王太子達は挫けない
「グゥ……オアァァァァァ!!」
雄叫びと共に、ホブゴブリンの棍棒が振り下ろされた。
……誰もいない、床へと向かって。
「まっず!!」
それを見て察したらしいグレイが慌てて後方へと跳んで逃げようとして……わずかに、間に合わない。
アレックスはもともと効果範囲外だったが、近接していたジョシュアは条件反射的盾を構え。
次の瞬間、爆発的な音が響き、文字通り爆風がジョシュア達を襲う。
これが、俺が警告しようかどうか迷ったもの。ホブゴブリンが使う、『ブレイク・ショット』。
俺が最初のドタバタで使ったやつだ。
「う、わぁぁぁ!?」
「ぐ、ぅぅぅ!?」
グレイとジョシュア、二つの悲鳴が響き……同時に、俺の身体が痛む。
『ディボーション』によって、グレイとジョシュアが受けたダメージが俺に流れて来たのだ。
ただ、それ自体は覚悟していたし、ダメージ自体も俺にとってはどうということはない。
グレイもジョシュアも、肉体へのダメージはないはず。
だが、その爆風は、特にグレイにとって致命的だった。
「あ、っつぅ……あっ!?」
跳んだところで爆風に襲われ、地面へと転がったグレイが顔を上げれば、目の前にはホブゴブリン。
そして、奴が振り上げた棍棒。
いかに素早いグレイであっても、転倒した状態でこれは避けきれない。
そして、ミンチにはならずとも、軽装のグレイではその一撃でリタイアしかねないだけの圧を、ホブゴブリンは出していた。
だが。
「アレックス、目くらまし!」
「『プリズム・ミスト』!」
ジョシュアの声が響いた次の瞬間には、アレックスの魔術が発動し。
ホブゴブリンの頭部が煌めく霧に包まれ、目が眩んだホブゴブリンの一撃は盛大に空ぶった。
『プリズム・ミスト』は、文字通り光を分光してキラキラ輝く霧を作り出す魔術。
攻撃力は皆無な反面取り回しが良く、発動準備時間も短ければ使用後のインターバルタイムも短い。
だから、相手の頭部に発生させれば視界を塞ぎ混乱させ、物理攻撃の命中率を大きく下げる事が出来る。
……ということを、事前の作戦会議でアドバイスはした。
こ、これくらいなら、戦闘前の先輩からのアドバイスとして許される範囲だよな?
実際に使う判断をしたのはジョシュアだし、それに応えて即発動させたのはアレックスなんだし。
俺だって、色々とあれこれ先輩からアドバイスはもらったし。
ともかく。
アレックスが放った『プリズム・ミスト』はこれでもかと効果を発揮し、その間にグレイは立ち上がって体勢を立て直していた。
……装備していたすね当てのおかげか、足下に当たった石の影響はないらしい。
そして、ジョシュアもまた、盾の間隙を縫うようにして跳んできた石つぶてが足に当たっていたのも気にせず、次の行動を取っていた。
「『ファイア・ボルト』!!」
「グォァァァ!?」
距離が離れたことを利用して、ジョシュアが火属性の攻撃魔術を放つ。
今まで盾役に徹していたジョシュアから突如放たれた火の矢を食らって、ホブゴブリンは明らかに混乱。
何せ地属性であるホブゴブリンに、火属性の攻撃魔術は天敵だ。
それを、背中を向けていて視界を攪拌されてと、肉体的にも精神的にも備えが出来ていなかったところに食らわされたんだ、堪ったものじゃない。
「い、今!? 『ブーステッド』! 『アイス・ジャベリン』!!」
追い打ちを掛けるように、アレックスが一時的な出力強化を掛け、『アイス・ジャベリン』を放つ。
『ブーステッド』、文字通りブーストを掛けるスキル。
魔力消費が跳ね上がる代わりに威力を倍増させるスキルによって強化された氷の槍が、ホブゴブリンを襲う。
……今の、アレックスが自分の判断でやったよな。あの、考えて判断することが苦手なアレックスが。
