彼が点けた火は。
アレックスの叫びが響き渡り。
会場は、再び一瞬の沈黙に包まれて。
それから……。
うん。
これが阿鼻叫喚ってことか、って思ってしまうような大騒ぎになってしまった。
俺の感覚からすれば残念なことに、ふざけるなだとか世迷い事を、といった頭の固い連中の声もある。
正直これも仕方ないといえば仕方ない。
伝統だなんだは、それはそれで大事なものではある。
そして、それを大事と思う人もいる。それ自体は、否定されるべきことではない。
ただまあ、俺の感覚としては、もっと女性の生き方に選択肢があって欲しいとも思う。
この世界は、まだまだ女性の社会進出が進んでいなくて、不自由どころではない思いをしている女性が多いのだから。
そして、この会場にいる、特に若い連中は、比較的俺に近い感覚を持っているようだった。
貴族の本分が民を守ることであると考えるならば、この世界において、男女の差はそこまで大きくない。
肉体的な部分は男性の方が強いことが多いが、魔力に関しては女性も決して劣ってはいない。いや、むしろ女性の方が強いくらいだ。
だから結果として、戦力という面で言えば男性女性の優劣はつけがたい。
筋力が物を言う近接戦闘はともかく、集団戦になれば戦術、戦略レベルに影響を与えるのは男女大して差はないのだから。
……ということを、学院で席を同じくして学んでいる若い世代は肌感覚としてわかっているのだろう。
そしてこの場には、誰よりもそのことをわかっている人間がいる。
「そうだとも! シャルロット嬢は、優れた指し手だ!! 私もよくわかっている!」
ボロボロと涙を零しながら全力で拍手をしているジョシュアだ。
こいつもこいつで、何度かシャルロット嬢と指したことがあり、ボッコボコにされていたからなぁ。
……俺? 勝てないとわかっている勝負をするほど暇人じゃないぜ。
なんて情けないことを思ったりもしつつ。
やはり第一王子にして次期国王であるジョシュアが認めたことの影響はでかかった。
「ジョシュア殿下がああおっしゃるとなると…?」
「くっ、これは来年に向けて調整が必要になるのか!?」
早速大会主催側のご老人たちは大慌てになっている。
権威主義な彼らからすれば、権威の極致である王家の言葉は大きいのだろう。
「そうだよなぁ、俺もシャルにはボコボコにされたしなぁ……ガチの連中を相手にしたらどうなるか、見てみたいなぁ!」
そこに追い打ちがかかる。公爵令息であるグレイである。
なんていうか、ほんとこいつはこういう時にタイミングを外さないよなぁ。
王子の発言に揺らいだところで王家親戚筋である公爵家の嫡男が後押し。
これに対抗できる人間など、少なくともこの国には数える程度しかいないだろう。それこそ国王陛下だとかケビンおじさんだとか。
そして、多分あの方々は反対しない。そのことは、ご老人方ほどよくわかっているのだろう。
会場の空気が変わっていく。
古い人間ほど口を噤み、若い人間ほど、そして情熱ある人間ほど様々な言葉を発していく。
もちろん反対意見もあるが、特に勢いを持っているのは、肯定的な人間達だ。
きっとそれは、彼らがこの世界の現実を見ているからなのだろう。
「わたくしとしても、是非見てみたいですね。わたくしの『親友』であるシャルが殿方相手にどれだけ戦えるか」
そして、そんな空気をこの人が読めないわけがない。
テレーゼ嬢が、ことさらに『親友』と強調しながら発言する。
次期国王の婚約者である公爵令嬢が、親友と公言する令嬢。
しかもその令嬢自身が侯爵令嬢。
こんな立場の人間をおろそかに扱える人間など、少なくともこの場にはいない。
「まったくですね。私も見てみたい。シャルがどんな盤面を、可能性を見せてくれるのか」
更にはシャルロット嬢と同じく侯爵令嬢であるアデライド嬢まで追い打ちをかけるのだから、頭の固いご老人方にはなんとも頭が痛いことだろう。
……固いから痛いんだよ。なんて、武術をかじっている俺なんかは思うわけだが。
「……流れが、決まりましたね」
俺の隣に座っていたサラ嬢がポツリと零せば、俺も反射的に頷いて返した。
今まで見たことのないような、感慨深げな顔をしていることに驚いたりしたのを、なんとか飲み込みながら。
それこそ、個人戦闘能力でいえば並大抵の男なんて話にならないだけのものを持つ彼女としても、感慨深いものがあるんだろうなぁ。
彼女は、女性だからこそテレーゼ嬢のお付きになっているわけだし、多分選択の自由があったとしてもこの立場を選ぶのだろうけれども。
それでも、選ぶことが出来る能力があるからこそ、選べない人達にも思いを馳せられるのだろう。
……うん?
何か今、心臓が変な動きをしたな??
ともあれ。状況は終盤、詰め路に入っている。政治だとか大してわかっていない俺にだってわかる。
「この件は、フランバージュ王国第一王子であるこの私、ジョシュアの名において預かり、検討することとする!
異論のある者はいるか!」
見たことのない顔で、ジョシュアが宣言する。
……ああ、王子殿下だ。揶揄的なニュアンスが入る王子様ではなく、新たに迎える時代の王たる人間の顔になっている。
そんな顔を見せられて、反論できる人間などこの場にはいない。
反論は収まり。
それを見て、大きな歓声が響き渡る。
「……男子三日会わざれば、ってか」
実際は毎日会っているのだが。
それでも。気づかぬうちに、ささやかなきっかけで人間ってものは成長するもんだ。
もちろん男子だけでなく女子もなんだが……俺の周囲にいる女子は元々成熟してるからなぁ。
だからこそ男子連中の成長が眩しく映るのかもしれない。
「ほんじゃ、色々資料を用意するとしますか」
担いでる神輿の大将が言うんだ、担ぎ手の俺に否はない。
もとより、拒否するつもりもない。
こうして、次年度のサマートーナメントにおける出場者要件の修正は、はっきりいえば女性の参加を認める動きは、一気に動き出したのだった。
※長らく更新しておらず、申し訳ございません!!
やっとこさ書けるような状況になりましたので、これからはどんどんペースを取り戻していくよう頑張ります!




