侯爵令息は奮戦する。
そして、シャルロット嬢やグレイの応援が効いたのか、アレックスは何と若手ナンバー1との呼び声も高い棋士を倒すという金星を上げた。
アレックスの方が少しばかり有利になると言われる先手だったとはいえ、これは快挙と言って良いだろう。
「アレックス様、凄かったわね。正面から受けて立つ堂々とした戦いぶりで」
「でしょでしょ、ああいう正統派な戦いはアレクの得意とするところだからね~」
アデライド嬢が率直な感想を述べれば、まるで自分のことかのように得意満面な顔でシャルロット嬢がうんうんと頷いている。
あれだ、後方腕組み彼氏ヅラってのはこういうのを言うんだろうな。いや、彼氏じゃなくて彼女っていうか婚約者だが。
彼女が得意になるのもわからなくもなく、今日二人が選んだ戦型はスタンダードかつ王道と呼ばれるものだった。
言ってしまえば『将棋の純文学』と称される矢倉囲いに、見た目や手順はわかりやすい棒銀を組み合わせたみたいな。
「初心者でも組みやすい戦型なんだけど、熟練者同士が使うと実は細かな駆け引きが重要になってくるの。
だからお互いの力量がよくわかるとも言われてるんだけど、それで押し切れたんだから大したもんだわ~」
と実にご満悦なシャルロット嬢が視線を向けた先では、アレックスが対戦相手と握手をしている。
お互い清々しい顔をしているし、がっしりと力強く互いの手を握っている様子は、お互いを認め合っている姿にしか見えない。
だからか、トーナメント一回戦でしかないのにあちこちから拍手も聞こえてくる。つまり、それだけの熱戦だったということなんだろう。
「ということは、アレックス様は己の実力を十分に知らしめ、金や権力で出場権を得たなどという愚にも付かない噂を払拭できたわけですね」
「え、そんな噂あったん!?」
事情通なサラ嬢がぽつりと言えば、敏感に反応したグレイが目を見開きながら振り返った。
直情的なところが多分にあるグレイだが、その分仲間思いなところもあって、こういったことには我が事かのように反応する。
それも、アレックスが『チェス』に真面目に取り組んでいることや色々悩んだりしていることも知っているんだから、尚更のこと。
まあ、かくいう俺もこれにはちょいとむかっ腹が立ったんだが。
それ以上に腹立たしいはずのシャルロット嬢は、涼しい顔である。
「……シャルロット嬢。もしかして、今日あの戦型でいくようアレックスにアドバイスしたりしませんでした?」
「んふふ~流石ロイドっち、鋭いね~。実はちょっとした仕掛けもあってさ~」
ロイドっちはやめていただきたい。まるで昔流行ったおもちゃみたいじゃないか。身分が上の令嬢には言えんけど。
それはともかく、シャルロット嬢が説明してくれたところによれば、今日の対戦は同じ戦型同士の戦いになるよう仕向けられたものだったのだとか。
さっきも言ったように、この戦型同士の戦いはお互いの力量がよくわかると言われている。
かつ、王道だから皆しっかりと勉強していて、最初の一手でそれだとわかる程。
で、ここからが面倒くさいんだが、そこにお貴族様文化というか棋士ならぬ騎士的精神文化が混じり込んだ結果、格下からこの戦型を仕掛けると「そちらさん偉そうにしてますけど、本当に腕はおありで?」という煽りと受け取られることがあるんだそうな。
意地と面子が大事なお貴族様がそんな煽りを受けたら、当然正面から叩き潰して生意気な格下をわからせる以外の選択肢はなくなるわけだ。
「……ってことは、アレックスがもしもボロ負けしてたら、すっげー赤っ恥だった、ってことじゃね?」
「うん、そだね~もしもそうなってたらね~」
「ちょっ、シャルおまっ、そんなお気楽に!?」
グレイが珍しく鋭いことを言えば、シャルロット嬢が気楽に応じる。
そんなあっさりと言われたら、グレイが慌てるのも仕方ないんじゃないかなぁ。
ただでさえ変な噂が流れてたとこに、身の程知らずな挑発をして惨敗したら噂は本当だったとなり、アレックスが『チェス』をまともに打てなくなることもありえた。
言うなれば、「おうおうやれんのか?」とか調子ぶっこいて奴がケチョンケチョンにボコられたら、ダサいにも程があるってやつ。
……田舎のヤンキーかな?