思わず感慨に耽りそうになったが、そんな場合ではない。
「ガァ!? ……ウ、グァァ……ギィィィ」
防ぐことも出来ず直撃したホブゴブリンが、よろめきながらも視線を巡らせて。
その鋭い視線が、アレックスを捉えた。
最大の火力を持つ者が、最も自身の生命を脅かす者が誰か、ついに理解してしまったらしい。
ちょこまか煩く、しかし体勢を立て直してしまったグレイよりも、散々チクチクとやられたジョシュアよりも、倒すべきは、と判断したらしいホブゴブリンはアレックスへと向かって踏み出した。
踏み出した、はずだった。
「うわぁぁぁぁぁ!!! 『シールド・バッシュ』ぅぅ!!」
無視されたジョシュアが、身体ごとぶつけるような勢いで盾を突き出し、ホブゴブリンを突き飛ばす。
強烈な一撃をも受け止める頑丈な盾で、我が身を省みない全力の体当たりを、しかも地面を踏もうとした、まだ地に足が付いていない瞬間に直撃した『シールド・バッシュ』は、巨躯を誇るホブゴブリンですら耐えることが出来なかった。
さっきグレイを転がした奴が、今度は自分が転がる。
屈辱的とも言えるその状況に、屈辱を感じている暇などない。
「こ、のやろぉぉぉ!!!」
本能に突き動かされるような叫びを上げながら、グレイが斬りかかる。
回避などかなぐり捨てて足を踏ん張り、腕が千切れそうな勢いで両手のショートソードを振り回して、ホブゴブリンの体表を削っていく。
ここまでの疲労ですぐに息が上がり始めたというのに、それでも遮二無二、何かに取り付かれたように。
しかしそれでも足りない、削りきれない。
耐えるように身体を丸めながらも、ホブゴブリンが起きる素振りを見せ。
「寝て、いろぉぉぉ!!」
そこに、ジョシュアが渾身の一撃を振り下ろした。
起き上がりかけたところへのそれは強烈で、ホブゴブリンは地面へと叩きつけられる。
3対1だからこそ出来る畳みかけ、普通のホブゴブリンであればもうここで決まっていただろう。
「ガァッ、ガァァァァァ!!!」
だが、ボスであるこのホブゴブリンは、まだ屈していなかった。
ゴウン、と鈍い音を立てながら地面を叩き、威力は小さいながらも『ブレイク・ショット』を発動。
「うわっ、あああぁっ!」
「く、ぅぅぅ!!」
渾身の、捨て身とも言える攻勢に出ていたグレイとジョシュアにそれが直撃し、二人は堪らず吹き飛ばされる。
もちろんダメージは俺が肩代わりしているし、そうでなくともまだ今の一撃で戦闘不能にはなっていないはず。
それでも、二人が体勢を立て直す猶予なんて、ホブゴブリンが与えてくれるわけがない。
そして。
「ま、まだまだぁっ! こい、ホブゴブリン!」
地面に転がったままのジョシュアが、それでも離していなかった盾を身体に引きつけつつ挑発するようなことを叫ぶ。
これでホブゴブリンが冷静かつ冷徹な判断が出来れば、ジョシュアを無視してグレイを叩いたことだろう。
だが、そうはならなかった。
ファーストアタックを取り、散発的ではありながらも痛い一撃をチクチク繰り出していたジョシュアへのヘイトは、それなりに溜まっていたらしい。
ようやっと膝立ちになったジョシュアへと、ホブゴブリンはダッシュして。
「『ブーステッド』、『ブーステッド』……『ブーステッド』!! 『アイス・ジャベリン』!!!!!」
ジョシュア達が必死に稼いだ時間の間にブーストを重ねがけしていたアレックスが、渾身の……MPが尽きるレベルの『アイス・ジャベリン』を放った。
ジョシュアしか目に入っていなかったホブゴブリンは、その凶悪な槍を避けることなど到底出来ず。
「ギャァァァッァァァ!?」
上半身を貫かれ、断末魔の叫びを上げたのだった。




