表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

98/99

復讐と勘違い


「殺します」



「……は?」


 メノアはたまらず聞き返す。

 殺す? マリアは今殺すと言ったのか?


 ただ聖女に逆らっただけで?

 頑張って笑おうかと思ったが、マリアの目は本気だ。


「じょ、冗談だよね? ここはミルド国だよ? いくらララノア国で権力があったとしても、この国じゃ揉み消すことなんてできないよ」


「ご心配なく。死体の処理は慣れていますので」

「……意味が分からない。相手にするんじゃなかった。バイバイ」


 こんな茶番に付き合っていられない。

 殺すなんて馬鹿馬鹿しい。二度と聖女に楯突かないようにするための脅しか。

 マリアもSランク冒険者のメノアを本気で殺せると思っていないはず。


 しかも今のメノアは剣を持っている。そこら辺の人間には負けるはずがない。

 メノアはこの地下室から出ようとした。


「逃げるんですか?」

「……あのね、私とアナタじゃ勝負にならない。私がSランク冒険者だってこと知ってる?」


「もちろん知っています。だからここに呼んだんです」

「え――いっ⁉」


 メノアがドアノブを触った瞬間。

 その手に鋭い激痛が走る。

 これは……毒?

 痛い痛い痛い痛い痛い。今まで体験したことがない痛みだ。


「なに……これ」

「ドアノブに毒を塗っておきました。母がたまに使っていた毒です」


 やはり毒だった。手が燃えるように熱い。

 こんな手の込んだ罠を仕込むなんて、やはり最初からマリアはやる気だったのか。

 卑怯な真似を……。


「クソッ! じゃあアンタにも……!」


 メノアは毒に触れた右手をマリアに仕向ける。

 これで目にでも触ってやればマリアもただでは済まない。


 先に仕掛けてきたのはマリアの方だ。

 あっちがその気なら、こっちもただでやられるつもりはなかった。

 正当防衛であると同時に、聖女の悪事を暴くチャンス。


 この事実をララノア国に持ち帰れば、流石の聖女でも揉み消すことは難しいはず。

 しかも告発したのが、Sランク冒険者であるメノアともなればなおさら。


「このっ!」

「動きがぎこちない。対人戦は初めてですか?」

「う、うるさい!」


 メノアが掴みかかろうとしても、マリアには動きを簡単に見切られて全部躱されてしまう。

 こんなに狭い部屋だと言うのに、一回も触らせてもらえない。


 魔物の戦う時にはこんなことにならなかった。

 一体何が違うと言うのか。

 それはメノアが考えるまでもなく、マリアが説明してくれる。


「やはり。アナタは対魔物に関してはプロですが、対人間に関しては素人同然です。動きも予測しやすいし、私をしっかりと捉えられていません。剣を持っていても同じです」

「……いいよ。剣を抜きたくなかったけど、相当自信があるみたいだし」


 メノアは腰にぶら下げていた剣を抜く。

 確かに自分は剣術以外素人だ。

 殴り合いなんてしたことがないし、そんなことしたくもない。


 でも、剣とは十年以上過ごしてきたし、数百体の魔物を屠った実績もある。

 人間相手に剣を抜くのは初めてだが、マリアほどの自信があるなら勝手に怪我が軽いように避けてくれるだろう。


 毒のせいで右手にあまり力が入らないし、《旋律》も付与されていないこの状態。

 それでも剣と素手ならこちらに分があるはず。


「丸腰で剣に勝てるはずない――って考えてますね」

「……っ!」


「私はただ突進するしか能がない魔物とは違いますよ」

「黙れ! アンタも聖女も終わらせてやる!」


 メノアは今まで魔物を屠ってきた時と同じ動きでマリアを狙う。

 右腕一本。少なくともそれは覚悟してもらわなければ。


 後はマリアを捕らえ、ララノア国に連れて帰り、聖女と共に牢屋に入れてやる。

 ただ……マリアを殺そうという気はなかった。

 詳細に言うと、自分が人殺しになる度胸がなかった。


 右腕でも斬れば、マリアが勝手に降伏して自分に従うと思っていた。

 そんな、喧嘩もしたことがないメノアの甘い考え。

 マリアが嘲笑っていたのは正にそこであり、今回はそれが仇となった。


「え」


 魔物とは違って、マリアはメノアの目線、呼吸、足などを見て動きを予測している。

 メノアは魔物しか相手にしてこなかったため、フェイントなんてこともしてこない。

 何より、本気で人を殺そうとしていない。


 そんな一振りなら、スキルを使わなくても簡単に避けられる。

 そして。


「あぐっ⁉」


 マリアの手に握られたのは注射器。

 もちろんシリンジに中身も入っている。


 メノアの背後に素早く回ると、マリアは注射器をその白く細い首に突き刺した。

