやってお父様や使用人以外の男性に会う機会がなかったし、イケメンへの耐性は前世を合わせてもほぼない。
無駄な抵抗かもしれないが、できるだけボディタッチは無しの方向でいきたい。
頭を撫でられそうになったら避けよう、うん。
私がわけのわからない決意をしていると、馬の世話をしている人たちからジロジロ見られていることに気付く。
? なんだかみなさん驚いた表情をしているんだけど、どうしたんだろう?
理由が分からなくて首を傾げていると、そろそろ行こうとクリスさんに手を引かれた。
……ん? 手?
「え!?あの、手を繋ぐ必要あります?」
「王宮は広いからな。迷子になっては困るだろう?」
いやいや確かにそうかもしれませんけどね? 一応私、中身は大人ですから大丈夫です!
と言うこともできず、そして結局ボディタッチを許してしまうことになったこの状況に、ため息をつきながら歩き始めたのだった。
ちなみに猫姿のルナも、さすがに話はしないが、にやにやしながらその後をちゃんとついてきていた。
もう! 後から覚えてなさいよ!




