第14話 追放
2週間後、ミサの反響もあまりなく、参拝者の人数は今までとそれほど変わらない日々が続いている。
ルイーズはアシュリーが置いていった書類を読み込みながら、ビリーが来るのを待っていたのだが、いつまで経っても現れないことに不安を覚え始めていた。
「聖女様、そろそろお茶にしましょうか」
暇を持て余して祈りの間の掃除をしていたルイーズは、神官の言葉に手を止めた。
「そうね。そうしましょうか」
ルイーズが掃除道具を片付けてしまおうと、水の入ったバケツを持ち上げると、ちょうどその時、入口のドアが開いた。
誰か礼拝に来てくれたのかと思ってパッと顔を向けると、驚いたことに中に入ってきたのはカーティスだった。
「カーティス殿下……」
カーティスは視線を巡らせると、すぐにルイーズに気付き近付いてくる。そのまま目の前まで来ると、嘲るように笑った。
「もうすっかり女性神官のようだな」
「……ごきげん麗しゅう存じます、カーティス殿下」
カーティスの言葉には反応せず、淡々と挨拶をする。
「ルイーズ、お前はこれから外の教会で祈りを捧げるんだ」
「は?」
前置きもなく突然言われた言葉に、ルイーズは間抜けな声を出した。
カーティスは目を吊り上げて睨みつけてくる。
「いつまでも城の中にいられては困る。すぐに荷物を纏めろ」
「ま、待って下さい! どういうことですか?」
「うるさい! 言うことを聞け!」
大声で怒鳴られてルイーズはビクッと身体を竦めた。
(どういうこと!? 突然何を言っているの?)
ルイーズが戸惑っている間に、兵士がバラバラと教会に入ってくる。
神官たちが驚いていると、騒ぎに気付いた教皇も部屋から出てきた。
「何の騒ぎでございますか、カーティス殿下」
「教皇、ルイーズは外の教会へ連れていく。神官たちに荷物を纏めさせろ」
「ルイーズを? どうしてまた突然……。国王陛下は何と言っているのですか?」
「父上に許可は取ってある! いいから早くやれ!」
激しい怒鳴り声に、慌てて神官たちがバタバタと祈りの間を出て行く。
ルイーズが睨みつけると、カーティスは口の端を歪めて笑った。
「反抗的な態度は止めた方がいい。お前が手下に使っていた兵士のようになりたくなければな」
カーティスの言葉にハッとしたルイーズは、両手を握り締めた。
「ビリーを……、ビリーをどうしたんですか?」
「なに、こそこそとおかしな動きをしていたのでな、戦場の最前線に送ってやっただけだ」
「そんな!」
ビリーのことをずっと心配していたが、まさかそんなことになっていたとは思わず、ルイーズは動揺してよろめいた。
(最前線なんて、そんな……、私のせいだ……)
自分に関わらなければ、こんなことにはならなかっただろう。
ルイーズはビリーを巻き込んだことを激しく後悔し、苦しげに顔を歪めた。
「ルイーズを外へ連れ出せ」
「はっ!」
カーティスに指示された兵士がルイーズの腕を掴んで強引に歩かせる。
「ルイーズ!」
「聖女様!」
教皇や神官が声を上げる。けれどルイーズは気力を失い、抵抗することもできずに教会を出た。
そのまま城内を歩かされ馬車に乗せられると、あっという間に城門から外に出た。
(私がもっと慎重に考えていれば、ビリーはこんなことにならなかった……)
自分の浅はかな考えで、ビリーが死ぬかもしれない。そう考えると手の震えが止まらなかった。
◇◇◇
まもなく夜になる頃、馬車が止まったのはボロボロの家がぽつぽつと並んでいる小さな村だった。
その中にあるさらにボロボロの小さな教会の前で、ルイーズは馬車から降ろされた。
「お前は今日からここに住むのだ」
「ここで……?」
屋根や壁には穴が開き、外からでも室内が見えてしまっている。どう見ても手入れされなくなってから数年は経っているだろう。
最初に見た城の中の教会よりも酷い状態の建物を見て、ルイーズは愕然とした。
「こんなところ、住めるわけありません!」
「お前の意見など聞いていない。ここでも兵は立てる。逃げることは許さん」
「ふざけないで! 国王陛下は知っているのですか!?」
「うるさい!」
「キャッ!」
ルイーズが声を上げると、カーティスはルイーズを突き飛ばした。
地面に倒れたルイーズは痛みに顔を歪める。
「お前を生かしてやっているのは、父上がどうしてもと言うからだ。いいか? お前はここで死ぬまで祈りを捧げるんだ。もし逃げたりしたら、この村の人間を全員殺す」
「そんな!」
「私がお前を殺せば父上はお怒りになるだろうが、勝手に死ぬ分には構わんだろう。せいぜい頑張って飢えと寒さを凌ぐんだな」
(なんて卑怯なの……)
ルイーズはあまりの悔しさに涙が零れそうになって、慌てて唇を噛み締めた。
兵士に無理やり立たされ、押されるように教会に入ると、さらにボロボロの室内に絶望が押し寄せてくる。
「カーティス殿下、村長が挨拶に参りました」
「通せ」
兵士と共に教会に入ってきたのは、白髪の老人だった。教皇よりもさらに年上だろう村長は、杖をついてよろよろと近付く。
「カーティス殿下、お会いでき光栄に存じます。ずっと放置されていた教会をまた開いていただけると聞いて、村人一同とても喜んでおります」
「村長よ、せいぜい聖女が逃げぬように監視するんだな。この者が逃げれば、お前たちは責任を取らされるのだから」
「は?」
村長がきょとんとした顔をすると、カーティスは顔を歪めて笑った。
その笑顔にぞっとして、ルイーズは鳥肌を立てた。
「この冬を越せるかどうか、見ものだな」
カーティスはそう言うと、教会を出て行った。
教会のぼろぼろの床には、ルイーズの荷物が入ったトランクが一つだけ転がっている。
「聖女様、でございますよね?」
「……私は、聖女なんかじゃないわ」
村長が戸惑った顔で訊ねてきて、ルイーズは苦笑すると、弱く首を振りそう答えた。




