第31話 賭け
その後、オルナンドはアトラスの協力のもと、順調に領土を奪い返し、各地の疲弊した村や町に施しをしていった。
アトラスは戦争に協力しながらも、カーティスやバルザス侯爵のことを調べ続けた。
そうして秋の終わり、ついにシオンが音を上げた。領土を差し出す替わりに戦争を止めてほしいという親書が最前線に届いたのだ。
「やっとか……」
「我が国の領土はすべて取り戻しました。この勢いでシオン全土に戦域を拡大されるのを恐れたのでしょうね」
「予定よりは多少時間が掛かったが、これで話が進められるな」
「アトラス様はカミル様と城へお戻りください」
「分かった」
アトラスは父親の書いた親書を携えて、カミルと共にオルナンドの王城へ戻った。
数ヶ月ぶりに城へ戻ったアトラスは、その足で国王の元へ向かった。
「陛下、ただ今戻りました」
「おお、無事に戻ってなによりだ」
執務室の机に向かっていた国王は、笑顔でアトラスを出迎えてくれた。そのやり取りがまるで親子のようで、少しだけやるせない気持ちになったアトラスだったが、顔には出さず話を進めた。
「シオン国王から親書をお持ち致しました」
「ああ、カミルから連絡は来ている」
「シオンはもはや戦う気力はないでしょう。奪われた土地よりも、残った領土を守ることに必死です。これならばこちらの要求も呑むはずです」
「要求?」
国王の言葉にアトラスは大きく頷く。
砦にいる間、ずっと考えていた。身動きのとれないルイーズを助けだす方法を。
「停戦の要求を呑む代わりに、王族の姫との結婚を要求してほしいのです」
「姫? そなたの妹か?」
「はい。できれば陛下の王妃として妹を指名してもらいたい」
アトラスの提案にさすがに国王は驚いたあと顔を顰めた。
「確かに敗戦国の姫を人質として貰い受けることはよくあることだが、余はいまさら王妃を娶るつもりはないぞ」
「分かっています。これは形だけのものです。父は妹のシャノンを溺愛しています。ですからシャノンはとても我がままに育った。敵国の王妃になど絶対になりたくないと拒否するでしょう」
「それでは意味がないではないか」
「いいえ、父はこちらの要求を完全に突っぱねることはできないはずです。シオンの国情はかなり切羽詰まっています。これでオルナンドの機嫌を損ねまた戦争が再開されるようなことだけは、絶対に避けようとするはずです」
「なるほど……。それで、あちらはどう出ると思っているのだ?」
「妹の身代わりを差し出してくると、私は考えます」
国王はアトラスの言葉に少し考え込んだあと、ふと何かに気付きハッと表情を変えた。
「まさか、その女性がルイーズだと?」
「王族の中で、未婚の女性は数人います。ですが王女の代わりになるには身分が少し足りませんし、敵国に送るとなったらその親も反対するでしょう。今は貴族たちの結束を一番に考えているはず。それならばしがらみのないルイーズを身代わりに立てるはずです。彼女は第一王子の未亡人で、今は王族の一員なのですから」
「だが……、そんなに上手くいくだろうか」
これは賭けだ。だがルイーズを安全にオルナンドへ連れていくには、これしか考えられない。あちらから手放すようにすれば、カゼール村の人々も人質の役割から解放されるだろう。
「ルイーズはそなたの魂を癒すために祈りを捧げているのだろう? それは国王の強い意思だ。その役目があるルイーズを差し出すか?」
「あれから3年経っています。カーティスが王太子になって、私への思いも薄れてきたことでしょう。それに戦争が続き、王都までオルナンドに攻め込まれることを父は一番恐れているはずです。だから停戦を申し出てきたんだ。もはや息子の呪いなど構っていられないでしょう」
「なるほど……」
(それにカーティスは私に繋がるルイーズを排除したがっている。こちらの要求を知れば、必ずルイーズを身代わりにしようと言い出すはずだ)
カーティスの身辺は調査し終わった。ルイーズさえ安全を確保できれば、次の手を打つことができる。
「よし。ではやってみるとしよう」
こうしてオルナンドから突き付けられた要求に、シオンは予想通りルイーズを差し出すと返答があったのだった。




