夏が来る。遅ればせながら。
色々と煮え切らない部分は残りつつも、ひとまずアレックスのサマートーナメントは望ましい形で幕を下ろした。
そして、いよいよ夏休み本番、となったはずだったのだが。
「すまないロイド、お前とは別行動を取りたいんだ」
学院内にある王太子執務室にて、唐突に俺は告げられた。
居並ぶのは、王太子であるジョシュアを始め、グレイ、アレックスといういつもの面々に、テレーズ嬢、アデレイド嬢、シャルロット嬢というアホの子三人組の婚約者であるお三方。
後は、いつものごとくテレーズ嬢の後ろに控えるサラ嬢。
……おや? いつもより若干硬い顔をしているのは気のせいだろうか?
そんな俺の疑問を遮るかのごとく、ジョシュアが言葉を続ける。
「ロイドのおかげで、私達は己をダンジョンで鍛える意義を理解出来たわけだが、言うまでもなくまだまだ足りていない。
そこでこの夏、集中的に鍛えたいと思ったわけなのだが……」
「ああ、なるほど。俺がいると、効率が落ちるってことか」
ジョシュアの説明に、俺は納得を示し。
ちらり、横目でテレーズ嬢を見る。
小さくうんうんと頷いているあたり、彼女の仕込みなのだろう。
……その割に棒読みな雰囲気がないので、テレーズ嬢が同席していなかったらジョシュアの自発的な発言と誤解していたところだが。
やっぱり、ジョシュアも成長してるんだなぁ……。
なんだか保護者な感慨を覚えたりしつつ、頭の中にある冷静な部分が思考を巡らせる。
テレーズ嬢が書いた脚本ということもあるのだろうが、理屈で反論の余地がない。
執務的な能力はともかく、冒険者的な能力で言えばテレーズ嬢もまだまだ発展途上。
というかサラ嬢がいるからテレーズ嬢にそういった能力は不要とも言えるのだが。
これは、アデレード嬢もシャルロット嬢も同じくであり。
……しかし、お三方の顔を見るに、そうしたいという意思が明確に見て取れる。
それ自体は、決して否定出来るものではない。
こう言っちゃなんだが、王妃は王を守る最後の砦である側面がある。ジョシュア個人はそれを厭うだろうし、そうならないよう出来るだけの技量を身につけようとしてはいるのだが。
そしてその事情は次期公爵、侯爵であるグレイやアレックスも同様。
だから、協力できるのならばそうしたい。
困ったことに、今回に限って言えば、俺が手を出さないのが一番の協力だということで。
レベル差の大きい俺が同行すると、どうしても俺がジョシュア達の経験値的な何かをある程度奪ってしまう。
何よりも、ジョシュア達は本質的な成長を望んでいる、ように見える。
となると、俺というお守りがついているのはよろしくないだろう。
しかし、そうなると。
「……ちなみに、ダンジョンに挑むメンバーは、ジョシュアにグレイ、アレックス。テレーズ様とアデレード様、シャルロット様、か?
その理屈で言うと、サラ嬢も枠から外れると思うんだが」
「ああ、そのつもりだ」
俺が尋ねれば、ジョシュアがこくりと首を縦に振る。……ここだけは、若干硬さが見えたな。
う~ん……どうやら、あちらが考えているシナリオに嵌ってしまっているらしい。
かと言って、嵌ったとして俺にどんなデメリットがあるかと言われれば、全く思い浮かばない。
むしろ、婚約者同士三組が手を取り合ってダンジョンに挑むなんてシチュエーション、俺としては歓迎すべきことだし。
となると。
「いや、そのつもり、じゃなく。サラ嬢はどうするんだ?」
当然としか言えない俺の問いに。
しかし、返ってきたのは、沈黙だった。
ジョシュアはもちろん、テレーズ嬢でさえ。
え、何この空気。なんか重くない?