 メノアが抵抗するよりも先に、ピストンが一定の速度を保ったまま押され、中身が血中にへと流れていく。

 この一連の動作は、マリアが何度も繰り返してきた熟練の技だった。


「いま……なにを」

「痺れるでしょう? 母がよく使っていた毒です」

「せいじょが……?」


 メノアは体に力を入れることができなくなり、その場にバタリと崩れ落ちる。

 剣を握ろうとしても、手が痺れて上手く力が入らない。

 這いつくばって、マリアから逃げようとすることもできない。


 聖女が好んで使っていただけあってかなり強い毒だ。

 きっと聖女に逆らった者は、こんな風にして殺された。

 そして、これから自分も……。


「ふ……ざけるな。ぜったい許さない……!」

「許さないのはこちらも同じです。自分がしたことを後悔するんですね」


「……マリアもあとで後悔するよ。聖女みたいに」

「――チッ! 減らず口を!」


 マリアはもぞもぞと動くメノアの横腹を蹴り上げる。

 それがかなり効いたようで、メノアは必死に呼吸をしようと肺を動かしていた。


 自分でも分からないが、母のことを悪く言われるとついカッとなってしまう。

 本当はマリアが一番聖女の悪口を言いたいはずなのに。


「アナタにお母さんの何が分かるんですか! 事情も何も知らないで!」


 メノアの顔を思いっきり踏みつけるマリア。

 それも一回や二回ではない。

 母を殺された恨みを晴らすように、気が済むまで。

 あんなに綺麗だったメノアの顔は、血と靴の汚れでめちゃくちゃだ。


「や、やめて……おねがい」


 メノアは、マリアにボコボコにされながらも、どうにか虫のように這いずって地下室から逃げようとしている。

 あの毒を打ち込まれたなら、ここまで動くことさえ難しいはずだが。


 命への執着が彼女の体を無理やり動かしているのだろうか。

 掃除もしてない地下室の床を這いずっているため、体は埃やゴミまみれになっていた。


 とてもSランク冒険者とは思えない姿。

 挙句の果てには命乞いまで。

 何と情けなく、何と無様なのか。


「っ、ふざけるな! お母さんをあんな目に遭わせたくせに、自分は助かろうとするなんて!」

「いだっ! いだい……!」


 マリアはメノアの後頭部に踵をぶつける。

 その衝撃で、メノアのおでこは床に強く叩きつけられた。


 額が割れて血が流れ、床に小さな水たまりができる。

 それでも、メノアは地下室から出ようともがいていた。


「お母さんが命乞いしたとしても、お前は応じないだろうが!」

「や、やめ……! 許して……謝るから」

「都合のいいことばっかり……!」


 マリアがどんなことを言っても、メノアは逃げようと這いずり続ける。

 毒で痺れて、右手には激痛が走っていて、血と涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃなのに。

 聖女のことを殺しておいて、自分はそこまでして生きたいのか。


 謝ったら、聖女を殺したことも許してもらって、自分は助けてもらえると思っているのか。

 ……本当に「人間」は自分勝手な生き物だ。


「お前が今感じてるのは、お母さんが感じていたのと同じ気持ちだ!」

「ひっ……!」

「逃げるな」


 どうしても逃げるのをやめないメノアの左腕を、マリアは足で押さえつけてへし折る。

 ボキッと耳に残る嫌な音が鳴った。


 「ぎゃあああぁぁぁ!」と最初は大声で叫んでいたメノアだったが、三十秒ほどすると痛みを堪える呻き声に変わる。

 これでもう動けないから鬱陶しくなくなった。

 はぁ……とマリアはため息をつく。


「自分が殺される覚悟もないくせに……虫が良すぎると思いませんか?」

「マリア……アンタ頭おかじいよぉ……」


 顔を右腕に被せてすすり泣くメノア。

 体を細かく震わせて、鼻をすする音が聞こえてくる。

 左腕を折ったら驚くほど大人しくなった。


 ついに自分の死を受け入れたということか。

 もう体は動かないし、逃げようとしたらもっと痛いことをされる。


 たくさん大声を出したのに、誰も助けに来てくれない。

 確かに絶望してもおかしくない状況。

 今できるのは圧倒的な理不尽に涙を流すことだけだ。


「頭がおかしい? 人を殺しておいて、自分は殺されたくないなんて言う方が頭おかしいです」



「怖いよ……! 一回殴っだだげなのに、何でごんな目に遭わないどいげないのぉ……!」



「は?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あ、この展開はダメだ。
アニメ1話楽しく拝見させて頂きました。
[一言] アニメ化決まったのに更新止めてて大丈夫なんですか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