メノアと聖女の過去
「せ、聖女⁉」
メノアは目を広げて驚いた表情を見せる。
マリアの口から出てきた人物の名前が、全く予想だにしていなかったものだったからだ。
聖女と言えば、母国ララノアの権力者。
特に冒険者と関わりが深く、メノアも何回か会ったことがある人間だった。
正直に言って、聖女のことは好きじゃない。大嫌いだ。
あの人は、冒険者のことを自分の道具だと思って縛り付ける癖がある。
メノアもその被害者になった一人。
聖女の噂は黒いものばかりだった。
自分の邪魔をする者は裏で殺したり、囲った冒険者がプレッシャーに耐えきれず自ら命を断ったり。
彼女を深く知らない人々は敬い、彼女を深く知っている人は恨んでいる。
そんな聖女の娘がどうしてここに?
さらに言えば、どうして自分のところに?
「……何が目的なの? 聖女の娘が何の用?」
「それは自分が一番分かっているんじゃないですか?」
「くっ……」
マリアは雰囲気を変えて冷たく問い詰める。
メノアには、こうして聖女の組織に狙われる心当たりがあった。
一つ――聖女の命令に逆らい、貴重な物資を勝手に使ってしまったこと。
かつて聖女の依頼でとある回復薬を貴族にへと輸送する機会があった。
それはとても貴重な回復薬であり、瓶一本分の量でも下手したら家が買えるほどの価値がある。
メノアはこの回復薬を慎重に運んでいたのだが、その道中で怪我をしている冒険者を見つけてしまった。魔物に噛みつかれた傷跡はかなり酷く、早く処置をしないと患部に細菌が入って命が危なくなる状態。
そんな冒険者と鉢合わせたメノアは、悩むことなく回復薬をその冒険者に使った。
結果、回復薬によってその傷跡はあっという間に塞がり、冒険者も事なきを得ることに。
メノアのこの行為はギルドでも広まり、周りの冒険者からは称賛の声が上がった。
……しかし、聖女はその行為に納得していなかったのだ。
二つ――説教中の聖女にカッとなって手を出してしまったこと。
先述の通り冒険者を助けた後、メノアは聖女によって呼び出された。
もちろんメノアは勝手に回復薬を使ってしまったことを謝罪し、その結果冒険者の命が助かったことも聖女に伝える。
許してくれるなんて期待はしていなかったが、それでも理解はしてくれると思っていた。
だが、聖女の反応はメノアの想像と違っていた。
「はぁ……あれは貴族に譲渡する回復薬だったのですよ。しかも、貴女が助けた冒険者はFランクの新人。見捨てておけばいいものを……今回はお咎めなしにしますが、今度からはそんなもったいない真似――」
メノアがしっかり聞いたのはここまで。
ここから先は、メノアが聖女の頬を叩いたことによって聞けなかった。
ただ、聞かなくて良かったと思う。あのままずっと聖女に喋らせていたら、助けた冒険者への悪態と叱責しか出てこなかったから。
メノアが後先考えず感情的になったのは、あの時が初めてかもしれない。
その後、どんなことを言われて、自分がどんなことを言ったかは覚えてない。
できるだけ早くこの出来事を忘れたかったため、メノアは聖女との関わりを全部避けてきた。
聖女もそれ以来メノアとコンタクトを取ろうとしなかったため、今の今まで忘れることができていたのだが……。
まさか、国を跨いで思い出すことになるなんて。
「なるほどね。そんなに聖女にしたことが許せなかったんだ?」
「……まぁ、あれでも私の母なので」
「それで、わざわざ私を追ってミルド国まで?」
「そういうことになりますね。……代償は大きかったですが、この国に来たばかりの強い女冒険者ということで探しやすかったですよ」
マリアは右目をコンコンと叩く。
義眼……?
「アナタの居場所を探すためには、私の身体の一部を捧げる必要がありまして」
「片目を失ってまで私の場所を……?」
「はい」
メノアは、マリアの執念を心から感じ取る。
普通、ただ母に逆らった者を追うためだけにそこまでするか?
それに、メノアは命令に逆らったり頬を叩いたりしただけで、それ以上のことは別に何もやっていない。
マリアの様子を見ると、まるで母の仇のような雰囲気を感じる。
聖女も頭がおかしいと思っていたが、まさか娘までとは。
「それで、会いに来てくれたのはいいけど、これからどうしたいの? 謝ってほしいのかな? それとも、反逆罪か何かで捕まえるつもり?」
「私が頼めば謝ってくれるのですか?」
「残念だけど、謝る気はサラサラないよ。私がしたことは間違ってない。聖女はああされて当然だった」
「……フン」
マリアは目に見えて不快な感情を表に出す。
クールで冷静な性格だと思っていたが、意外と感情的な性格なのか。
煽るような言い方にはなってしまったが、別にメノアの本心をそのまま伝えただけだ。
きっと聖女はあの頃から何も変わっていない。
今もマリアや冒険者たちを道具のように使って、自分は優雅な暮らしをしているのだろう。
メノアが大嫌いなタイプの人間である。
「期待はしていませんから大丈夫です。それに、謝ってもらうことを目的に探していたわけではありません」
「じゃあどうするの?」
「殺します」




