7話 小さな冒険(後)
次話は少し間が開くと思います。
「何だと!」
ルーク様の主人に取り次げという言葉に、塩問屋の屋敷から出て来た男達が凄む。上背があり強そうだ。
退路はない。
ここは、逃げて戴かねば。
「ルーク様」
「帰るつもりだったけれど。折角だから、ここのご主人に会っていこうよ」
いつもながら、こんな時でも落ち着き払っていらっしゃる。
確かに、ルーク様が魔術を使えば、ここに居る者全てを訳なく打ち倒すことはできるだろう。しかし、それはまずい。相手は魔獣ではない、人間なのだ。
「餓鬼が!」
1人がつかつかと寄ってきた。
ルーク様の前に立ちはだかる。
「何だ、おまえ!」
「おい」
木戸口から、別の男が顔を出した。
その途端、凄んでいた男達が静かになった。
「中へ!」
「行こう」
「はっ、はい」
木戸を潜ると、綺麗な庭があり、石造りの邸宅が建っていた。
最後に顔を出した男が、この中では上位なのだろう。ずんずんと先導していく。
邸宅の前まで来ると、男が止まった。周りを別に出てきた男達に囲まれる。
僕達をどうするつもりなのだろうか。
そんな考えが頭に渦巻いていると、邸宅の扉が開いて立派な身形の男が出てきた。おそらく、ここの主だろう。
ふむ。
人相は悪くない。いや、こういう時は善人の容貌の方が逆に危ないらしいけれど。
「君達は、何者かな?」
「ふーん。人に訊くときは、まず自分が名乗るものじゃないかな」
「ガキが!」
ルーク様! 近くの男がいきり立った。
「確かに、世の中ではそうだな」
「しかし……へいっ」
主に睨まれて、静かになった。
「私は、この商会の代表。パルパスだ」
「ふーん、代表ね。僕は、ルーク・ラングレン。知っているとは思うけど、このシムレークの領主の息子だ」
ルーク様。なぜ、この者達にご身分を!
「ふむ。伯爵様の御子でしたか。そのような身形で。しかも、お供も子供1人。にわかには信じられぬ……と言ったらどうするつもりかな」
平伏するどころか、何ということを! こいつらは、悪の一味決定だ
「別に。無理に信じる必要はないよ」
「では、伯爵様の一族を騙った者達にはどのようにすれば良いかな」
「本当にそう思っているなら、憲兵隊に突き出せば良いんじゃない? あなたたちと仲が良さそうだし」
「なんだと!」
今度は、代表と名乗った頭目が微笑みさえ浮かべた。
「突き出す前に訊きたいことがある。ここに何をしに来たのだ」
「ああ、その男が、多くの魔導具を背負って、この路地に入っていったからね。何をするつもりかと思ったのけれど」
なぜ。そんなにあからさまに答えるのです。それでは私達を無事に帰せなくなります。
「けれど?」
「ああ。この木戸を入って行ったからね。興味がなくなったから帰ろうと思ったのさ。今もそうさ。代表殿の顔を見たからね」
なんとも挑戦的だ。
「面白い。なぜ興味がなくなったのかね?」
「ここが、塩問屋だからだよ。あなたたちは、ここに居たバズイット伯爵家縁の者達だよね?」
「バズイット!」
思わず声が出た。
「そうだよ、フラガ。この人達は、そうだねバズイットの残党だよ」
戦慄が背筋を駆け巡る。
バズイット家の者達ならば、ご当家に恨みを持っていても不思議ではない。無論バズイット家は、王国に対する謀反によって改易されたのだ。当主も自殺したと聞いている。しかし、その切っ掛けを作ったのは、お館様。そういう見方もある。逆恨みだが、この領地を現在治めているのは、ご当家だ。
もう、こうしては居られない。名乗ってしまったルーク様に危害を加えようとする可能性が高い。
「ルーク様、お一人でお逃げ下さい」
「なぜ?」
どうされたのだ? 今日のルーク様は。
「お命の危機です」
「はぁ?」
いや……。
「えぇと。この人達は、父上とお爺様の仲間だよ」
「はっ? なぜです。先程バズイットの残党だと仰ったではありませんか!」
「残党と手を組んだ。そうだよね? スードリ。隠れていないで出てきなよ」
スードリ?
それは、騎士団の前の諜報班長の名前だ。今は新しい班長殿に変わったが。
ルーク様が呼びかけた方向、何もない壁の前に急に影が射した。黒い人影が生じる。
えっ。
本当だ。本当にスードリさんが現れた。
「お久しぶりにございます。ルーク様」
胸に手を当てて、こちらに礼をした。
「うん」
「では、本当に?」
スードリさんが肯いた。
なんだ。そうなのか。
はぁぁ。脚から力が抜けたが、何とか持ち直す。
「ふむ。先程塩問屋だから気付いたと仰いましたが。どういう意味でしょうか? お館様にお聞きになったわけではないようですね」
恭しく、スードリさんが訊いた。
そう。なぜだろう?
ルーク様は、少し目を剥いた。
「父上は話さないよ」
そんな。
「では?」
「このシムレークの治安を乱すのは、バズイット家の残党。だから父上あるいは、お爺様は、こう考えたのじゃないかな? その残党達自身に、町を守らせようってね」
「ほう。もっともらしいお話ですが。」
「そうそう。でもね、守ると言っても、報酬がないとね。表向きは、領政府の役人にはできなかったようだし。だから、元手を出して家業として塩問屋をやって貰うことにした。そんなところだよね」
なるほど。
塩は生活必需品。物があれば売れる。いくつかの商会に限定し、元手があるなら、商売の難度はそんなに高くないはずだ。
「ははは……」
突如、商会の代表が笑い出した。
「なるほど。お館様が仰ったように、人物というものは世に遍く居るとは、正しいかも知れません。ただ、ここまでの若さでそれが現れるとは、やはり御血筋というところでしょう」
それは、その通りだけど……。
「お館様とは、父上のこと?」
「ええ。伯爵様は、我々を召し抱えようとお考えになったようですが、執政殿がそれでは我々の面目が立たぬと仰いまして。それを考慮された伯爵様は10年待てと、この御店を与えて下さいました。ありがたいことです」
確かに。すぐに旧主から乗り換えたと言われれば、恥になるか。
「ただ、もはや役人に成ろうとは思いません。商人として、そして影として。シムレークに伯爵様とお若いルーク様のお役に立ちたいと存じます」
「ただ、いくらお膝元とはいえ、護衛1人のみを連れられて、このようなところまで、のこのこと来られるとは。少しは危機を感じて戴こうと、パルパス殿に一芝居打って戴いたのですが。ご無用だったようですな」
「でも、反省しているよ。フラガに心配させてしまったからね」
「私ですか?」
「ごめんね。フラガ」
「いえ、私こそ……」
もっと強く、賢くならなくては。
ルーク様の傍らに侍るために───
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訂正履歴
2022/12/11 投稿ミス訂正(皆さん、すみません。竹部さん ありがとうございます)、少々加筆
2025/09/23 人名間違い (ゾンビじぃーちゃん ありがとうございます)




