第1話 王太子の謀反
新しいお話です! よろしくお願いします!
ルイーズは鏡を見つめ、朝から大きな溜め息をついた。
つい最近19歳になり、そろそろ結婚したいというのに、母は渋い顔をして頷いてくれない。
母といっても5年前に父が再婚した継母で、娘を連れてこの家に嫁いできた。けれどその後しばらくして父は亡くなり、この家の主は継母になり、何をするにも継母の許しが必要になった。
「お嬢様、お支度が終わりました」
「ありがとう」
ルイーズは朝の支度を終わらせると、急いでダイニングに向かう。ダイニングにはすでに母と妹のコンスタンスが席に着いており、食事を始めていた。
「おはよう、お母様、コンスタンス」
「おはよう、ルイーズ」
「お姉様ったら、朝から暗い顔ね」
3歳年下のコンスタンスは茶色の髪を華やかに巻いていて、まるで舞踏会にでも行くようだ。着ているドレスはルイーズが父に誂えてもらった一番上等なもので、いつの間にかコンスタンスに奪われてしまっていた。
「お母様、昨日の話の続きだけど、ネイサンのどこか嫌なの?」
「またその話なの?」
「聞いて、お母様。ネイサンは伯爵家に婿に入ることを承知してくれているわ。子爵家の次男だし、まったく問題ないと思うの」
ルイーズは伯爵家の長女だ。兄も弟もおらず、爵位の継承のためには婿を取る必要がある。
ネイサンとは幼い頃から知り合いで気心も知れている。優し過ぎて少し頼りないところはあるけれど、ルイーズにとっては結婚相手として申し分ない相手だ。
けれど母はいくら説明してもネイサンとの結婚を受け入れてくれない。
「ルイーズ、伯爵家を任せる男性は、もっと慎重に選ぶべきよ」
「十分考えたわ。でも私ももう19歳だし、あまり慎重に考えすぎると、結婚できなくなってしまうかもしれないし……」
「あら、お姉様。我が家は伯爵家よ? 伯爵家に婿入りしたい男性なんていくらでもいるわ。心配することないわよ」
明るい声でそう言うと、コンスタンスはパンをパクリと口に入れる。
「お願い、お母様! 今日、夕方にネイサンが挨拶に来てくれる約束なの。一度会ってお話だけでも聞いて? ね?」
「……分かったわ。話だけよ」
「ありがとう! お母様!」
きっとネイサンに会えば素敵な人だと納得してくれる。そうすれば結婚を許してくれるだろう。父が亡くなってしまってから、居心地の悪くなったこの家が、きっとまた明るく楽しい場所になるはずだ。
ルイーズはそう思うと、期待に胸を膨らませて柔らかく微笑んだ。
午後になり、ネイサンに会うのなら少しはお化粧もした方がいいかと、ルイーズは鏡に向かった。
父が蓄えてくれた財産を無下に減らすのが嫌で、ルイーズは常に質素に暮らしてきた。化粧品やドレスはどれも高価だから、ここ3年ほどは新しいものを買っていない。
「私もコンスタンスみたいに髪を巻こうかしら」
下ろしたままの金髪を手に取り、首を傾げる。薄い金髪に薄い水色の瞳は、どこかぼんやりとした印象で、目鼻立ちがくっきりとした妹と並ぶと、いつも少しだけ劣等感を覚えた。
鏡に向かってああでもないこうでもないと考えていると、廊下からノックの音がした。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
「どうぞ。どうしたの?」
すぐに部屋に入ってきたメイドは、慌てた様子で近付いてくる。
「お嬢様、すぐに居間へお越し下さい」
「え?」
「お城から使いの者が来ております」
「お城から?」
何の用だろうとルイーズは慌てて居間へ向かう。
居間に入ると母とコンスタンスがちょうどソファに座るところだった。
「お母様」
「ルイーズ。早く座りなさい」
「は、はい」
母に手招きされてソファに座ると、城の使者だろう年配の男性は、真ん中に座る母に目を向けて口を開いた。
「今日は国王陛下の使いとして参りました」
「まぁ、国王陛下の?」
「実は王太子であるアトラス殿下が謀反を起こしまして」
「む、謀反!?」
母は目を見開いて驚いた。ルイーズもまた突然の話に面食らって目を瞬かせる。
「アトラス殿下は国王陛下を亡き者にし、王座を奪おうと企んでいたのです」
「それはまた、大変なことですわね……。ですが、それでなぜ我が家へ? 何か関係があるのですか?」
「はい。現在アトラス殿下は捕縛されているのですが、処分の件でクライン伯爵婦人にお願いしたいことがございまして、こうして参りました」
使いの者の言葉に母は怪訝な顔をし、コンスタンスとルイーズに目を向けた。
「意味がよく分からないのですが」
「とにかく説明は国王陛下より直々にございますので、どうぞ共に城へお越しください」
「国王陛下から? ならばすぐに出掛ける準備を致しますので、お待ちくださいませ。ほら、あなたたち、急いで準備するのよ!」
「は、はい!」
母はそう言うと、慌てて二人を立たせる。
ルイーズは戸惑っていたが、コンスタンスはなぜかウキウキとした表情でいそいそと部屋を出て行った。
(国王陛下に直接話を聞くなんて、何なのかしら……)
今まで年始の挨拶以外で国王と話す機会なんてなかったから、母が浮き足立つのは何となく分かる。
だがそれにしても妙な呼び出しに、ルイーズは困惑しながら支度のために自室に戻った。