ここは俺が茶化した方がいいのか? とか思ったところで、口を開いたのはテレーズ嬢だった。
サラ嬢の主である彼女が説明するのは、ある意味当然ではあるのだろう。
「主として情けないのですが……残念なことに、サラはレベルが高すぎてロイド様と同じく、私達と同行してもらうわけにはいかないのです」
「な、なるほど……それは、まあ、そうですか……」
申し訳なさを全面に押し出したテレーズ嬢の説明に、俺は反論などこれっぽっちも出来なかった。
何しろサラ嬢は、その気になれば俺の意識を刈り取ることすら出来る蹴りの持ち主。
蹴り以外も達者で、隠密術など俺が全力で気を張らなければ気づけないレベル。
ここまでの鍛えられ方では、流石にテレーズ嬢ですら現場の戦闘においては足元にも及ばないだろう。
いや、そもそもそんなレベルに至る必要がないと言えばそれはそうなのだが。
それもこれも、サラ嬢がひたすら研鑽を積んできたからのこと。
結果として主に同行出来なくなってしまったのは、皮肉というかなんというか……。
さぞかしサラ嬢も落胆しているのだろう、と思ったのだが。
……あれ? なんかあんま落ち込んでないな?
むしろなんかこう、溢れ出そうな感情を抑え込んでいるような……え、待って、どういう感情なのそれ。
なんていう俺の戸惑いは無視され、話は進んでいく。
「ということで、夏休みの残りはサラをロイド様にお任せしたく」
「なるほど。……え、いや、待ってください!? それは飛躍しすぎじゃないですか!?」
さも当然、とばかりなテレーズ嬢の言い草に納得しかけて。慌てて俺は言い返す。
それは流石にまずいだろ、サラ嬢を任されるとか!
彼女も年頃の女性、しかも主に付き添う業務から解放されるのならば、夏休みを堪能したいはずだろ!?
……いや、サラ嬢の性格からすると、解放されただとか思わない可能性が高いな……?
そんなことを思いながらサラ嬢をチラリと見れば、随分と硬い、思いつめた表情。
なるほど、彼女にとっても不本意な提案なのだろう。
しかし忠誠心MAXな彼女が断るなんて発想が出来るわけもなく。
かといって俺が断ったとして、その後何をすればいいのかわからない状態になりそうな危うさも感じてしまう。
何故ならば、前世の俺がそうだったから。
社畜時代の俺は、少しばかり暇な時間が出来た時、何をしたらいいのかわからなかった。
ずけずけとやってくる母方の従妹に誘われて外に出ることもあったけれども。
彼女とて暇でもなく、いつも誘われていたわけではなく。
……ああ、ちょいと会えなくなった時期にこうなっちまったのは、申し訳ないなぁ。
彼女のことだから、折り合いはつけつつ密かに俺を悼んでくれているんだろうなということが想像出来て、申し訳ない。
どうか彼女は幸せな現世を過ごして欲しいとは思いつつ。
俺は俺で、この世界をそれなりに生きていくしかない。
それだけが、残してきた人々に俺が出来る唯一のことなんだろう。
であれば。
俺がすべきことなど、ただ一つしかない。
「わかりました。俺なんかがエスコートするのは申し訳ないのですが……サラ嬢、夏の予定を調整させていただいてもいいですか?」
……おかしいな。
為すべきこと、と納得していたのだが。
何故だろう。
心が沸き立つような感覚がある。
そして。
「はい、もちろんです」
いつものように、サラ嬢が返答してくる。
いつものように、落ち着いた声音で。
……そのはずだったのだけれど。
少しばかり。そして何故だか確信を持って思える。
サラ嬢の声が、弾んでいたのだ、と。
そんなことに気付いてしまって。
……俺の心臓が、また聞いたことのないような動きを見せた。
※長らく更新しておらず、申し訳ございません!!
やっとこさ書けるような状況になりましたので、これからはどんどんペースを取り戻していくよう頑張ります!




