3話 長期休暇と新しい城
お城良いですねえ。天守閣とか御殿とかの作事も良いんですが、石垣とか堀とかの普請も好きです。
週末となった。
王都上屋敷の講堂に、学問所の生徒と職員が集まっている。
「それでは、皆さん。長期休暇だからといって、羽を伸ばしすぎないように。また新年に健やかな姿で会いましょう。以上です」
ふう。学問所所長である母上が降壇し、解散となった。
これから2週間、学問所は一時閉所される。
「それでは、転送所に向かう生徒は、班に分かれて馬車に乗るように」
ナーラム先生だ。
剣術と体術を皆に教授されているが、学問所の生活指導担当でもある。面倒見が良いし、さばさばした性格なので、僕を含め男女問わず生徒からは慕われている。
「ルーク様。失礼致します」
「「「失礼致します」」」
男子生徒達が跪礼して、離れていく。
「うん。元気でね」
「「ルーク様、エリス様ご機嫌よう」」
「ご機嫌よう。ソーラ。それにみんな」
女生徒達も軽く膝を曲げて挨拶する。
寄宿舎に住む彼、彼女達のほとんどは、引率の教師達と供に都市間転送所を経由して伯爵領領都シムレークへ戻るのだ。
例外はメルロー男爵の子、ソーラ嬢だ。彼女だけは左に歩いて行く皆に手を振って、右の寄宿舎の方へ行った。後程、領地から迎えが来るのだろう。
さて。その馬車に乗らない生徒が、もう1人。
「ルーク」
「エリスとも、しばらくお別れだね」
久しぶりに実家へ戻る生徒達は嬉しそうだったが、彼女は対照的な面持ちで肯いた。
「明日、シムレークへ行くのよね?」
「うん」
「できるだけ早く、王都へ帰ってきてね」
「新年になったらだけど」
5日には、父上と共に、王宮へ参内することになっている。
エリスは、泣きそうな表情になる。
先週聞いた話では、彼女もこの休暇中にシムレークへ行きたいと、バロール卿に掛け合ったらしい。もちろん却下されたと言っていたが。
まあそうなるよね。
親同士が仲が良くてもディオニシウス家とは親戚でもないし、僕らは幼馴染みだけど、許婚ではない。
エリスが、シムレークへ来るとなったら、10人近く執事やメイドを引き連れてくることになる。そうなれば、ウチの家にも負担を掛けることになるから、バロール卿が許すわけはない。
それに、エリスの母上は身籠もっていて、もうすぐ出産らしいから、そもそもそれどころじゃない。
「わかったわ。ルーク。元気でね」
そんなに長い期間じゃないけど。手を出してきたので、重ねる。
「エリスもね」
「じゃあ」
†
「ルーク!」
「はい、父上」
食堂の長いテーブルの向こうから声が掛かった。
蒸し鶏を切る手を止める。
「シムレークへ行くのは、明日だな」
「はい」
「あぁ、レイナも一緒に行くのよ」
妹の言った通りで、彼女の他プリシラさんと、フラガにエストも一緒にシムレークに向かう。
珍しく妹も本館の食堂で夕食を摂っていて、嬉しそうだ。いつもは離れで食べているのに。大人しくなってきたなあ。
「そうか。よかったなあ、レイナ」
「うん……じゃなかった、はい」
父上も嬉しそうだ。
そうか。しばらく父上と妹は顔を合わせないからな。夕食に呼んだのはそういうことだ
「ルーク」
「はい」
「ノイシュ以下執事を4人付けるからな、問題はないと思うが」
「ありがとうございます」
「それから、騎士団に所属していた者も、向こうに何人か居る」
父上が伯爵となったことで、騎士団の構成も変わった。ダノン、バルサムもそうだし、幹部ではアリー叔母上救護班長とスードリ諜報班長が退団した。それぞれにはテレーゼとサダールという人達が後任に就いたそうだ。
あとは元々スワレス伯爵領から派遣されてきた団員が、半分位退団して戻ったそうだ。同格となった父上を、近隣の伯爵家が後援するのは色々不都合があるらしい。魔術師の割合が多かったらしく、父上の人気で人数的には補充が効くが、質が……とバルサム先生が授業で零していた。
「承りました。父上も、シムレークへお越しになるのですよね?」
「おそらくは4日後になるだろう。それとおまえが、あちらに着いたら……」
「なんでしょう?」
「ああ、まあ、それは良い」
ええと? 何を仰りたかったのだろう。
「はぁ。では、シムレークでお待ちしております」
相変わらず父上は、お忙しい。
公務を持たないほとんどの大貴族は働かないそうだけど、父上は違う。
ミストリア王国特命全権大使で頻繁に国外に赴かれる。さらに賢者たる超獣対策上席専門職についても、父上が出動しなければならない巨大超獣は災厄以降出現しなくなったものの、そこには達しない超獣は却って増えたそうだ。そのため国軍の魔術師も指導されることが増えた。
加えて、我が家のことだ。魔導具事業も指揮される。
あとは、伝統のある大貴族に比べれば、3月に大幅に広がった領地の経営も大変なはずだ。
『領地は親父殿にお願いしているので何とかなっている。全く頭が上がらない』
