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伯爵令息はそつが無い

 そこからの道中は、本当にびっくりするくらいに順調だった。


「この先の曲がり角にゴブリンが二体、こっちには全然気付いてなかった」

「わかった、ならこっちに引きつけてくれ、私とグレイの二人で食い止めて、アレックスが攻撃のパターンで」

「了解です、攻撃魔術の準備を始めておきますね」


 簡潔に報告・連絡・相談を終えて配置につくジョシュア達。

 俺が手を出さずに見ている先で、グレイは曲がり角に戻って……石を二つ、投げつける。

 と、すぐにとって返して戻って来たグレイのすぐ後ろから、報告通りにやってくる二体のゴブリン。

 慌てることなくジョシュアが一体に攻撃してタゲを奪う……攻撃目標を自分へと引きつけ、それを見たグレイが踵を返してもう一体と対峙する。


「『ウォーターバレット』!」


 そのタイミングでアレックスが攻撃魔術を発動、グレイの相手に直撃し、ふらついたところにグレイがトドメを刺す。

 あまりの手際の良さに残る一体が驚き、そこにジョシュアが斬りかかったんだが、愚直に基礎訓練をやっていただけあって、思い切ったその一撃は存外鋭いもの。

 ほとんど致命傷に近かったところへアレックスの魔術がダメ押しの一撃。

 見事な連携で、ジョシュア達はあっという間に二体のゴブリンを退治してしまった。三人だけで。


「や、やりましたか?」

「あ、ああ、やった、多分」

「大丈夫、突いても起きてこないし……あ、ほらほら!」


 グレイがショートソードでゴブリンを突いていると、その身体がさらさらと崩れだした。


 ダンジョンのモンスターは、倒すと魔力のチリとなって消えていく。

 ということはつまり、こうしてチリになっていったゴブリン達は、間違いなく倒されたということだ。


「は、ははっ!」

「あ、あははは……」

「やった、まじでやったじゃん、俺ら!」


 三人がそれぞれに快哉を叫び……いや、叫ぶというには控えめな声が二人ほど居るが。ってか二人だったら過半数じゃねぇか。

 ともかく、ジョシュア達は自身の勝利をようやっと実感していた。


 こうして一度勝利を掴み、自信を持ったら後は早い。

 グレイが『ディボーション』が切れない範囲で先行、敵を発見したら戻って報告、数に合わせて準備し、グレイが敵をおびきよせたところを迎撃する。

 これが、実に良くはまった。


 アレックスはもちろんのこと、実はジョシュアも攻撃魔術を少し使える。

 剣も魔術も使える勇者的能力な辺り、ジョシュアがパッケージの中央にいたのかもなぁ。

 そんなジョシュアの魔術は、当然本職であるアレックスのよりは落ちるんだが、このダンジョンの主な敵はゴブリンでジョシュアの火属性魔術は効果が高い。

 結果、アレックスの『ウォーターバレット』と遜色ない威力を発揮、二人がかりの魔術攻撃でグレイが引っ張ってきたゴブリンを接敵前に倒すことすら出来るようになってきた。

 

 これで囮役なため派手な活躍が出来ていないグレイが拗ねたりでもすれば、また連携が悪くなるとこなんだが……意外なことに、文句の一つも言い出さない。

 それどころか、ジョシュアやアレックスが一発でゴブリンを倒せた時には自分のことのように喜んでいる。

 いや、実際チームの成果を自分のこととして捉えられるようになったんだろう。

 成長したなぁ……とかしみじみ思いそうになるが、おっさんくさいな、俺。

 

 しかし、ダンジョン攻略において俺が先輩であるのは事実なんだから、ちょっとは先輩らしいところを見せないとな。


「よし、ちょっとここで休憩しよう」


 通路の途中にあった扉の向こうにあった小さな部屋に入り、罠や仕掛けがないことを確認した後で俺はそう声を掛けた。

 と、意外だったのか、ジョシュア達はきょとんとした顔になる。


「いや、まだ疲れてないから大丈夫だぞ?」

「そうそう、折角調子良く来てんだし、この勢いに乗っていこうぜ!」

「僕も、まだまだ大丈夫ですよ」


 三人から返って来る声に、俺は苦笑を返した。

 確かに、こうして見るとまだまだ元気に見えるんだが。


「まあいいから、騙されたと思って座って水でも飲んでみろ」


 反対に遭っても俺が引かず、おもむろに敷物を床に広げれば、三人はお互いに顔を見合わせ、仕方ないとその上に腰を下ろす。

 俺が言った通りに水袋に口を付け、幾度か喉を鳴らし、ふぅ、と息を吐き出し。


「……あれ?」


 ジョシュアが、不思議そうな声を上げた。


「お、おっかしいな、なんか急に身体が重く……」

「グレイもですか? 僕も、何だか急に頭が……」


 ついでグレイが、そしてアレックスも戸惑ったような声で続く。

 やっぱりな。

 と、俺が訳知り顔で幾度か頷けば、急にジョシュアがこちらを振り返った。


「ま、まさかロイド、水の中に眠り薬か何かを!?」

「なんでだよ、んなことするメリット何もないだろが!」


 斜め上なことを言い出したジョシュアへと、俺は強めにツッコミを入れる。

 もし仮に万が一そんなことしたら、いくら俺の立場でも不敬罪その他諸々で一発アウトだっての。

 どこをどうやったらそんな発想になるんだ、ったく。


「そうじゃなくて、ほんとはそれくらい疲れてたんだよ、お前等は。戦闘の高揚で感じられなくなっていただけで、な。

 考えてもみろ、グレイはどんだけ走ってた? アレックスも魔術使いまくってたろ。

 ジョシュアはジョシュアで、剣も魔術も使ってたわけだしな」

「「「あ。」」」


 俺が指摘した途端、色々思い出したのか三人は更に疲れたように肩を落とす。

 

 三人だけでゴブリンを倒せたという興奮で脳からアドレナリンドバドバ出てたんだろうなぁ。

 その後も順調に来ていたし、敵もどんどん倒せるようになってきたしで勢いも出てきた。

 そこで疲労を感じることなく勢いで押し切れるのは若さの特権、とも思うが……それが切れたら、一気に身体が動かなくなるだろう。


「さっきジョシュアが『疲れてない』と言っていたが、疲れを感じることが出来たら、その時点で相当に疲れてんだよ、こういう環境だと。

 疲れを感じた時に都合良くこんな小部屋があるとは限らんし、戦闘中に急に疲れがきたら最悪なことになる。

 だからそうなる前に、疲れを感じていなくても定期的に休むことが必要になるわけだ」

「な、なるほど……」

「まあ、こういうことは中々自分じゃわからんからな、それを教えるためにも俺が引率してるところもあるし。

 つか、俺だって最初は色々教わりながらだったんだからな」


 しみじみと経験語りをしながら、俺は荷物から小さな鍋と金属製の板を数枚取り出す。

 板をカチャカチャと組み合わせれば、携帯用コンロの出来上がり。

 あれだ、ゆるいキャンプ漫画とかに出てきた奴のこっちの世界版。

 練炭や木炭、枝や薪といった燃料を使わずに、火の魔力が籠もった魔石で加熱することが出来る優れものである。

 こういう時ばかりはファンタジー世界万歳、と思ってしまうな。


「……随分手慣れているな?」


 俺の作業を横で見ていたジョシュアが、不思議そうに聞いてくる。

 横目でちらりと視線をやりつつも俺は手を止めない。


「そりゃま、行軍訓練に参加した時は俺なんか一番の下っ端だったからな、食事の用意だなんだ雑用をこなさにゃ鉄拳制裁だったし」

「は!? 伯爵令息が殴られんの!?」

「そりゃそうだろ、俺だけ特別扱いってわけにゃいかんよ。確かに俺は軍の上役の息子だが……いや、むしろうちの親父は、だからこそ殴ってでもわからせろって言いそうだ」


 などと笑っている俺を、グレイもアレックスも信じられないものを見るような目で見てくる。

 まあ軍役に就かない高位貴族の息子からすれば、理解出来ないのも無理はない。

 だが、うちの親父が厳しいのにも理由がある。


「なんせそういうのを経験したことのないような鼻持ちならない指揮官は、何故か心不全起こして野営のテントの中で朝冷たくなった姿で発見されたり、『帰還石』が事故って発動しなかったりすることが多いらしいからなぁ」

「なるほど、普段の行いが悪いと不運に見舞われることが多いということですね」


 納得したような顔で頷いているアレックスだが……これ、多分わかって遠回しな言い方してんじゃなくて、言葉通りの意味で理解してるな……。

 部下に嫌われた挙げ句事故に見せかけて……というほんとのところを語るべきなのかどうか。

 悩みながらも俺の手は動く。


「『クリエイト・ウォーター』」


 用意した鍋に、魔術で作り出した水を注いで火に掛けることしばし。

 どうでもいい話だが、あまり魔術が得意じゃない俺の数少ない実用的な魔術がこれ。

 水を作り出すだけ、と侮るなかれ、余程の事がない限り水の補給に困らないという行軍時には神扱いされる魔術なのだ。

 いや、俺はまだ訓練に参加した程度で本格的な従軍はしたことないからあれだが、想像はつくし親父も実際重宝してるらしい。

 で、それが今こうして役に立ってるわけだ。


 鍋の水が沸騰したところに、俺が使えるもう一つの魔術『デヒドレイト』、脱水の魔術で乾燥させて粉末にしたハーブを投入、即席ハーブティーの完成である。

 ちなみにこの『デヒドレイト』、接触しないと使えないので普通の魔術師が戦闘で使うには使い勝手が悪くあまり使われないんだが、俺にとってはあまり問題がない。

 むしろ保存食やらを作るのに重宝させてもらっているくらいだ。


 色んな意味で俺の自作なハーブティーをカップに注ぎ、三人へと手渡す。


「よっし、できたっと。まあ見ての通りの淹れ方だから、味は期待するなよ」

「ふっ、伯爵家のロイドが淹れたお茶、どんなものか確かめさせてもらいましょう」

「そこは騎士見習いとか剣士とか職業で言って欲しいところだなぁ」


 いやまあ、確かにアレックスの家で使ってる茶葉とうちの茶葉じゃ違う上に、これ紅茶じゃなくてハーブティーだしな。

 苦笑しながらカップに口を付けたんだが、うん、まあこんなもんだな。


「……あれ、まあまあじゃね?」

「そうだな、捨てたものではないと思う」


 言い方。なんか褒められてない感じがひしひしとするんだが。

 だがまあ、悪評という程ではないらしい。


「ま、まあまあじゃないですか?」

「これな、ドライフルーツと合わせるとそれなりだぞ」

「どれどれ……こ、これは……ドライフルーツにハーブのレモンのような香りが足され、甘みの後には程よい苦みが口をすっきりさせてくれる、ですって……?」


 そんな驚愕って顔で食レポせんでも。

 どうやらアレックスにとっても悪くはなかったようだ。


 それを聞いたグレイも後に続き、「あ、これいいじゃん!」とか言い出した。

 ったく、さっきはまあまあとか言ってたくせに、現金な奴だ。

 だがまあ、こうやって軽口叩きあいながら飲む茶ってのも悪くない。


「何だか、不思議な味だ。それなりなのに美味い。何故か、美味いと感じる」


 ぽつりと、ジョシュアがつぶやく。

 そりゃな、多分に雰囲気によるものもあると思うぞ。

 キャンプで食うもんが何でも美味いように、こういう時に飲む茶も美味く感じたりするもんなんだろう。


 妙に気恥ずかしいから、口には出さなかったが。

※ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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