いや、面子が大事ってとこだけは同じかも知れん。
だからグレイが心配するのも当たり前っちゃ当たり前なんだが。
「でも、そうはならなかったっしょ?」
そう言って笑うシャルロット嬢の顔に、不安の色は一切なかった。
つまり、それだけアレックスのことを信じてたってわけで。
これには、グレイも俺も脱帽である。
ボロ負けしたら面目丸つぶれだが、逆に良い勝負をすればその力量を認めさせることが出来る。
そう信じていたんだ、彼女は。
あれだ、タイマン張った後に河原で寝転がって「やるじゃねーか」「お前もな」とか言い合うやつ。
あんな感じの空気になるんだそうな。
というか、まさに今、アレックスと対戦相手はそういう空気になって、めでたしめでたしとなっている。
いくらシャルロット嬢でも絶対勝つとまでは思ってなかったかも知れないが、良い勝負をすることには確信があったんだろう。
で、参加者は勿論、こんな若手のトーナメントを見に来てる『チェス』好きにも絶対伝わる、と。
その証拠が、さっきの拍手なわけで。
「……だから、この話はここでお終いなんだ、なんてね」
オタクなサガが刺激されて思わずそんなことを口走ってしまったが、幸いなことに通じる人はいなかったようだ。
やっぱ、ここにいるメンバーに転生者はいないか。いてもわかりにくかったかも知れんが。
「そそ、お終いお終い。挨拶も終わったみたいだし、アレクを称えにいこ~」
俺の発言に乗っかったシャルロット嬢に言われて見れば、確かに挨拶やら試合後の手続きやらも終わり、対戦相手も移動したところ。
彼女の言葉に俺達はもちろん頷き、全員でゾロゾロとアレックスの元に向かう。
「アレックス、おっめでと~!!」
「うわっ、グレイ!? なんですかいきなり!」
一番に飛びついたのは、グレイだ。こいつ、ほんと子供っぽいな。
なのにこう、周囲から呆れられたりはしてないってのが、ほんと何なの。これが生まれ持った陽の者オーラなの。
とか前世では陰の者だった俺は羨ましいんだかの複雑な感情を若干覚えたりしつつ。
「おめでとう、強敵相手に見事な勝利じゃないか」
そう言いながら俺はアレックスの肩をポンと軽く叩く。陰キャにはこの程度が限界である。
いや、これでも今世は頑張ってんだ、頑張ってこれなんだ。
しかしアレックスにはこれくらいの方が良かったらしく、俺の方には素直に笑顔を向けてきた。
「ありがとうございます。……これでジョシュアも見に来れますね」
「ああ、あいつもきっと喜ぶぞ。この一戦を見られなかったこと自体は悔しがるかも知れないが」
何せ熱戦だったからな~。
もちろん後から棋譜を見たりしながら再現することも出来るんだが、あの空気はリアルタイムじゃないと感じられない。
そう考えると、ほんと良い経験させてもらったな、これは。
それから、アデライド嬢とサラ嬢も勝利を祝す言葉を述べて。
「……シャル」
「にひひ~、やったね、流石アレク!」
最後にシャルロット嬢が勝つのはわかってましたと言わんばかりの笑顔を見せれば、アレックスは心から安堵したような顔になった。
「……これは、私達お邪魔かしら」
「そうかも知れません、ここは静かに撤収を……」
なんてアデライド嬢とサラ嬢がこそこそ言ってるが、気持ちはわかる。
これが二人の世界ってやつなのかって空気になっちまってるし。
「ま、まってください、何を言ってるんですか!?」
それに気付いたアレックスが顔を真っ赤にしながら言うんだが……シャルロット嬢は満更でもない感じだからなぁ。
なんてことを考えながら、俺達は他愛もないおしゃべりに興じる。
これで次からはジョシュアとテレーズ嬢も合流出来るし、何も問題はないな。
この時俺は、暢気にそう考えていた。その後、ちょっとした厄介事が起こるなんて知ることもなく。
※文中にある「将棋の純文学」という発言に関しまして、調べている際に「本来の意図は実はこうで、高尚な意味ではない」というインタビュー記事を見かけたりしましたので、将棋に詳しい方はロイドの言葉に首を傾げられるかも知れません。
彼はそこまで詳しくなかった、ということでご納得いただければ幸いです。