そうは仰っているが。
お爺様は王国男爵だが、伯爵となった父上の麾下となり陪臣として子爵に成られた。そして、伯爵領執政として領内の行政を取り仕切っていらっしゃる。
僕も早く大人に成って、父上のお手伝いをしないとなあ。
「うむ。私が着いたら、一緒に狩りをしよう」
「はい」
†
翌日。王都を後にして、シムレークへやって来た。
ふむ。
着いた都市間転送所が、真新しい。7ヶ月前にできたばかりだから。
華美な装飾はほとんど無いけれど。白い大きな石で壁と床が張られていて、学問所で教えて貰った石材知識に拠れば、エルメーダ産の石材で結構お金が掛かっているはずだ。おそらくここを訪れた者を驚かせることだろう。
「綺麗ね、お兄ちゃん。教会みたい」
僕の右手をがっちり握る妹が、キョロキョロの辺りを見回している。
まあ教会とはだいぶ違うけれど、白い石が多いからそう思うのかな。
「綺麗だね」
大きな扉が開いて、廊下に出ると懐かしい人が待っていた。
「ルーク様、お久しゅうございます。また背が伸びましたな。レイナ様もようこそ」
「だぁれ、お兄ちゃん」
小声で訊いてくる。
「ダノン。出迎えご苦労。よろしく頼みます」
そう。以前はラングレン騎士団長だった人だ。今は伯爵領軍の後方責任者を務めている。領軍の後方責任者とは、戦闘には出ないけれど、軍の人、物、金を取り仕切る重要な役目と聞いている。
「はっ! では、城までご案内致します」
「お城?」
「はい。新しいお城にございます」
「しばらく、そこに泊まるんだよ」
「やったぁ!」
レイナは4歳になったけれど、無邪気なものだ。それでも去年の今頃にリーシアが生まれ、6月にはロベルも生まれたからか、少しずつ姉という自覚ができてきたようではあるけれど。
転送所を出ると、プリシラさんも合わせて3人で馬車に乗る。
高い石の塀が途切れると、左の車窓が真っ青になった。
「わあ! 綺麗。お兄ちゃん、見て見て。大っきいお水!?」
「ははは。お水じゃなくて湖。シームズ湖っていうんだよ」
「みずうみかあ」
「そう。僕も初めて見た時、川だと思ったんだよ」
「へぇぇ。でも大きいね。泳げる?」
「泳げるだろうけど、夏だね。今は寒いよ」
「ん。夏かあ」
「あのう。ルークさん」
正面に座って居る、プリシラさんだ。
「何?」
「えーと。ルークさんが、ここに来られたのは、確か……だいぶ前のことだと思いますが?」
あっ。
「どうだったかなあ」
「確か洗礼を受けられたすぐあとのことでしたから……2歳。4年も前じゃないですか……まぁぁぁ」
父上もそうだったらしいけど。あまり幼い頃から自我があると驚かれる。まあ、プリシラさんは良い人だから、気味悪がられないとは思うけど。
「4年?! お兄ちゃん、レイナが生まれた時のこと憶えてるの?」
「憶えているよ。ちいちゃくて可愛かった」
「もう! レイナは大きくなったもん!」
「赤ちゃんの時のことだよ」
「そっかぁ」
†
「お城だあ。大きい。新しいお家より大きいねえ、お兄ちゃん」
塀が途切れで、城が見えてきた。
「そうだね」
ふむ。流石は大貴族。伯爵の領地に建つ城だ。ソノール城も大きかったけれど。同じぐらいかも知れない。
一瞬丘の上の方に、前の城跡が見えたけど。学問所の講義では、今は破却されて公園になったと聞いた。
湖水に浮かぶように建つ新しい城は、その公園から一望の元に見渡せるだろう。
馬車が堀と堀の間を渡って行く。一見立派で綺麗に見えるが。
門をくぐった。よく手入れされて、早春でも青々としている庭を通り抜けていく。
ぐるりと回り込んで、玄関に横付けになった。
あっ。
気配は感じていたけれど、お爺様が出てこられている。
「レイナ。お爺様がいらっしゃる。ちゃんと挨拶するんだよ」
「うん」
執事が、馬車の扉を開けてくれた。
綺麗な石畳に降り立つ。
「お爺様。お久しぶりです。またお目に掛かれて嬉しいです」
片脚を引いて、深々と挨拶する。
「うむ。ルーク殿、よく来られた」
「お爺様。こんにちは」
スカートを両手で摘まみ、膝を少し曲げて、可愛い挨拶をした。
「レイナも大きくなったな。プリシラ殿も、よく来られた」
「ここは、お爺様のお城なの?」
「ああいや、ここはラルフ殿。レイナの父上の城だ」
「父上? 父上って偉いの?」
「うむ。偉いぞ。じいじは。ラルフ殿の父だが、ラルフ殿の家来だ」
「へぇぇ。知らなかった」
「そうだな。ラルフ殿の城だから、レイナの城でもある」
「ええぇぇ。本当?! うれしい」
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訂正履歴
2022/11/13 誤字訂正
2025/05/11 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




