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少年達はきっと忘れない

 こうして俺達はギャラクティカ男爵邸を後にしたのだが……夕日を浴びながら帰る道すがらの空気は、そしてジョシュア達の足取りは、重い。

 当たり前だ、自分達の宝物を、あんなにばっさりと斬り捨てられたんだから。


 正直なところ、こうなるんじゃないかとは思っていたし、だから止めなかった。予想の斜め上をいかれたが。

 目を覚ましてもらうつもりが、劇薬過ぎて致命傷だよもう。

 もうちょっとオブラートに包めよ、今まで被ってた分厚い猫はどこいったんだよ。

 それともあれか、思わず素が出るくらいにしょぼいアイテムなのか、『アクアクリスタル』って。

 いやまあそうなんだろうな、多分あのダンジョン、最初のダンジョンとかそんなもんだろうし。

 だからってなぁ……。


 どう慰めたものか、あれこれ思案はすれども言葉にはならない。

 そんな中で一番に口を開いたのは、やはりジョシュアだった。


「……あんな子だったんだな」


 ぽつりと。力を込めるでもなく。

 それだけに、心から言っているのがわかる声音で。

 それを聞いたグレイとアレックスが、のろのろと顔を上げた。

 三人とも、目が真っ赤になって折角の美少年が台無しになっている。


「今思い返してみれば、確かに高額な物を贈った時ほど喜んでましたね……」

「そういや、男爵家の人間が滅多に目にすることがないような高級品ほど詳しかった」


 アレックスが思い出したように言えば、グレイもそれに追随する。

 あの女がゲームをやっていたのなら、序盤のアイテムよりも後半に出てくる価値の高いアイテムの方が記憶に残っているだろうから、そんな知識の偏りが出るのもある意味当然。

 

 そこを皮切りに、今まで気にしていなかった違和感がボロボロと出てきたらしい。


「考えて見れば、身分なんて関係ないとか言いながら、ミルキーが親しくしてたのって俺達とか高位貴族ばっかりだぞ」

「それも、令息だけ、ですね。令嬢達と話しているところを見たことがないような」

「『令嬢達が仲良くしてくれない』と言っていたことはあったが……そもそも仲良くしようとしていたか?」


 そこへ放り込んだ俺の問いに彼らはしばし考え……力無く首を横に振る。


 平民出身な上に多分元日本人の現代っ子だろうミルキーは、貴族令嬢としては言動が奔放すぎて浮きまくっていた。

 仲良くしたいなら相手に合わせろよと思ったもんだが、自分がヒロインと酔いしれてる奴がそんな殊勝な態度を取るわけもない。

 だから令嬢達から遠巻きにされていただけだったんだが、そのことにジョシュア達はやっと気がついてくれたようだ。

 その代償に、大きな心の傷を負ってしまったようではあるが……。


「あんな子のために、私達は……くそっ、こんな、こんなもの!」


 三人を代表して『アクアクリスタル』を持っていたジョシュアが、激高して声を上げ、手を振り上げ。


 ……地面に叩きつけるかと思ったが、ゆっくりと力無くその手を下ろし、その場に膝をついてボロボロと泣き出した。

 それを見て堪えきれなくなったのか、グレイとアレックスが同じく膝をついてジョシュアの肩を左右から抱き、励ましの言葉を口にしようとして、言葉にならずおいおいと泣く。

 同じ一人の少女にほのかな想いを寄せ、力を合わせてやり遂げた冒険を、その証を、その少女から汚された。

 今や『アクアクリスタル』は、彼女に騙されていた過去の象徴でしかないのだろう。


 それでも。

 それでも彼らは、『アクアクリスタル』を打ち壊すことも出来ない。それは、もう一つの象徴でもあるのだから。

 だから俺は、両手で拝むように持たれている『アクアクリスタル』に、手を重ねた。


「ジョシュア、ちょっと貸してくれ」

「ロイド……?」


 返ってきた声と同様に力のないジョシュアの手は、あっさりと『アクアクリスタル』を手放す。

 手にしたそれは、何だかずっしりと重く感じたけれど、気のせいでもないかも知れない、と言ったらロマンチストすぎだろうか。

 

 俺が何をするつもりか当然わからないジョシュア達が茫洋とこっちを見ている前で、俺は懐から短剣を取り出した。

 つい先日、他のダンジョンで見つけた高レベルエンチャントのかかっている、文字通りの懐刀。

 ジョシュア達が何事か理解する前に、俺はそれを振るう。


 キン、キンと澄んだ音が二回。

 俺達の目の前で、『アクアクリスタル』は四つに割れた。

 

「ロ、ロイド、お前何を!?」


 我に返って声を上げたジョシュアの目の前に、俺は一番大きな欠片を差し出す。


「俺達の友情の証に。……それじゃ、だめか?」


 笑って見せた俺の顔は、ほろ苦いものが滲んでいたことだろう。

 いくら俺でも、この空気の中で爽やかに笑うことなんて出来やしない。

 

 そして、差し出された欠片を、呆然とした顔つきで受け取ったジョシュアは。

 汗と泥にまみれてなお綺麗なその顔を、くしゃっと歪ませた。


「ば、馬鹿野郎、泣かせるんじゃない!」

「とっくに泣いてるじゃないか、それと言葉遣い!」


 ぼすんぼすんと俺を叩いてくるけど、ちっとも痛くない。

 いや、ちょっとだけ痛い。いつもの蚊が刺したようなのに比べれば、遙かに。

 きっとこれも、ダンジョンでレベルアップした分なのだろう。


 グレイに、アレックスにと渡していけば、二人とも同じようにボロ泣きである。

 まあ、うん。俺もちょっと、鼻の奥がつんとした。


 色々ぶちまけながら、ひとしきり泣いて。

 それが落ち着く頃には、三人とも随分すっきりした顔になっていた。

 男の子だって泣きたい時はあるのだ、きっと。俺の心はおっさんだけど。


 少しだけ笑顔も見えるようになったところで、ジョシュアが俺達の前に手にした『アクアクリスタル』の欠片を突き出してきた。

 何となくやりたいことがわかった俺達が、同じようにそれぞれの欠片を突き出せば、ぴたりと合わさって一つの塊に戻る。

 我ながら上手く切れたものだと自画自賛したくなるくらいに、ぴったりと。


「この『アクアクリスタル』に誓おう、我らの友情を!」

「「「我らの友情を!」」


 ジョシュアに合わせて唱和する俺達の姿は、あまりに青春すぎてどうにも気恥ずかしい。

 けどまあ、たまにはこういうのもいいんじゃなかろうか。

 はにかみながらも誇らしげな友人達の姿に、俺は柄にもなくそんなことを思ったのだった。


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