第10話 家族の来訪
それからしばらくして教会の修復作業が終わり、祈りの間の女神像も美しく生まれ変わった。
壁からの隙間風もなくなり、とても過ごすやすくなったのは良かったが、そこからの日々は何の変化もなく、本当に祈るだけの日々となった。
職人たちが出入りしている間、教会も城の門も警備が緩くなっているため、その間に逃げてしまいたかったが、そう上手くいくはずもなく、今もルイーズは教会の中にいた。
「ここに来てもう3ヶ月かぁ……」
雑巾で窓を拭きながら、溜め息混じりに呟く。
毎日ここで生活していると、本当に女性神官にでもなったようだ。
アトラスにも教皇にもあんな大口を叩いておいて、結局何もできずにいる自分が情けなくて、ルイーズはもう一度大きな溜め息をついた。
「あら、結構綺麗な教会じゃない」
ふいに高い女性の声がして振り返ると、開け放たれていたドアからコンスタンスと母が入ってきて、ルイーズは目を見開いた。
「お母様、コンスタンス……」
「久しぶりね、ルイーズ」
「なぁに、その格好! もしかして掃除してるの!?」
コンスタンスはルイーズのエプロン姿を見てわざとらしく驚いてみせる。
ルイーズは顔を顰めると、持っていた雑巾を置いて二人に近付いた。
「どうして城に?」
「あなたの顔を見に来たのよ。元気そうで良かったわ」
「お姉様、見て! このドレス素敵でしょう?」
勝手に好きなことをしゃべるコンスタンスは無視しようと思ったが、確かにコンスタンスのドレスはとても高級に見えて目が行った。アクセサリーもかなり大きな宝石を使っていて、キラキラと輝いている。
隣にいる母も仕立ての良さそうなドレスを着ていて、明らかに羽振りがよさそうな様子だ。
「どうしたの、それ」
「国王陛下から褒賞金を戴いたのよ。それもかなりの額をね。これで当面生活には困らないわ」
「それにね、もっとすごいことが起こったのよ!」
「もっとすごいこと?」
ルイーズが訊ねると、コンスタンスは嬉しげに笑って答えた。
「ええ。なんと今日から私、シャノン王女様の侍女として城に住むことになったの!」
「シャノン王女様の侍女?」
「そうよ、すごいでしょ? 王女様って私よりひとつ下の15歳でしょ? だからご学友を探していたんですって。それで、私はどうかと誘われたの!」
「へぇ……」
「お姉様はどう? お城に入ってもう3ヶ月でしょ? どんな生活を送っているの?」
「私は……、私は祈りを捧げているだけよ。そういう契約だもの……」
暗い声でルイーズが答えると、コンスタンスは意地悪く笑って肩を竦める。
「いいわね、暇そうで。私はあれからあっちこっちに顔を出して、挨拶に回って大変だったのよ。その上、王女様の侍女だもの、もっと忙しくなるわ」
「そう……」
ルイーズはそれしか答えられなかった。華やかなドレスを着たコンスタンスと、エプロンをして掃除をする自分があまりにも違う世界の人間のようで、惨めで仕方なかった。
「しっかりお勤めを果たすのよ、ルイーズ」
「そうよ、お姉様。お姉様がいてくれれば、私たちは王家の親族ってことなんだから」
(そういうことになっているのね……)
自分が王家の一員になった自覚など一欠片もなかった。
本来、大罪を犯した王族は、王家の家系図から名前を抹消されてしまうが、国王の願いにより、今もアトラスは王族のままだ。
だからルイーズも未亡人として王族の末席にいるようなものなのだろう。
その恩恵を受けているのが自分ではなく、血の繋がらない母と妹だというのに腹が立つ。
「ごめんなさい、私やることがあるから」
「ああ、忙しいのね。もう行くわ」
「それじゃあね、お姉様」
もう話すことはなかったのだろう、二人はルイーズの言葉にあっさり頷き教会を出て行った。
二人の姿が見えなくなると、ルイーズは詰めていた息をゆっくりと吐きだした。
(やっぱりここを出なくちゃ……)
ここにいる限り、あの二人はずっと自分を利用し続ける。父が愛した人だからと母も妹もどうにか付き合ってきたが、もう我慢の限界だ。
ルイーズは両手を握り締めると、開け離れたままのドアの向こうを睨みつけた。




