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怪しい侯爵は棋譜を集める

※場面変わって、ロイド視点ではなく第三者視点での話になります。

 その日の夜、王都にいくつかある貴族御用達の酒場の一角にて。


「で、例のブツは持ってきたんだろうな?」

「え、ええ、こちらになります……」


 隅に置かれた二人がけのテーブル、横柄な態度の中年貴族に対して、若い貴族の青年が封筒を差し出した。

 中年貴族は無造作に封筒を開け、中に入った何十枚もの書類をざっと流し読みして確認し、またすぐに封筒の中へと戻す。


「確かに、約束の品のようだ。これは約束の報酬だ」

「あ、ありがとうございますっ! ……っ!? こ、この重さは……」


 そう言いながら、中年貴族は革袋を差し出した。

 それを受け取った青年は予想外の重さに驚き、思わず革袋の中身を確かめてしまう。

 中に入っていたのは、思っていたよりも枚数の多い金貨で。


「……その重さの意味は、もちろんわかるな?」

「わかります、わかりますとも! 決して、決して!」


 慌てふためく青年の様子をしばし中年貴族は観察し、それから鷹揚に頷いて見せる。

 青年がここまで慌てふためいたのは、これが口止め料を兼ねていること、万が一漏らした場合には……と理解したからなのは明らかだ。

 そもそも、その程度には回る頭がなければ、今回持ってきた品は用意出来なかったはず。

 ほどほどに頭が回る人間は、己の身の安全にまで頭が回るから扱いやすい、とは中年貴族の寄親が言っていた言葉。

 まさにその通りだと思うことは、特に彼の様な中堅貴族の立場ではそれなりに多い。


「さ、商談も終わったことだし、君も何か頼んでいきたまえ」

「商談……そ、そうですね、これは真っ当な取引ですもんね」


 相場よりも随分高い報酬だが、やっていることを文章にすれば真っ当な取引であることに間違いはない。

 それでも、疑念と後ろめたさはどうしても感じてしまうのだが。


「……すみません、お言葉は嬉しいのですが、明日のための勉強もしないとなので……」

「うん? ああ、明日もなのかね、ならば仕方ないな。良い結果が出ることを祈っているよ」

「ありがとうございます、閣下。それでは、失礼いたします……」


 ぺこりと頭を下げた青年は、大事そうに金貨の入ったいそいそと出て行く。

 その後ろ姿を、中年貴族はしばし見送り。


「……あの覇気の無さでは、結果は散々だろうな。ま、だからこんな仕事を請け負うのだろうが」


 僅かに嘲りを滲ませながら、青年が持ってきた封筒の表面を指で軽く撫でる。

 こんな物を、一体何に使うつもりなのやら。

 そんな疑問をワインと共にぐいっと腹の奥へと流し込んだ中年貴族は、封筒を鞄に入れると、自身もまた席を立った。




 それから1時間ばかり後。

 中年貴族は、王都の中心部に近いところにある豪邸の一室にいた。


「ゲッシャロウ侯爵様、例の物をお持ちいたしました」


 そう言いながら中年貴族が、豪奢な机の向こうに座る初老の男へと封筒を差し出す。

 どうやらここは、その初老の男の、執務室のようだ。


「うむ、ご苦労。首尾良く手に入ったようじゃな」

「はい、侯爵様のご差配の賜物でございます。

 ……しかし侯爵様……そのようなものを、一体どうなさるのです?」


 目の前で封筒から取り出されたものを見ながら、気になった中年貴族はゲッシャロウ侯爵へと尋ねる。

 その封筒の中から現れたのは、チェスの棋譜。それも、普通の人間が欲しがるものではない。


「ふ、お主にはわからんだろうが、こういう年若いプレイヤーの棋譜もそれはそれで味があるのじゃよ」

「はあ、そういうものでしょうか……だからわざわざ学生のものを」


 好みの問題なのかと無理矢理納得をしようとしながら頷いて見せるも、彼の疑念は晴れない。


 何しろそれは、貴族学院で行われた、サマートーナメント予選の棋譜。

 それをわざわざ、卒業生であまり稼げていないチェスプレイヤーに閲覧、記憶させ、後から棋譜を書き起こさせてまで取得したものなのだから。

 いくら対局指導などのために卒業生が訪れ、棋譜を閲覧することが許されているとはいえ、随分と回りくどい手段なのがまず気に掛かる。

 またこれが、決して安くない報酬を払って何人も雇い、幾度も行っているというのだから更におかしい。

 

 とはいえ、貴族派閥の親分である寄親から頼まれたことだ、命じられれば断るなどという選択肢はない。

 それに、あまり勘ぐれば夜道に気をつけなくてはならなくなるかも知れないのだ、不用意に踏み込まないのが賢明というものである。


「それでは、またご入り用がございましたら、お声がけいただければ」

「ああ、また頼むよ子爵」


 子爵と呼ばれた中年貴族が辞去の挨拶をすれば、引き留める様子もない。

 この程度であれば勘気に触れることはなかったようだ。

 彼としても仲介手数料としてそれなりの額がもらえるのだ、気にしないのがいいのだろう。

 

 そんなことを考えながら子爵が退出した後、ゲッシャロウ侯爵が呼び鈴を鳴らせば、すぐに執事がやってきた。


「これは要らないから燃やしておいてくれ。で、こっちを先生に渡して、このプレイヤーを攻略する指南書を作成するようにと」

「かしこまりました、そのように取り計らいます」


 子爵が持ってきた棋譜のうち半数以上を燃やすように指示を出したというのに、執事は全く動じた様子がない。

 そして、先生とやらに渡すよう指示した封筒には、選り分けられた棋譜が入っている。

 それらは全て、アレックスが対戦したゲームの棋譜だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはきな臭い事になってきたな… このままではアレックスの戦術が丸裸にされて敗北してしまう! いっそ物理的に丸裸になって同様させる作戦を…本人にそれっぽく言ったらマジでやりそうだな…
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